第二話『悪戯妖精』
祈りの森最奥部。
そこには巨大な神殿があり、その神殿の中に祈りの森の宝石はあった。
『目覚めろ……』
神殿の中に声が響いた。その声の主の姿は無い。しかし、確かに神殿の中で声が聞こえた。
『目覚めろ、欲望の具現物よ。お前を作りだした主が話したがっているぞ?』
声の主の姿が無いのなら、話しかけられる者の姿があるはずがない。だが、声に対して答える者が居た。
「お久しぶりです。わが主……」
答えたのは宝石だった。祈りの森の宝石は、美しく輝きながら言葉を発していた。
「話しかけていただけたのは何年ぶりでしょうか? 何か私にご用ですか?」
宝石は声に対してへりくだって話す。
「お前に話しかけるのは五年ぶりくらいだろう。喜べ! またお前に会いに来る意思を持って森に入る者が現れたぞ!」
「私に会いに? また無謀な者が現れたということですね。ですがまたいつもと同じでしょう。一層目の森を抜ける前に脱落するはずです。もし一層目を越えられたとしても、二層目に入れば確実に死にます」
宝石の指摘に、声は笑う。
「並みの者ならそうだろう。だが、今回は違うぞ。何しろ、エリザベートが育てた子供だからな」
「エリザベートの……」
エリザベート。その名前を聞くのは何十年ぶりだろう? あれ以来この神殿までたどり着いたものは居ない。そのエリザベートが育てた子供だというなら、確かに何か特別な力を持っているのかもしれない。
「最高の見世物を期待しているぞ。私を楽しませてくれ」
「お任せください。貴方様がこの世界を作る時、私を作ってくださったその日から、私はただ貴方様を楽しませるためだけに存在しているのですから」
「愛い奴だ。では私は鑑賞者に戻るとしよう」
そう言って声は……神の声は消えた。
神は世界を作る時、ある不安定な要素を含ませた。それがこの祈りの森の宝石。
どんな願いでも絶対に叶えるこの宝石は、新しい世界を創造することも、世界を滅ぼすことも、神を殺すことすら可能だ。
神は自分を殺しかねない不安定要素をこの祈りの森に作った。何故か? それは、安定した毎日に退屈しないためだ。
世界を滅ぼしかねない不安定要素。それを求めて足掻く者達の姿。それは永遠の生を楽しむには最高の娯楽だった。
神は成り行きを眺めるだけ……。祈りの森の宝石を作りだした時点で、神の役割はすべて終わっている。後はただ、宝石と宝石を求めて足掻く者達の姿を鑑賞するのみ……。
神殿の中心には、宝石があやしく光っていた……。
* * *
クルトが森に入ってから数時間が経ち、日はすっかりと登っていた。
初めは何が飛び出るかと不安がっていたクルトも、日が昇ると根拠もなく安心し、祈りの森を興味深げに見まわしていた。
「別に森の木が光を遮って、真っ暗なわけじゃないんだよね。少し薄暗いけど、これなら他の森だって同じだし……。まだ一層目だからそんなに危険じゃないのかな?」
クルトはそう言って、エリザベートが祈りの森について話していたことを思い出す。
『祈りの森は大きく三つの層に分かれている』
エリザベートはそう言って祈りの森については話し始めた。
『まずは一層目、ここは普通の森とあまり変わらない。主に住んでいるのも普通の動物達。祈りの森は山菜も大量に生えているから、動物を狩ったり山菜を取ったりしに来る人もたまにいる。お前も森にはよく遊びに行っていたね』
『うん、決められた場所以外には行っちゃいけないって言われてたけど……。それじゃあ一層目は全然危険じゃないんだ?』
エリザベートは、クルトの言葉に首を横に振る。
