第一話『旅立ち』
何の変哲もない田舎道があった。あたりを見回しても、樹や草花が不規則に生えているだけで何もない。
季節は春。長く厳しかった冬が終わり、冬眠していた生き物たちが目覚めて、空腹を満たすために活動を始める季節。
だからその田舎道には春の植物たちが姿を現し、ある植物は春の花を咲かせていた。
少年クルトはそんな道を歩いていた。
クルトは育ての親であるエリザベートにお使いを頼まれ、町に買い物に行く途中だった。
「あ、花が咲いてる!」
だが、こうして何かを見つけては立ち止るので、一向に先に進まない。
クルトは短い茶色の髪に、茶色の瞳をした少年だった。一五五cmという低めの身長が、年相応なのかは分からない。クルトは記憶喪失だから自分の年齢が分からないのだ。
八年前、クルトは森の近くに住んでいた老女のエリザベートに拾われた。
その頃の記憶ははっきりとしない。エリザベートの話によると、まともに会話もできないくらいの状態だったらしい。クルトの記憶がはっきりとする頃には、すでにエリザベートと共に暮らすのが当たり前になっていた。
クルトは記憶を取り戻そうとは思わなかった。今の生活に満足しているからだ。母や父が居ないといったって、記憶が無いのだからそもそも寂しいと思わない。それに育ての親のエリザベートは優しく育ててくれた。クルトはエリザベートを『お婆ちゃん』と呼んでいたが、実際は母親として慕っている。
「さて、そろそろ行かなくちゃ! 寄り道ばっかりしていては日が暮れてしまう」
そう言ってクルトは立ち上がった。その時に、腰にさしている剣がカチャリと音を鳴らす。
何も知らない人からすれば、少年が剣を持っていることを異常に思うだろう。だが、この田舎道を歩くには何か武装していなければならない。
それは、腹をすかせた熊が出るからという理由ではない。魔物と遭遇することがあるからだ。
この世界には魔物や悪魔といった生き物が普通に存在している。このような存在は、人間が多く暮らす町には近づかないが、今クルトが歩いている様な場所には出没することがある。
多くの魔物や悪魔は夜に行動するため、今の時間帯は安全ではあるが、護身用に何か武器を持っているのは必要なことなのだ。クルトが装備しているのは八十cm程のロングソードだ。
エリザベートは人々の中で暮らすことを嫌い、人里離れた場所で暮らしていた。だから、必然的にクルトも人里からは離れて暮らすことになる。
昔はエリザベートが買い物に行くことが多かったが、エリザベートの体の具合が悪くなった三年ほど前からは、クルトが買い物を頼まれるようになった。
クルトは買い物に行かされることは嫌ではなかったが、出来れば町で暮らして欲しいと思っていた。最近エリザベートの具合がまた悪くなったのだ。何かあったときのために、すぐ医者が呼べる環境が欲しい。
しかしエリザベートは頑なに町の中で暮らすことを拒んだ。理由は分からないでもない。……それでもクルトは心配だった。
「町の人がぜひお婆ちゃんに、町で暮らして欲しいって言ってたって嘘ついてみようかな? ……駄目だな。杖で殴られるだけだからやめておこう」
そう呟いてクルトは町に急いだ。
* * *
クルトがしばらく歩いていると町についた。この町はこの辺では一番大きいので、欲しい物は大抵手に入る。寄り道しないで歩いてきても、一時間はかかってしまうのが難点だったが……。
「相変わらず賑やかだなー」
クルトは町に入ると立ち止って周りを見回す。この町は大きいので、世界中から人が集まってくる。この町にやってくるたびに、見たことが無い道具や食べ物があるのでついつい見とれてしまうのだ。
しかし、寄り道はここに来る途中でかなりしてしまった。いい加減目的の物を買わないとエリザベートに叱られてしまう。
クルトはここに来るまでに寄り道しすぎたことを後悔しながら目的の店に向かった。
目的の店にはすぐについた。あまり客はいないらしく、店主の男は暇そうにしている。
クルトは気付かれないように買い物をするのをあきらめて、控えめに店主の男に話しかけることにした。
「こんにちは」
「お、いらっしゃ……う……」
店主の男はあからさまに嫌そうな顔をする。それまでも客が来なくて機嫌が悪そうにしていたが、クルトの顔を見たとたん、さらに機嫌が悪くなったように見えた。
