第20話 猫の浮気
朝食の下ごしらえでもするかと、台所への扉を開けた。
……お嬢ちゃんが米を洗っているではないか。
「……何してるの」
「おはようございます。朝早いんですね」
この時間に起きているきみも早いんだけどね?
「先に浸水させようかと思って、お米を洗ってます」
急にはっとしたと思ったら、申し訳なさそうに体を固くした。
「……あ、もしかして、お米使ったらだめでしたか……?」
「いや、全然。うちにある食材はどれ使ってもらっても大丈夫」
いや、そんなことより。
「今五時だから。俺がやっておくから二度寝してきなさい」
学生はよく寝て食って、勉強して遊べばいいのに。
こんな時間に台所に立っているなんて……それが畠山家の習慣のせいだと思うと、胸がちりちり焼かれたみたいに苦しくなった。
あのおっさん、まじで許さん。
小言と命令ばかりの家にいたせいで、彼女は朝からこうして動かずにいられないのか。
「基本的には、食事は俺が作るし掃除もやらなくていい。買い出しとかも全部」
自分の部屋の掃除とか、洗濯物はさすがに洗ってもらうしかないけど。
お嬢ちゃんは何か言いたげな、でも考えが定まっていないような複雑な表情で、口をぱくぱくと開けたり閉じたりしている。
悲しみが、目の奥にじっと沈んでいるみたいだった。
「それですと……」
彼女は視線を落とし、しばらく口ごもったあと、意を決したように顔を上げた。
「その、ただの穀潰しでは……」
その言葉を言うまでに、喉の奥で何度も言葉を転がしていたようだった。ようやく絞り出された声は、聞く者の胸に痛いほど静かに響いた。
“穀潰し”なんて、使われなきゃ言わないだろ。
おそらく、家にいたときはいろいろさせられていたせいで、動かないといけないという強迫観念みたいなものがあるのだろう。
このままじゃ、何を言っても聞き入れてくれない気がする。折れるしかないか。
「わかったわかった。じゃあこうしよう。俺が都合つかないときに、家事代行してくれたらそれでいいから」
とりあえずすぐ隣にあるお嬢ちゃんの部屋に追い返した。
引き戸を開けた先の部屋でソラが布団を陣取っており、それだけ片付けられていなかった。
「あっ! 見つかっちゃった!」
いないと思ったらそっちで寝ていたのか。
「まったく、どこ行ったのかと思ったら……」
ふっと肩の力が抜ける。まるで浮気現場でも見たみたいな気分だ。