『下級の魔物や悪魔くらいならいる。だから完全に危険ではないとは言えないけど、下級の悪魔や魔物なら普通の深い森でも遭遇する可能性はあるから、あまり変わらないね。森の奥から大物が迷い込んでそれに遭遇してしまう可能性はあるが、それに遭遇したなら運が悪かったとあきらめるしかない』
そう言ってエリザベートは笑った。
クルトが居るこの場所はまだ一層目だ。だからあまり危険ではないが、油断してはいけない。昨晩はエリザベートに見つからないように森へ入る必要があったから、仕方なく夜も森の中を移動していたが、今日からはそれも控えなくてはいけない。
夜は悪魔や魔物達の時間だ。ただでさえ遭遇する可能性があるのだから、わざわざそんな者達が活発に活動している時間帯に動く必要はない。今日からは日が暮れる前に安全な場所を見つけて野宿をする必要がある。
「あ……」
クルトは美しい花を見つけた。森の中にしか生えていないのだろう。今までに見たことが無い花だった。
「お婆ちゃんに持って行ってあげたいな……」
思わずそう呟いたが、それをする訳にはいかない。エリザベートに持って帰るのは花よりもっと素晴らしいものだ。
クルトは決意を新たにして歩き出そうとした。
「あらー? 珍しいわ、こんなところに人間が居るなんて。それもまだ子供じゃない。親が知ったら驚きのあまり失神してしまうでしょうね。何しろいま自分の子供が死に最も近いところに居るんだから」
あたりにそう声が響いた。クルトは身構えて周りを見回す。話している内容から声の主は人間ではない。ならば悪魔か? こんなに早く遭遇することになるとは予想外だった。
しかしいくら見回しても悪魔らしき姿は無い。どこかに隠れているのではないかと懸命に探したが見つからなかった。
そうしていると声の主が呆れたようにまた声をかけてきた。
「前や後ろを探しても見つからないわよ。私はあなたの真上に居るんだもの」
言われてクルトは上を向く。そうした瞬間罠だったらどうしようと考えたが、クルトが見た方向にはちゃんと声の主が居た。
「首の体操は終わった? 毎日そんなことしてたら首が馬くらいに伸びちゃうんじゃない?」
「妖……精……?」
声の主は妖精だった。クルトに発見されると、小さな四枚の翼をはためかせて上から下りてくる。
妖精は少女の姿をしており、羽が生えていることを除けば、人間の少女をそのまま小さくしたように見えた。
クルトの顔の高さまで降りてくると、妖精の大きさがはっきりと分かった。
妖精の身長はせいぜい一六cmくらいしかない。そんな身長だから顔もものすごく小さく、目や口も非常に小さかった。
妖精は呆れた表情をしてクルトに話しかけてきた。
「あんたは迷子? 家出少年? それとも自殺志願者なのかしら? そのうちのどれだったとしても、ここはやめておいた方が良いわよ。迷子や家出をするならここは物騒すぎるし、自殺するにしてもろくな死に方できないわ。なんなら自殺するのに最適な場所を教えてあげるけど?」
「ぼ、僕は迷子や家出なんかじゃないよ! まして自殺志願者なんかじゃ絶対に無い!」
「じゃあ何しに来たのよ? 美味しい山菜でも取りに来たの? そう言うのは大人に任せて、子供は花畑で花でも摘んでいなさいよ」
そう言って妖精は手をひらひらと振る。帰れという意味だ。
「僕は祈りの森の宝石を探しに来たんだ!」
クルトはなかなか話を聞いてくれない妖精に向かってそう叫んだ。妖精はしばらく呆けていたが、クルトがなんと言ったのか理解すると腹を抱えて笑いだした。
「あははは! 祈りの森の宝石? 宝石を探しに来たって言ったの? あんたみたいな子供が? あはははは! 最高! 今日最高に面白い話だわ! 下手をしたら笑い死にする奴もいるかもね!」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないか!」
