第4話 海獣の張り合い
人差し指で空気をなぞるように合図すると、巨大なうなぎ掻きが怪物の元へ一直線に飛んでいく。
黒い影が、それに気づいたように海面を裂いて潜り込んだ。
「うわあっ!」
水しぶきがこちらを直撃し、さっきの青年と一緒に、盛大に頭から海水をかぶった。
ああ、着物が……!
いや、気にしてる場合じゃない。
「うえ、しょっぱ……!」
口に入った塩水を吐き出しつつ、空中を並走させていた二本のうなぎ掻きに命令を飛ばす。
鉤が、深々と巨大な尾に突き刺さった。
次の瞬間、暴れ出したうなぎが、海水ごと空気をもかき乱す。
魔法の反動が直に右腕に返ってきて、信じられないほどの重さがのしかかる。
「っ……おっ、重っ……!」
肩が、腕が、引きちぎられそうな感覚。
冗談じゃない。これ、無理じゃないか?
身体の芯が圧迫されるような苦しさに、胸が固まったように動かない。呼吸が浅くなっていく中、左腕だけをなんとか動かし、振り下ろす。
海が、真っ黒な体躯と赤く滲む水で満たされていく。
――これが、怪獣の血か。
濃くて、重くて、やけに生々しい。
「り、利他さん! 腕とれますよ!」
「大丈夫……たぶん……ね」
いつの間にか近くにいたさっきの青年が、血走った目をして叫んだ。
息を詰まらせながら、俺はかすれ声で応じる。
でも実際は、全然大丈夫じゃない。肩が今にもブチッと落ちてしまいそうだ。
それでも、離すわけにはいかない。
逃げてもいい。でも、逃げたら、あの人たちは?
銀三じいさま。三枝ばあさま。
――そして、ソラ。
絶対に、この化け物はここで止めないと。
歯を食いしばって、全身の力を込める。
早く、終わらせる……!
巨大うなぎの動きが鈍り始めたのを見計らい、近くの魔導士たちが一斉に魔法を放つ。風弾が皮膚の上で滑って消える。まるで水の膜にでも覆われているようだった。
なんで……なんで効かない?
俺の鉤は突き刺さってるのに、ほかの魔法は通らない?
わからない。
……けど、そんなこと考えてる余裕はない。
今は、押し切るしか――。




