第30話 苦悩の依頼
近くの立ち食いそば屋にて昼食を済ませたあと、帯から万年筆と紙を取り出す。
『買い物が終わったら合流しよう』と紙に書き、鶴の形に折って魔法で飛ばした。返事書きがあれば鶴がこちらに戻ってくるようになっている。
店を出たものの、精神的に疲れたのか街を歩く気力も湧かず、ふと目に入った喫茶店に立ち寄った。
店内は、どこか懐かしさを感じる落ち着いた雰囲気だった。レンガ調の壁に、三角柱の石油ランプ……古風だけど、結構しゃれている。
喫茶店の中は女性客が二人、男性客が三人、一人ずつ座って食事をしていた。
お品書きに『最高級玉露あります』と書いてあったので頼んでみたところ、一口目で苦味が口の中に広がってがっかりした。
でも、お茶菓子の落雁はおいしい。
お茶をすすりながら、ふと学校で春日井先生から受けた依頼のことが頭に浮かんだ。
火事の調査――それだけなら、ただの情報収集で済むかもしれない。けれど、あの子が関わっている可能性があると思うと、胸の奥が重くなる。
当時、その場にいた人たちから話を聞けたらいいんだけど、研究所は秘匿事項が多い。
その施設に携わったことすら教えてもらえないかもしれない。
……となると。
「とりあえず、研究所内の調査からだな。取り壊されてなかったらいいんだけど」
「そうだねえ。証拠隠滅されてそう」
膝の上に乗るソラがぽつりと呟いた。
巨大うなぎ事件のときも、研究所のある離島を見に行くような好奇心は発揮しなかった。
行くとしたら深夜帯、お嬢ちゃんが寝てからだ。
明日は依頼がきているから、今日の夜に行くのはやめておこう。
「……はあ。どうしたもんかね」
「まだ放火犯が誰かってわからないのに……そんな落ち込まないでよ」
そう言われても。
一気に容疑者として浮上したわけだが、今後あの子とうまく付き合っていけるのだろうか?
すっかり冷めてしまった玉露を飲み干す。
机に金を置いて店を出た。
歩く人々がなぜだか全員怪しく見える。
空は晴れ間が出ているというのに、雲がかかっていたときよりも淀んだ色をしているようだった。
本屋をうろついたり、古着屋に行ってみたりと時間をつぶし、なんとか夕方まで粘った。
買い物に時間をかけすぎだろうとも思ったが、一からすべて揃えるってなると、こんなものかと納得した。
三人の両手は手提げ袋で埋まっており、すごい量だと感心する。那智と陽菜が買い物嫌いだったら、依頼とはいえ地獄だったろう。
「お疲れさまです」と人の気も知らないで、お嬢ちゃんは機嫌のよさそうな笑顔を向けてくる。
昼間は容疑者がどうのこうのって悩んでたくせに。いざ対面すると口の端が緩んでしまう。
……ああもう、その笑顔ずるいだろ。