「あんた宝石を手に入れてどうするつもり? 身長でも伸ばしてもらいたいの?」
「そんなことじゃないよ! 僕が叶えて欲しいのは……うぐッ!」
クルトは思わず願い事を言ってしまいそうだったのを口に手を当てて止めた。願い事を他人に言ったらまた最初からだ。
「い、言えない……」
「え? 言えない? ああ、そんなルールがあったわね」
妖精はそう言って納得したようだった。
「なるほど、宝石を探すための条件は揃えてはいるわね。でも、こんなに広い森の中で宝石探せるの? 右と左は分かる?」
妖精はあくまで馬鹿にした態度を取る。クルトは倉庫から持ち出した魔道具を妖精に見せた。
「このコンパスで宝石の方向は分かるよ。このコンパスは僕が求めるものがある方向を指すんだ。だからこれに従えば宝石までたどり着ける」
「へぇ……」
妖精は、クルトが取りだしたコンパスに魔力が込められているのを感じて、笑うのをやめた。妖精は少しクルトに興味を持つ。
「本気で探すつもりはあるようね。そうだ、近道を教えてあげましょうか?」
妖精は突然そんなことを言い出す。
「近道? そんなのがあるの?」
「疑うの? 祈りの森初心者のあんたに、ずっと祈りの森で過ごしてきた私が近道を教えてあげるって言ってるんだから、感謝するべきじゃない?」
「た、確かにそうだけど……」
クルトは迷った。エリザベートは近道があるなんて一言も言っていなかった。だが、知らなかったなら言わないのは当然だし、目の前の妖精の方がずっと暮らしているのだから森には詳しいだろう。それに、出来るだけ早くエリザベートに宝石を持ち帰ってやりたかった。
「何よ! そんなに疑うなら教えてあげない!」
「ああ、待って待って! 信じるよ! 近道はどっち?」
クルトは妖精を信じることにした。
妖精はクルトが信じると言うと、にっこりと笑って案内を始めた。
「こっちよ!」
(馬鹿な奴。近道なんてあるはず無いでしょ? そのコンパスに従って一直線に進むのが一番近いに決まってるじゃない。私に騙されるようじゃ宝石にたどり着くなんて絶対無理。あんたは私に連れられて、いつの間にか迷いの森に入ってしまう。便利な道具を持っているようだけど、そんなの意味無いわ。迷いの森に入った瞬間壊れてしまうもの。永遠に続く森の中で発狂して、私を楽しませてね? あはははは!)
妖精はクルトを案内するつもりなど全く無い。妖精は人をからかうのが好きなのだ。その結果人間が死ぬことになっても、自分が楽しければそれでいい。妖精の本性を見抜けない人間が馬鹿なだけ。妖精はいつもそう考えていた。
「あ、ねえ! 君の名前を教えてよ。僕の名前はクルト。クルト・グラウンって言うんだ」
クルトの問いかけに妖精は振り返った。
「せっかく名乗ってもらったのに悪いけど、私は名前を教えるつもりはないわよ」
「? なぜ?」
「あなたは新しいおもちゃを買ってもらうたびに、自分の名前を名乗ったりする?」
その言葉の意味は、クルトには分からなかった。
* * *
「ねえねえ、見てよほら! ここにも花が咲いてるよ! これはなんていう花かな?」
クルトが妖精と出会ってから数時間が過ぎていた。あまり先には進んでいない。なぜなら、クルトがこうして何度も立ち止ってしまうからだ。
そのたびに妖精はクルトが興味を持った物の説明をしなくてはいけなかった。そうしてやるのが一番早くクルトを先に進ませることができると悟ったからだ。
「そんな花何処にだって生えてるわよ。えーと、人間が付けた名前はなんだったかしら?」
植物の名前というのは人間が付けたものだ。妖精は植物の名前なんて気にしないから全部ひっくるめて『花』と呼んでいる。
