第5話 理性の糸
ちらとお嬢ちゃんを見ると、体を強張らせ、声も出せずに涙がこぼれていた。
掴まれた髪が引きちぎられそうになり、顔が引きつっている。唇は真っ青で、震える指先が助けを求めるように宙を彷徨っていた。
「……その手を離していただけますか」
こちらの話に耳を貸さず、「よそ者は消えろ」とか、「気持ち悪い目しやがって」とか、罵詈雑言の嵐だった。
握る手の力がさらに強くなり、掴まれた髪からは、ぎちぎちと音がする。
――ふざけるな。
この子が一体、何をしたって言うんだ。
理性の糸が、ぷつりと音を立てて千切れたような感覚があった。
「――離せよ」
怒りが沸騰し、視界が赤く染まる。
魔力が指先から漏れ出し、周囲の空気が歪んだ。
次の瞬間には、家の壁に深い亀裂が走っていた。それは、壁面に沿ってものすごい速さで伸び、止まることなく建物全体に広がっていった。
中にいた家族は悲鳴を上げながら外に逃げ、男も奇声を発しながら、お嬢ちゃんを突き飛ばして走り出した。
恐怖と困惑で動けない彼女を抱き寄せ、震えながら地面に座り込む四人に、軽蔑の眼差しを向ける。
「今後、この子に何かしらの危害を加えるようでしたら、この程度では済まないので」
返事はないが、理解したと捉えておこう。
指を鳴らし、魔法で家を元の状態に戻す。
お嬢ちゃんの手首を握り、ざわめく住民たちの間を通り抜け、なるべく早足でその場をあとにした。
***
ワタツミ街の端の人気のない場所まで移動し、人がいないのを確認してから土下座をする。
反射的に守ろうとしたとはいえ、密着したのは不用意だった。
「とっさのこととはいえ、体に触れてしまいました。誠に申し訳ありませんでした」
「り、利他さん……! やめてください!」
地面に膝をついて起こそうとするものだから、余計に申し訳なさを感じた。
きみの足が汚れてしまうだろうが。
今度は俺のせいで泣きそうだったので、土下座は中止した。
きっと、恐怖と混乱でいっぱいだったろうに。それを助長してしまったな。
「お詫びしたいのはこちらです。利他さんの仕事に影響したら……」
脅したことに対して訴えられたら、印象が悪くなり仕事の依頼は減ってしまう。そのことを危惧しているのだろう。
しかし、相手も家庭内暴力で訴え返される場合もなくはないため、この件に関しては慎重にならざるを得ないはずだ。
周囲の人が、家を破壊しかけたところを目撃していただろうが、元に戻したから証拠は何もない。
こんなに人に気遣いできる彼女を蔑ろにした罪は重い。
せいぜい……指を差されながら生きていけばいい。




