第32話 名前の呼び方
玄関の前にはすでに、大荷物を乗せた汽車が到着していた。
引き戸を開けるとそれは中に入っていき、小さな振動とともに玄関の敷居を乗り越え、車輪をきいきい鳴らしながら、お嬢ちゃんの部屋の前で停車する。
「もうよそ行きの服も買ったし、その着物いらなかったら店に返そうか?」
しみになるような汚れもなさそうだし、洗えば貸出品として再び店に置いておける。
購入していたものは洋装が多いみたいだから、これを着る機会はあまりないかもしれない。
「あ、いえ。陽菜さんと那智さんにすごく褒めていただけたので、できればほしいんですけど、だめですか……?」
ふと胸の内に、つかえのような違和感が生まれた。
「いいよ。いいけど……」
……なぜなのか。
俺のことは『利他さん』と呼ぶのに、今日初めて会った那智は『那智さん』だと……?
お嬢ちゃんが名前で呼んでいるのを見て、なんだかもやもやした気持ちが湧いてきた。
もしかして、あれか?
お嬢ちゃんからしたら、俺とはまだ距離を感じているのか?
きょとんとした顔で首を傾げる彼女に、俺は「なんでもない」と言って顔をそらす。
ソラが寄ってきて、俺の足の甲にそっと肉球を乗せた。
「那智は女の子の扱いうまいから……」
「おだまり!」
着替えてくると言うので一度別れ、夕食の準備に取りかかった。
今日は四人分作らなくてはならない。
ただ、買い物する必要はなくなった。
村の人たちが今朝方、彼女を二度寝させている間に食材を大量にくれた。
昨日、畠山家を出て、カグツチ駅からの帰り道……俺にくっついて歩いていたお嬢ちゃんを見かけたのだろう。
「よかったねえ」とか「ようやくか」とか言ってきていたけど、何を勘違いしているのやら。
おかげで材料費はかからなかったが、とても二人で食べ切れる量ではない。そこで友人を家に招待して胃の中に収納してもらおうという算段だ。
首都ミカヅチを散策中にこっそり酒も購入した。
普段忙しい二人だから、こうして集まるのも久しぶりだ。もしかしたら、わざと予定を空けてくれたのかもしれないな。
暇つぶしで寄った本屋で立ち読みした、魔法の力で動く食器の様子が描かれた絵本を参考に、包丁やお玉、鍋などに魔法をかける。
まるで透明人間が料理してるみたいで、ちょっと笑ってしまった。
その透明人間は、俺が望んだ料理をてきぱき作ってくれた。
おお。これは便利だ。
今度から掃除用具にも使ってみよう。