「なんて言う花なの?」
クルトが期待する様な目をして妖精を見つける。妖精は少し鬱陶しく感じながら考えたが、結局花の名前は思い出せなかった。
「もう、うるさいわね! そんなに立ち止ってばっかりなら近道を教えてあげないわよ!」
「ご、ごめん! これからはなるべく道草はしないようにする……」
クルトは少ししゅんとして歩き出した。
なんだ、最初からこういえば良かったのか。妖精は一つため息をついてまた案内を始めた。迷いの森に向かって……。
「ん? この音は……」
クルトがそう呟いて立ち止った。
「何? 音がどうしたって……」
「こっちだ!」
クルトはそう叫んで走り出した。
「ちょっと! そっちじゃないわよ……ああ、もう!」
妖精はうんざりしたように唸ってからクルトの後を追った。
しばらく移動すると、クルトが目的の物を見つけた。
「川だ!」
クルトが聞いたのは川の音だった。目の前には、非常に幅の大きな川が広がっている。流れもかなり早い。
クルトは鞄から水筒を取り出して水を汲み始めた。
「急いで出てきたから、水筒に水を入れる暇が無かったんだ」
「……どうでもいいけど、川に落ちないでよ? 深いうえに流れも速いから、よっぽど泳ぎがうまくないと死んじゃうから」
クルトが死んでも別に構わないが、川で溺れ死ぬのを見るより、森の中で迷って発狂するのを見る方が面白い。妖精はそう考えてそう言ったのだが、クルトは妖精が心配してくれたのだと思ったらしかった。
「ありがとう、気を使ってくれて」
「ふん……」
妖精は何処までも能天気なクルトに付き合い切れずにそっぽを向いた。クルトは苦笑して水を汲み続ける。
「なかなか終わらないけど、その水筒どれだけたくさん入るの? 重くて持てないんじゃない?」
「大丈夫だよ。これも魔道具だから」
そう言ってクルトは妖精に水筒を見せる。
「見た目の数十倍の水が入るんだ。しかもこの中に水を入れると浄化してくれる力がある」
「へぇ……」
妖精が水筒に意識を向けると、確かに魔力を感じた。
「よし、これで満タンになった。そろそろ行こうか。あれ? 何だろう?」
そう言ってクルトは川の方角を見た。何か動くものが流されている。だが、遠すぎてクルトには何が流されているのか分からない。
「ああ、狐が流されてるわ」
「え、狐が!?」
妖精が大したこと無い様に呟くのを聞いて、クルトは必死に流されているものを見た。……言われて見れば何かの動物に見える。
「助けよう!」
「そんな必要ないわよ。馬鹿な狐ねー。水でも飲もうとして川に落ちたんだわ。あんな馬鹿な狐はどの道この森では生きていけないから放っておきましょう……ちょっと!」
クルトは着ている服を脱ぎだした。明らかに川に飛び込んで狐を助けようとしている。
「あんた馬鹿ァ? さっきも言ったけど、この川は流れがすごく速いの。簡単に泳げるような川じゃないし、狐を助けて何になるの? 馬鹿狐なんて放っておきなさいよ」
「君は一度でも不注意で何か失敗したことは無いの? 大丈夫、泳ぐのは得意だよ」
クルトはそう言って川に飛び込んで行った。
妖精は頭を抱えて呟く。
「あいつに付き合ってると私の方が発狂しそうだわ……」
* * *
川の流れは確かに速かった。しかし泳げないほどじゃない。エリザベートはクルトに色々な訓練を付けてくれたから、クルトは見た目より遥かに運動神経が優れている。
「大丈夫!?」
クルトは狐に声をかけた。狐は真っ白な毛をしており、身体はかなり小さい。
狐はクルトに抱かれるのを嫌がらなかった。というよりさっきまで暴れていたはずなのに、今は大人しくなっていたのだ。死んでしまったのだろうか?
