第34話 学者の娘
気を取り直して。
桶に氷を詰めて酒瓶を数本冷やしておく。
本日は冷酒でいただこう。
桜の花を浮かべたいところだが、庭に植えてある桜はまだ開花していなかった。
「それじゃあ、今日はお疲れさまでした。ということで、かんぱーい」
「「かんぱーい」」
お猪口をカチンと合わせ、ぐいっと飲み干す。
またたび酒には、甘い味わいと香辛料を使ったときのようなぴりっとした後味がある。
このまたたびの独特な風味は人を選ぶという。那智は一杯くらいならなんとか飲めるらしいが、陽菜はひと舐めで無理だと言った。
久しぶりの大人数での食事は楽しい。
二人が仕事で見つけた穴場とか、最近起こった出来事について語り合い、会話を弾ませる。時折那智がお嬢ちゃんを口説こうとしていたため、保護者として目を光らせていた。
気づけば座卓の上には食べ散らかした皿が積み上がり、笑い声が絶えなかった。
未成年のお嬢ちゃんは「お先に失礼します」と、少し遠慮がちに頭を下げて風呂へ。
三人と、お腹がぽんぽんに膨れた白猫が転がる部屋は、少し落ち着いた雰囲気に。
――あの子がいないと、部屋の空気も少し変わる。
酒に酔って、顔どころか体中赤い男が「さて」とお猪口を置いた。
そして含みのある笑みを浮かべる。
「優香ちゃんあっち行っちまったし、こっから大人の話しようや……」
「こら、なんて言い方するの」
……二人が聞きたいことはわかっている。
お猪口の中身を見つめながら、どう答えるか一瞬だけ迷った。
魔法学者の霜月清輝先生を知らない魔導士はいない。独身の俺が、“霜月”優香を預かっているとなれば、嫌でも気づくだろう。
……どこまで話すかは、まだ俺の判断で決めてもいいよな。
少量残っていた焼酎をなんとなく飲み干した。
「……で、あの子、学者の霜月さんの娘なんだろ? なんで預かることになったんだ?」
叔父一家から嫌がらせを受けていたことは……買い物中に彼女が説明しただろうから省いておこう。
ワタツミ街で起きた巨大うなぎ事件をきっかけにお嬢ちゃんを拾い、話し合いの結果、こちらで一年預かることになったと簡単に説明した。
――春日井先生からの、火事の原因調査の依頼については、今は伏せておくか。
比較的酒に強い陽菜は、大好きな梅酒を麦茶でも飲んでいるかのように、ごくごくと瓶から飲んで空にした。
……これで三本目だ。梅酒とはいえ、酒だぞ?
どんだけ肝臓強いんだ。
「ふぅん。すごい成り行きねえ……」
「金の炎の正体ってなんだったんだ? 結局教えてもらってないけど」
霜月研究所の消火をしたとき、俺が瓶に詰めて組合に送りつけた金色の炎。あれの正体について調査結果は聞いていない。
二人は二つ名を持つ優れた魔導士だけど……二年前の火事の詳細までは知らされていないかもしれない。
玲さんに圧力がかかったなら、その資料ごと闇に葬られている可能性だってある。
期待はあまりせず、話の流れに乗って聞いてみた。




