第2話 崩壊の港町
それにしても……奇妙だ。これだけの魔法を浴びているのに、傷一つついていないなんて。
魔法封じの結界が張られている様子もなく、防御魔法の気配もない。ただ、そこにいるだけ。どう考えても異常だ。
いや、もしかしたら。
「……見間違いか?」
そうだ、そうであってくれ。
昨日は仕事が長引いて帰宅が遅くなったし、ろくに眠れていない。疲れが頂点で、思考も判断もボロボロだ。
脳が勝手に、でたらめな幻を見せているのだとしたら、むしろ安心する。
「無理だろ。こんなの……」
自分の声が、思ったよりも震えていた。
こんな生き物、現実で見ていいわけがない。おとぎ話にだって限度がある。
「……あれ、カグツチ村の駅くらいの大きさあるんじゃない?」
懐の中、ソラがぽつりと呟く。
ああ、やっぱり現実だったんだ……このうなぎ。
「立派な塀になりそうだねえ」
「ええっ……それはちょっと嫌だな」
――想像してしまった。
うなぎの体で囲まれた村。車窓を開けるたびに漂う生臭さ。
……うわ、最悪。
思わず顔をしかめた。
被害の少なそうな路地に降りて、改めて現場を確認する。
一夜で壊滅した港町。瓦礫の山。灯台の破片が水に浮かんでいる。
海を泳ぐうなぎの体が、時折ぶるりと震え、そのたびに海面が大きく波打つ。
耳の奥にまで響く、低いうなり声のような音。空気が潮と腐臭で混ざり合って、喉の奥を焼いた。
それでも、やつはまだ暴れ足りないのか、海を揺らしながら破壊を続けていた。
それにしても、魔導士の数が妙に少ない。
……気のせいだろうか。
もしかして、もう誰も戦える状態じゃない?
だとしたら、これは――かなりまずい。
「ユウナ、急がないと」
「……わかってる。でも、俺が行ったところで、意味あるのか……?」
思わず本音が漏れてしまった。
足が重い。胃の奥に、じわじわと冷たいものが溜まっていく。
なのに、引き返す選択肢はなかった。
銀三じいさまも、三枝ばあさまも、きっと俺を信じて依頼してくれた。
俺一人じゃ、街は救えないかもしれないけど――あの二人くらいなら、守れる。そう思うことで、無理やり自分の背中を押した。
和傘が飛んでくる破片で壊れないよう気を配りながら、魔法を使っていた若い魔導士に近づいた。
左腕には、ワタツミ支部の腕章をつけている。
若いな。まだ新人だろうか?
「お疲れさまです。魔導士の利他と申します。一般の方から駆除の依頼を受けて来ました。お手伝いさせていただければと思いまして」
前に「勝手に仕事を取るな! 礼儀がなっていない!」と、どこかの偉そうな魔導士に怒鳴られてから、どんな修羅場でも挨拶だけはするようにしている。
「はあ!? 挨拶とかいいんで早く手伝ってくださいよ!」
青年の声には、怒りというよりも、限界が滲んでいた。顔は蒼白で、体は汗に濡れて震えている。
長く戦い続けていたのか。寒風にさらされ、今にも倒れそうだった。
「ぼくはもう行くので」
彼はそれだけ言い残し、ふらふらとした足取りで走り去った。その背を、俺は黙って見送る。
俺が絶対悪いな。今のは。
……すまない、青年。




