第1話 化け物の行進
霜月先生の研究所が燃えてから、もう二年が経つ。
あのとき閉じ込めた金色の炎は、結局、魔導士協同組合でも正体がわからなかったらしく、音沙汰はない。
未解決のまま忘れ去られたけど……なぜか『利他ユウナが事件を解決させた』なんて尾ひれのついた噂が広まってしまい、そのおかげで仕事は増えた。
……実際は解決できてないのに。
まあ、生活が安定したのはありがたいけどさ。
そんなわけで……今夜もまた、耳障りな呼び出し音で起こされる羽目になる。
やめてほしい。本当に。
深夜の空気を切り裂くような音に、盛大なため息をついて布団から這い出た。
ソラが「もー!」と、牛みたいな鳴き声で抗議してくる。
こっちも電話相手に言いたい。
電話を掴み、「はい、なんですか」と仏頂面で応じる。
……また銀三じいさまか。この人、ものすごく申し訳なさそうに謝るもんだから、毎回怒れない。
でも、さすがにこの時間は無理だって。頭が働かないし、寝かせてほしい。
まあ、一応話は聞くけどさ。
「一体どうしたの?」
『それがね、でっかいうなぎが海で暴れてるみたいで……』
「……うなぎ?」
言葉の意味が、脳にうまく届かない。夜中の寝ぼけた頭に『でっかいうなぎ』という言葉は致命的だ。
……が、話を聞くうちに、耳の奥でピンと何かが弾けた。
灯台を超えるほどのうなぎが街を襲っている?
バカみたいな話だ。でも、じいさまの声は冗談を言ってるものじゃなかった。
普通なら『勘弁してくれよ』と思うところだが――俺は違う。
心の奥から、変な興奮がじわじわと湧いてくる。
難しそうな依頼ほど、なぜか血が騒ぐ。理性は引き留めようとしているのに、足はすでに動き始めていた。
……最悪な性格だ。
***
ワタツミ街に着いてまず思ったのは、綺麗な街ということだった。
青い屋根と白い壁。絵本の挿絵みたいな街並みが、薄明の中でしんと静まり返っている。
潮風がほんのり香る、異国の港町のような風景だった。
息をつめたまま見入ってしまった。
こんな時間じゃなかったら、のんびり歩き回りたかった。けど、それはまた今度にしよう。
傘に腰掛けて空から街を見下ろすと、海の向こうに、妙に明るい一点が目についた。
「うわあ、あれだね……」
「……灯台どころじゃないんだけど」
そこにいたのは――いや、“それ”は、海を覆い尽くすような巨体だった。
黒褐色の身体が明かりに照らされ、粘液を滴らせながら、ゆっくりと海を揺らしている。
灯台を二つ重ねても、まだ届かないかもしれない。そんな大きさのうなぎだ。
その化け物が少し身をよじるだけで、海は波打ち、空気がビリビリと震える。
――声も出せなかった。
俺の視線の先では、必死に魔法を放つ魔導士たちがいたけど……その攻撃すら、うなぎの皮膚に軽く弾かれていた。火花が散るたびに、なんだか現実感がどんどん薄れていく。
ありえない。でも、これは現実で、夢ではない。
こんな非日常感、滅多に味わえない。俺の中では逆に、鼓動が速くなるのを感じていた。
――これは、おもしろくなってきた。




