第7話 理科の実験
「妊婦さんと間違われるから出てくれる?」
着物の懐に押し込んでいた白猫が、湯たんぽごと飛び出した。
「絶対だれも思わないよ」
それに乗って不服そうな表情をするソラをちらりと見てから、消火活動の様子を改めて見てみる。
井戸から汲んだ水を、大勢の人間が流れ作業で運び、火元と思われる場所に向かって次々とかけている。なのに火の勢いはまるで変わらない。
火の粉すら消えないのだから、普通の火事ではない。
あの霜月先生のことだし、最初は実験か事故かと思ったけど……誰かが発動させた魔法の線が濃厚か?
「この炎、たぶん魔法だよな」
「うーん……そうだと思うけど」
「先生によっぽどの恨みがある、とか」
「優秀な人らしいからねえ、やっぱり妬まれたんじゃない? それで、何人かでこう……ドカン、と」
「あの……お兄さん、あなた……もしや魔導士ですか?」
かけられた低い声に振り向くと、そこには息を切らした年配の消防士が立っていた。
防炎頭巾を脱ぐと、額に浮かんだ汗が滴り落ち、灰とすすで汚れた顔が現れる。眉間に深く刻まれたしわと、その奥にある疲れた目は、長時間にわたる激しい闘いを物語っていた。
俺が来るまで駆け回っていたであろう彼の苦労は計り知れない。飛んで来たおかげで早く来られてよかった。
「はい。利他と申します。一般の方からの依頼で、消火の手伝いに来ました」
「ああ、よかった! 我々の手には負えなくて……」
なぜ近くの魔導士を呼ばなかったのかと尋ねると、消防士は肩で息をしながら、顔をしかめた。
「街の方で何者かが暴れていて……魔導士たちはそっちに」
こんな一大事に……なんだその愚か者どもは。それにしても、人口が多いと問題ばかり起きて忙しそうだな。
彼はすぐに指示を求めてきたので、全員に水かけをやめさせるように言っておいた。
「全員、水かけ中止!」
消防士が叫ぶと、作業していた人々が次々に手を止め、俺の方を見つめてきた。
……まずい。変に注目を集めている。
観客からの熱い視線が痛い。今すぐ帰りたいな……。
彼らには見えないように眉を寄せる。
「これが解決したら、仕事の依頼増えるかもね!」
足元にいる猫ちゃんは、うきうきしてずいぶん愉快そうに見えるが、果たしてその期待に応えられるだろうか。
「そううまくいくかな……」
魔法が失敗したら、俺は喜んで桶を持とう。
――さて、どうしよう。
水属性の魔法を使えたのなら、空から滝のような雨を降らせて鎮火させることができたのに。
でも、消防士があれだけがんばっていたのに火の勢いが落ちていないところを見ると、水をかけても消すことはできない気がする。
美しく輝く炎の前で、腕を組んで、なんとなく歩いてみる。
……実験、魔法、火、密閉、酸素……あ、そうか。
密閉して酸素を断てばいいんじゃないか?
理科の実験みたいに。




