第21話 お出かけ前の準備
一旦台所を離れ、廊下に置いてある黒い電話の受話器を持った。
壁掛けできるちょうどいい場所がなかったから、置型の電話機を想像し、魔法で作った自信作だ。どこの富豪の家にもないだろう。
作った当時のことを思い出しつつ、ダイヤルに指を入れて回した。
『――はい、魔導士協同組合ミカヅチ本部です。どうされましたか?』
この、しゃがれた声は花房さんだろうか。
「おはようございます、利他です」
組合に入ったばかりの頃、事務作業を教えてくれた恩人だ。現場仕事より先に事務を学ぶ組合のやり方のおかげで、今はこうして独り立ちできている。
いつかちゃんとお礼をしなきゃな。
「実は今日、光峰と日向に依頼したいんですけど……」
***
朝食を食べ終え、玄関のすぐ右手にある空き部屋に入る。そこには、橘屋で購入した、着物一式が用意してある。
お嬢ちゃんの顔に、そっと手を伸ばした。
昨日慌てて召喚した化粧道具を取り出し、化粧を始める。
大きな瞳がまっすぐこちらを見つめてくるのが、なんだか気恥ずかしい。
視線を意識するほどに指先が落ち着かなくなり、呼吸までぎこちなくなる。手が震えないようにと、そっと息を整えた。
眉毛を描いていると、ふいに「あの……」と声をかけられた。
戸惑ったように口を開いたり閉じたりしている。その声は、ためらいと覚悟が綯い交ぜになっていた。
「失礼な質問かもしれませんけど、利他さんのご両親って……」
「ああ。昨日会ってもらった人たちは、義理の両親だよ」
柑奈ねえさまとも、梅ちゃんとも血は繋がっていない。
両親どちらかが国外の人間だと聞いていたのに、会ってみたら全員こっちの国の人たちだったから、思惑が外れて混乱したのだろう。
「俺の親はちょっとわけありでね。幼少期に橘家に預けられたんだ」
それでもなかなか楽しい日々を過ごさせてもらっているから……その点では、生みの親に感謝している。
……その点だけは。
「そんな心配そうな顔しないで。今は楽しくやってるから」
申し訳なさそうにしている彼女にそう言うと、少しだけ安心したように頷いた。
次の準備に取りかかる。
後頭部の高い位置で髪をひとつに結び、黒地に銀の刺繍が入ったリボンを結び目に巻く。
さらに、買った着物の椿の柄に合わせて、赤い組紐をぐるぐると巻きつけ、花の形に整えた。これで完成。
この小道具たちも昨日作った。
……あれ、そういえば姿見ってうちにあったっけ?
彼女が着替える前に作っておかないと。