「えっと……キャベツは……」
クルトはそれには気付かないふりをして目的の品を探す。だが、店主はやめてくれという風に手を振った。
「メモを持ってきてるんだろ? それを渡してくれればこっちで探すから」
そう言われてはメモを渡すしかない。クルトがメモを取り出すと、店主の男はそれを奪って品物を袋につめ始める。
「ちょっと見てあれ、クルトじゃない?」
「本当だ。エリザベートからお使いを頼まれてきたんだな」
「うわぁ、嫌なもの見ちゃったな……。今日は家に帰って大人しくしていましょう」
店主の男が品物をつめる間、周りの人間からそんな声が聞こえてくる。声の大きさからクルトに気付かれないようにしているわけではないのだろう。むしろクルトにわざと聞こえるようにしているのかもしれない。
これからも分かるように、クルトは町の人間から嫌われている。エリザベートと一緒に買い物に来ていた時も、避けられているような雰囲気はあったのだが、一人で買い物に来るようになってからはそれがさらにひどくなった。
「おら、詰め終わったぞ!」
店主の男はそう言って乱暴に袋を寄越す。一応中身を見て全部入っているか確認する。問題無い、別に不良品を入れられているということはなさそうだった。それも当然ではあるのだが……。
「ありがとうござます。お代はいくらですか?」
「お金なんか要らないから早く行ってくれ!」
「でも……」
「いいから! お前から金をもらったなんて噂になったら、客が来なくなる!」
クルトはしゅんとして店を出て行った。お金が無いわけではない。ちゃんとエリザベートから買い物をするためのお金は持たされている。だがそれを受け取ってもらえたことは無い。
一度黙ってお金を置いて行こうとした。だが店を出てから振り返ったら、店主がお金を捨てているのを見てしまった。それ以降は、受け取ってもらえる時以外は、お金を払うのを諦めた。だが今まで一度もお金を受け取ってもらえたことは無い。噂になるのが怖いのだろう。
なぜクルトはこんなに嫌われているのか? 前にクルトはエリザベートに聞いたことがあった。その時エリザベートはこういった。
『それは、お前が魔女に育てられたからだよ』
魔女とはもちろんエリザベートのことだ。町の人間は、クルトがエリザベートに育てられたから避けているのだ。
『魔女は……魔法は悪魔の力を借りるとされているからね。町の連中は怖いのさ。そして同時に嫌悪感を抱いている。魔法を使う人間は異常者だと思っている。だから嫌う、避ける、差別する』
エリザベートは悲しそうにそう言っていた。エリザベートが町で暮らしたがらないのはこの理由もある。誰だって、嫌われていると分かっていて、その中で暮らしたいなどと思うはずが無い。
だが、エリザベートはクルトのように迫害されるようなことは無かった。エリザベートは巨大な力を持った魔女だからだ。世界でも有名な魔女だったのだという。町の人達は報復されるのが怖いから、不良品をクルトに渡してエリザベートの機嫌を損ねるようなことはしない。
クルトが嫌われながらも、石をぶつけられたりしないのは、エリザベートが後ろにいるからだ。それが無ければ、クルトはこうして買い物をすることもできないだろう。
『お前も迫害されたくないのなら、舐められない様な態度をすればいいのさ』
「……そんなの無理だよお婆ちゃん」
クルトは心の中のエリザベートにそう呟いて次の店に向かう。今日は後三つも店を回らなければならない。
* * *
クルトは買い物を終えてまた田舎道を歩いていた。両手には今日買ったものでいっぱいだった。面倒だったし、周りをのんびり見ながら来たかったから荷車を押してこなかったが、この量は少しきつかったかもしれない。クルトは荷物を置いて少し休んだ。
すると、春なのに冷たい風があたりに吹いた。こういう風が吹くときは魔物が出やすい……。少し急いで帰った方が良い。
そう思って立ち上がると、森が目に入った。風は森の中から吹いてきていた。
「暗いな……奥が見えないや」
森の中は、樹の枝が光を遮って薄暗かった。この森は『祈りの森』という。このあたりではかなり有名な森だ。