クルトはその可能性はとりあえず考えないようにして、川岸に向かって泳ごうとした。しかし、難しい。全身を使って泳ぐならともかく、今は片腕がキツネでふさがっている。いくら泳ぐのが得意だからと言って、この流れの速い川で狐を抱えて泳ぐのはかなり難しかった。
「だから言ったじゃない」
妖精がクルトのところまで飛んできて声をかけてきた。
「ちょっと苦労してるだけだよ。少し泳いでいればコツが掴めそうだ。それまで体力が続けば何とかなるよ」
「私には溺れてる様にしか見えないけど……」
実際その通りだった。クルトは少しずつ水を飲んで苦しくなっていた。このままでは本当に溺れてしまうかもしれない。
「ねえ、いい方法があるんだけど」
「え……ガボ! な、何?」
クルトは藁をも掴む気持ちで妖精に訊ねる。
「狐を捨てればいいのよ。あんた見たところ泳ぐのは本当に得意なようだし、その狐を捨てれば助かるんじゃない? あんたが助けなければその狐はどの道死ぬ運命だったんだし、誰もあんたを責めたりしないわよ」
「そ、そんなことできないよ!」
クルトはもがきながら精一杯怒鳴った。
「見捨てるつもりなら最初から見捨てろ! 一度助ける仕草を見せて期待させておきながら、結局助けないで落胆させるのが一番残酷なんだって、お婆ちゃんが言ってたんだ」
クルトはそう言って妖精を見る。
「……ふーん」
妖精は興味をなくしたようにどこかへ飛んで行ってしまった。クルトは一瞬薄情だと思ったが、小さな体の妖精にこの状況を何とかできるはずもない。自分の力で何とかしなくては……。
「おわぁ!」
クルトの体に何かがぶつかった。無意識にそれに手を伸ばすと大きな丸太だった。
何でこんなものがここにあるんだという疑問はとりあえず置いておき、それにしっかりとしがみついた。浮遊物に捕まれば何とか泳げないこともない……。
* * *
「あ、死んでなかったんだ」
妖精はそう言ってクルトを見た。
あの後なんとか川岸にたどり着いたが、飛び込んだ場所からかなり流されてしまっていた。狐を抱いて川沿いに歩いてくるとさっきの場所まで付き、クルトが色々脱ぎ捨てた物の近くにちょこんと妖精は座っていた。
「偶然丸太が流れてきたんだ。それに捕まってなんとかね」
「ふーん、偶然ねぇ……」
そう言って妖精は視線をクルトに抱かれているものに移す。
「……その狐、死んでるの?」
妖精はクルトの抱いている狐を見ながらそう言った。狐は相変わらずぐったりとしている。
「大丈夫。かなり水を飲んでいるけど、息をしてるから生きてるよ。でも弱っているから、温めてあげないと……」
そう言って狐を地面に置き、ここに来る途中で拾ってきた木の枝を燃えやすいように組む。
「焚火? でも火が無いでしょ?」
「火は無いけど、火を起こす道具ならあるよ。……これ」
そう言ってクルトは、鞄から石を二つ取り出した。
「……火打石? それ火花が散るだけでしょ? 木の枝に火を付けるのは難しいんじゃない?」
「普通の火打石はね。でもこれは魔道具だから違うよ。みてて……」
そう言ってクルトは石をぶつけた。すると石の間から大きな炎が噴き出し、木の枝にあっという間に火が付いた。
「お婆ちゃんがよく使ってたんだ。腕にやけどを負ってから使わなくなったけどね」
「……あんた色々魔道具を持ってるけど、他にどんなのがあるの?」
少年の鞄にはまだいくつか物が入っているのが見えた。その全部が魔道具で、悪魔や魔物を倒すような物が入っているなら、確かに宝石までたどり着けるかもしれない。
「これで全部だよ?」
「は?」
「後は腰にかけてる剣くらいかな? 時間が無かったから、あんまり探せなかったんだ。あんまりたくさん持ってきても邪魔だしね。他にも鍋とか……野宿するのに必要な物は持ってきたけど魔道具じゃないよ」
