第9話 空っぽの鞄
「じゃあ、ちょっと昼食作ってくるね」
ゆっくりしててよ、と部屋から出ようとしたとき。
「片付ける荷物ないので、わたし作りますよ」
彼女がまるで当然のように言い出した。
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
いや、来てすぐに客に料理させるのもどうかと思うけど……。
たしかに、彼女が手に持っている鞄は薄い。それも、女学校の通学鞄だ。
叔父に私物を捨てられたと言っていたけど……まさか、それもやられたのか?
胸が痛くなった。
こんな心細い鞄ひとつで、どれだけの想いを抱えていたのだろう。
「……まさか、中に何も入ってないの?」
「いえ。お預かりしていた外套が入っています」
鞄から、貸していた黒色の外套を取り出した。
「洗ってからお返ししようと思ったんですけど……水洗いしていいのかわからなくて、そのままになってます」
お嬢ちゃんは心苦しそうに渡してきた。
他人に対して気を遣いすぎだろう。
頼むから、もうちょっと図々しくあってくれ。女子学生なんだから。
「大丈夫。それはこっちでやっておくから」
財布すらも持っていないようで、見ているだけで息が詰まる。
あのおっさん、よくここまで姪に酷なことできるな。
昨日着ていた制服はもう必要ないからと、ワタツミ支部が女学校に洗って渡し、貸し出し用にしたそうだ。
つまり、この子が持っている服は着用している着物だけで、今日の分の寝巻きすらない。
……参ったな。
今から隣町に行くのは、汽車の時間にも間に合わないし、疲れたお嬢ちゃんを連れ回すのはかわいそうだ。
どうしたものか。
手持ち無沙汰で困っている彼女に昼食作りをお願いして、その間に二人の人物に電話をかけることにした。
まず最初に、実家の呉服店に電話をかける。
数回の呼び出し音が鳴り『はい。呉服店、橘屋です』と、ねえさまの声が聞こえてきた。
「あ、ねえさま、ユウナだけど。あのさ、ちょっとうちで高校生の女の子預かることになって――」
『女の子!?』
またかよ。
小さくため息をついた。
人がまだ話しているというのに、この姉は。
「ああ、うん。それで、その子、事情があって服持ってなくてさ。寝巻きと……着物も買いたいんだけど、ある?」
『寝巻きはあるよ。若い子好きそうな着物は……この前出てったからなー……残ってたかな』
受話器の向こうで足音が響く。
しばらくの沈黙が落ち着かなくて、無意識に足元へ目を向けた。ソラが退屈そうに足の間を八の字にうろついている。
まるで俺の気持ちを見透かしているみたいだ。




