第5話 争いの終幕
左腕を横に振ると、先ほど出したものより短い数百本のうなぎ掻きが、矢のように飛び出した。まるで、海に鉄の森が生えたように、次々と水面に突き立っていく。
「――行け」
命じた刹那、鉄は逃げるうなぎの体を正確に貫いた。体が、命が、静かに蝕まれていく。
最後のうなぎ掻きが海中に沈んだ瞬間、海面は静かに波打ち始めた。
……動きがない。やったか?
海面に意識を集中させたまま、俺は動かなかった。
数分間、風も、声も、波も、すべてが遠く感じる静寂の中で、俺は海を睨み続けた。しかし、完全に気配がなくなっている。
ああ……終わったな。
肺の中の空気をすべて吐き出すように、長く息を吐いた。
右腕が、もう使い物にならないほど重たい。痛みと疲労で震える指を無理やり立て、魔法の指示を送る。
海面に、黒くにじむような濁りが浮かんできた。その中から、尻尾に鉤を刺された巨大うなぎが、ぐったりと水を引きずるように浮かび上がる。
……重い。
腕に伝う痛みに顔を歪めつつ、なんとかそれを引き上げ、船置場に横たえた。
そして――黙って見下ろした。
「……消えない、のか」
魔法獣なら、今の攻撃でもうとっくに消えている。けど、こいつは違う。現実にここにいて、血を流して、まだ温かい。
魔法じゃない。生き物だ。
人間が無理やり作り出したのか?
だとしたら、俺は。
胸の奥がひどく重たくなった。
……仕方なかった。
そう、自分に言い聞かせていた。
それでも。
「……お前だって、ただ生きたかっただけかもしれないのに」
声に出してしまった自分に気づいて、苦く笑う。
だけど、胸の奥は冷たいままだった。
仲間を探していた……あるいは、産卵のためにここに来ただけかもしれない。でも、誰かが止めないと、もっと犠牲が出ていた。
そういう理屈は、もうわかってるんだ。
ああ、くそ。気分が悪い。
そんなふうに、うなぎのぬめった体をじっと見つめていると、あの青年が、背の低い女性を連れてやって来た。長い黒髪に、切れ長の目。張りつめた空気を纏った、隙のない人だ。
……美人だから、余計に緊張する。
そんな彼女の細腕には、ワタツミ支部の腕章が着いていた。
雰囲気から察するに、たぶん、責任者だろう。
女性は俺の前で足を止め、静かに頭を下げた。
「魔導士協同組合ワタツミ支部、責任者の樺谷です。ご協力いただきありがとうございます」
「利他と申します。……お役に立てて、よかったです」
声が、少しだけかすれていた。疲れのせいだけじゃない。
胸の中に、泥のようなものが重く沈んでいた。