妖精は気が抜けた。もっと強力な魔道具をいくつも持っているなら、面白いことになるかとも思ったが、この少年が持ってきたのは『宝石の場所を教えるコンパス』と『大量に水が入る水筒』と『炎が出る火打石』だけだというのだ。これで少年が並みの力しかないのなら、宝石までたどり着けるはずが無い。でも……。
「とにかく狐を温めてあげなくちゃ」
そう言ってクルトは、狐を焚火の近くに運ぶ。あらためて見ると、狐の白い毛は太陽の光を反射して、非常に美しかった。
クルトは身体を布で拭いてから、服を着る。
「あ、狐が目を覚ましたみたいよ?」
妖精の声に振り向くと、狐が顔をあげてクルトの方を見た。
「気が付いた? 水を飲んだみたいだけど大丈夫かな?」
クルトは返事が返ってこないのを承知で話しかける。言葉は伝わらなくても、敵じゃないという意識はきっと伝わるはずだ。
「お腹すいてない? 確かパンが……あった! ほら、食べな」
「あんたそれ自分のご飯でしょ? あんたは木の幹でもはいで食べるの?」
「それが食べられるというなら食べるよ。大丈夫、森の中には山菜がたくさんあるからそれを食べて何とかするよ」
そう言ってクルトはパンを狐に差し出す。狐は恐る恐るそれをかじり、これが安全だと判断すると、勢いよく食べ始めた。
パンを食べ終わると、狐はしばらくじっとクルトのことを見つめ、やがて立ち上がって走り去って行った。
「あ、行っちゃった……」
「せっかく助けてもらったのに、お礼の一言もないなんて恩知らずな狐ねー」
自分が助けたわけでもないのに、妖精がそう不満を口にする。
「狐なんだからしょうがないよ。喋れないんだもん」
「キャン! とでも鳴けばいいでしょうが。低能動物にお似合いだわ」
クルトは苦笑して焚火に近づく。クルト自身もかなり体を冷やしてしまった。
「はぁー、生き返った気分だよ。少し休んでから、また出発しよう。近道を教えてくれるんだよね?」
「あー……それ、やめたから」
「え、何で?」
クルトが慌てて聞き返す。
「だって、あんたちっとも私の言うことを聞かないんだもの。道草するくらいなら構わないけど、川に飛び込むなって忠告してやっても、それを無視して飛び込む様な奴に、近道を教える訳ないでしょ? 私は自分の思い通りにならないのが一番気に入らないの!」
妖精は冷たくそう言った。
クルトは少し残念な気もしたが、妖精の主張がもっともだったので何も言い返せなかった。それに、自分にはエリザベートがくれた――正確には盗んだのだが――コンパスもある。少し寄り道をしたのだと考えればいい。
「じゃあそろそろ行こうかな。近道が分からなくなったなら、急がないと」
そう言ってクルトが立ちあがると、妖精がちょこんとクルトの肩に座った。
「……あの、何か?」
「私も行くわ。というか勝手について行く。あなたって突拍子もないことするから見てて飽きないの。道案内はしないけど、話し相手くらいにならなってあげるわ」
「本当? それなら歓迎だよ! 一人っきりで森の中を歩くのは寂しいと思ってたんだ!」
クルトは素直に喜んだ。しかし、妖精の頭は別のことを考えていた。
(あんたは面白いわ。本当に……。あなたみたいな甘ちゃんが、欲望の塊みたいな宝石に何を願うのかとても興味がある。そこに行くまでに、悪魔や魔物に喰われるでしょうけど、それはきっと迷いの森で発狂するのを見るより面白いはず。せいぜい私を楽しませてね? ふふふ)
妖精は心の中でそう考えて怪しく笑ったが、その笑いはクルトには見えなかった。
「ああ、そうだ」
妖精が何かを思い出したように言った。
「何?」
「これから長い付き合いになるんだから、名前を知らないと不便でしょ? 私の名前はフィルよ。よろしくクルト」
そうしてクルトの旅に同行者が増えた。
祈りの森ルール
宝石にたどり着くまでには、複数者で協力して向かうことを認める。ただし集団で宝石までたどり着いた場合、その集団に一つの願いしか叶えることはできない。




