第8話 魔法の瓶
そうと決まれば。
……いや、ちょっと待て。もしこの火が実験の失敗ではなく、誰かが意図的に起こしたものなら?
証拠として残しておいた方がいいかもしれない。
建物内には消防士いないよね?
「あの、中に誰か入ってます?」
「こちらは全員います。建物内は一応捜索しましたが、誰もいませんでした」
よかった。
思わず胸を撫で下ろす。
これなら、研究所全体に魔法を使っても問題なさそうだ。
きょろきょろと周囲を見渡してみる。
……霜月先生はこの辺にいないみたいだな。街の方に避難したのかな。それとも、たまたま全員不在か。
とりあえずそれはあとだ。まずはこれをどうにかしないと。
「耐熱の容器……瓶でいいか」
目を閉じ、ガラス瓶の製造工程を頭の中で思い描き、建物全体を包めるくらいの大きさのガラス瓶を想像しながら形を整える。ヒビなんか入っていたら、全部台無しだ。
本来なら、こんなバカまじめに魔法を練り上げる輩はいない。俺も作ろうと思えばすぐ作れるけど、仕上がりが雑になる気がしてあまりやらないようにしている。
発動が遅いのは、この変なこだわりのせいだな。
脳内で瓶の形ができたところで、右腕を水平に振って魔法を発動した。
数秒後、島全体に軋むような重低音が鳴り響き、土の匂いが空気に混ざった。島が揺れ、周囲の消防士たちから動揺の声が上がる。
ソラが湯たんぽにしがみついて「あわ、わわ……」と小声で言っているのがなんとも愛くるしいが、言ったら絶対怒るから黙っておこう。
地鳴りが響く中、魔法の力で巨大なガラス瓶が建物の真下から現れ、そのまま建物を飲み込むように迫り上がってきた。
研究所を包む炎ごと瓶に入ったのを確認したあと、次は指を鳴らす。
今度は空から蓋が落ちてきて、轟音を立てながらその口を閉めた。
地面が縦に揺れ、木に止まっていた鳥たちが一斉に空に逃げていく。
再びガラス瓶に意識を集中させると、器用に建物の壁や障害物を避け、研究所をすり抜けていった。
瓶の中で炎がゆらりと渦を巻き、次第に一ヶ所にまとまっていく。それはまるで生き物のように、自ら狭い空間へと吸い込まれていくようだった。
魔法の瓶は、巧みに炎だけを中に閉じ込めてしまった。金色の炎は、相変わらずその内側で煌々と光っている。
やっぱり、綺麗だな。
巨大な容器を見つめながら深呼吸を数回繰り返し、指を鳴らす。小さな爆発音がしたあと、先ほどの瓶がたちまち、よく見かける薬瓶ほどの大きさに縮んでいく。
……よし。なんとかなったかな。
……あ、やべ。蓋に穴空け忘れてた。
爪で蓋に軽く触れて魔法で穴を開けた。
あやうく大事な証拠を消してしまうところだった。
先ほどまで暖かかった空気が、熱源を失ったことにより急激に冷たくなる。鼻から入ってくる空気が異常に寒く、それが原因で肺から体が冷えていくように感じた。
急いで足元の愛猫を、ほんのり温かいガラス瓶と一緒に抱える。
「研究所、すごいことになっちゃってるね」
「ああ。犠牲者はいないみたいなのが救いかな」
真っ黒に焦げた壁は、燃えて剥き出しになった部分がある。建物内にある装置らしきものも、溶けて原型を留めていない。
しかし、直前まで燃えていたはずの建物からは熱気を感じない。
ありえるのか、こんなことが?
瓶に閉じ込めたはずの火は、なおも金色の光を放ち、まるで生き物のように揺らめいている。
普通の炎なら、瓶に閉じ込められた時点で消えるはずなのに――この火は、まだ何かを求めているようだった。
「こんなの、普通の火属性魔法じゃないよな……」




