第35話 金炎の謎
「……酔っ払いの戯言だと思って聞いてくれると助かる」
那智が、お猪口をくるくる回しながらぼそりとつぶやいた。
……この件に関しては箝口令を敷かれていたか。
黙って頷く。
「あれは攻撃性の一切ない、どっちかって言うと幻覚に近いものらしい」
なるほど。光の屈折を利用して、存在しないものを見せる光属性魔法のことか。
あの炎が幻覚魔法ならば、水をかけても消えなかったのには納得するが、俺の魔法で瓶の中に閉じ込めることはできないはずだ。
だから、“幻覚に近いもの”という言い方なのだろう。
「一応、ユウナの手紙に火災の原因って書いてあったから、うちの研究員がその炎で実験したみたい。その炎が本当に燃やせるかどうか」
組合には、研究や実験をする研究員がいる。原因不明の事件なんかが起きたときは、彼らの出番だ。
「それで?」
「紙も、蝋燭も、人でも試してみたけど……何も燃えなかった」
研究所が燃えていたのは、俺以外に消火活動に参加した消防士が見ていた。
いや、まさか……ずいぶん前に研究所は燃やされていて、金の炎で燃えている演出をしたっていうのか?
火災の時期を混乱させるために。
研究所の一角に住んでいた霜月優香は、いつから叔父の家にいたのだろう。
『友人宅に泊まっていた』と嘘をついた彼女に尋ねたところで、誤魔化される気がする。
ふと、叔父一家に嫌がらせされていたことを説明する、あの子の切なそうな表情を思い出した。
胸の辺りがなんとなく痛い……と同時に、嘘をつかれた事実に苦しくなって、思わず着物の合わせを握った。
そんな様子を見てか、ソラがするりと膝に侵入してきた。
お嬢ちゃんに聞けないってなると、畠山秋彦に質問するしかないな。
……家を半壊しかけた畠山家に今さら聞きに行きたくない。
「――……で、おかしいんだけどさ」
那智の声で思考が途切れた。
「試しに、研究所の一部の壁を持ち帰って、燃えるのかどうかってやったんだ」
「……燃えたのか」
二人は無言で頷いた。その表情は、言葉以上に事の異様さを物語っていた。
やっぱり、ただの幻じゃないってことか。
そんな限定的燃焼効果のある魔法なんてあるものかと言いたいが、実際にあるのだから仕方ない。
でも、もし建物が別の日に燃えていたとしたら?
金の炎は、その痕跡を演出するためだけのものだったら?
いや、それはありえない。
あの規模の建物を燃やしたのなら、一度目ですぐに誰かが気づくはずだ。
それに、二度も放火されたら、骨組みすら残らないだろう。
――理屈では説明がつかない。
そんなものに、お嬢ちゃんが関わっているのかと思うと、ぞわっと背筋が冷えた。




