第12話 合間の小休止
それにしても、市長はまだ来ないのかな。
腹減ったし、腕は痛いし……帰りたくなってきた。
右手で、握っては開くを繰り返し、腕の鈍い痛みに顔をしかめる。
だめだ、力が入りにくい。今日はもう休みにしよう。
さすがに利き腕が使えないのはきつい。
潮の香りに包まれて、ぼんやりとした頭が少しだけ楽になる。
帰ったらすぐ電話線を抜こう。誰にも気を遣いたくないし、声を聞けばまた引き戻されてしまいそうだ。
今日はもう、自分のためだけに静かにしていたい。
地面に腰掛け、足を投げ出してぶらぶらと揺らした。
「うーみーはー」
ソラがなんか歌い出した。
「ひろいーな」
それに便乗してみる。
「おおきーいーなー」
「つーきーはーのぼるーし」
「ひがしーずーむー」
俺の頭の上にあごを乗せて、はしゃいでいるらしい。ほとんどの時間を家で過ごしているソラにとって、家の外に出るのは楽しいのかもしれない。
だけど……本当に申し訳ないけどそろそろ降りてほしい。肩が痛い。
「ねえ、ユウナ。村にも海作ってよ。そしたら、魚食べ放題できるじゃん!」
「無理」
どうせ本気でないくせに「ええー」と文句を言いながら、愛猫は器用に肩から降りていった。
こういうくだらないやりとりも、悪くない。ソラがいると、少しだけ世界が軽くなる。
……本当に、いい相棒だよな。
遠くで飛ぶ海鳥たちの鳴き声に応戦するかのように、猫らしい鳴き声を出すソラを膝に乗せ、静かに波の音に耳を傾ける。
穏やかな海の風景に、心がふっと軽くなった気がした。
このまましばらく、ぼーっとしたいな。
ついでに酒と、海鮮の串焼きがあれば完璧だ。醤油を回しかけ、炭火で香ばしく焼き上げた海鮮は辛口の酒……いや、さっぱりしたものと合わせるのもいい。
なんにせよ、腹が減った。
二人でまったりしていると、船置場からざわめきが聞こえてきた。
避難所から出てきた人が、街の荒れ果てた様子や怪物の姿に驚いているのかもしれない。
静かな時間は、そう長くは続かないらしい。
でもまあ、やるしかない。
少し休めただけでもありがたいと思おう。
――仕事の続きだ。
「そろそろ行こうか」
「はーい」
堤防の先を歩くと、黒い角袖外套が、冷たい海風に吹かれてふくらんだ。
朝日がまだ薄暗い港に影を落とし、ざわつく声が響いてくる。一つの夜が明けて、また一日が始まる。
――いつも通り、誰かのための一日だ。