この祈りの森には言い伝えがある。この森の中の一番奥に宝石があり、その宝石までたどり着いたものは何でも願い事をひとつ叶えてもらえるというものだ。
だが、その言い伝えを信じているものは少ない。これまでその宝石までたどり着いたものはほんの少ししかいないからだ。
この森は恐ろしく広い。いったい森がどれだけ広いのか正確には分からないのだ。入ったら二度と出てこられない森という訳ではないのだが、深く入りすぎると帰れなくなる。
道が分からなくなるというのもあるが、奥に入れば入るほど危険になるのだ。猛獣や魔物、悪魔といった存在がうようよ居るらしい。そこを通って森の奥までたどり着くのは並みの人間ではできない。
それにこれまでたどり着いたという者も、本当にたどり着いたのか怪しい。
森の奥までたどり着いたというなら、それは悪魔や魔物を倒しながら進んだということになる。そうなれば、国にとってはのどから手が出るほど欲しい人材だ。その栄誉を得るために、森に入ってしばらくやり過ごし、『俺は一番奥まで行ってきた』と嘘をつく者がたまにいた。
だが、そう言う輩は『何を願ったんだ?』と聞くことによって大体ボロを出す。まあ、そう言う輩が後を絶たないから、この祈りの森の宝石の言い伝えを信じるものは少なかった。
しかし、クルトはその言い伝えを信じていた。森の奥に魔物や悪魔が集まっているというなら、そこに何かあるという話は信憑性がある。それに……。
「いけない! のんびりしている暇は無いんだった!」
クルトは慌てて荷物を持ち上げた。そして最後にもう一度だけ祈りの森を見る。
「『宝石はどんな願い事でも叶える』そして『森に入ってから宝石にたどり着くまで、願い事を他者に言ってはならない』……か」
クルトは言い伝えの中にある、宝石を手に入れるためのルールをいくつか呟いてから、家に向かった。
* * *
クルトは何とか日が落ちる前に家へたどり着くことができた。途中で走ったので、汗をかいてしまった。
クルトの家は木でできたとても小さなものだ。老女と少年の二人だけで暮らすなら、この程度の広さでも十分に暮らすことができる。
クルトは荒れた呼吸を整えてからドアを開ける。
「お婆ちゃん。帰ったよ!」
クルトはドアを開けてそう言った。エリザベートは椅子に座って本を読んでいるところだった。
「ああ、帰ってきたね。寄り道は楽しかったかい?」
「うん、楽しかったよ! ……あ」
クルトは急に聞かれて、つい本当のことを言ってしまった。寄り道はなるべくしないように言われていたのに。
「ふふ、まあいいよ。そこまで計算してお前に買い物を頼んだんだから」
そう言ってエリザベートはクスクス笑う。クルトはどうやら叱られずに済みそうだと思って安堵した。
エリザベートはもうかなり高齢だ。腰は曲がっているし、髪は真っ白だ。最近では動きもだいぶ鈍くなってしまった。クルトが何歳なのかと尋ねたら、お前の歳の十倍だと言われてしまった。クルトは自分の歳を知らないのだから結局何歳なのか分からない。
「いくら使ったんだい?」
「あ……えと……」
そこでクルトは口ごもる。その様子を見てエリザベートは、クルトがまた金を受け取ってもらえなかったのだと理解した。
「私は構わないんだけどね。金が減らないならそれに越したことは無い。馬鹿な連中だよ。何を意地になっているんだか……」
エリザベートはやれやれという風に首を振る。
エリザベートはクルトがイジメられても助けたりしない。それを薄情と取るか、クルトが一人で生きていけるように厳しく教育しているのだと取るかは人それぞれだ。
「まあいいさ。とにかく夕飯にしよう。今日はお前の好きな……ぐッ!」
エリザベートが椅子から立ち上がると、苦しそうに胸を抑えて蹲る。
「お婆ちゃん!」
クルトは手に持っていた荷物を投げ出してエリザベートに駆け寄る。
「馬鹿……だね。せっかく買ってきたものに……傷が付いたらどうするつもり……」
「そんなのどうでもいいよ! 医者を呼んでこようか?」
「ふ……ふふ、医者を呼ばなくちゃいけないくらいの状況ならもう手遅れだよ。その棚の中の薬を取っておくれ」
言われてクルトは棚に向かった。そこにはエリザベートが作った薬がある。
クルトはその薬をコップに注ぎ、少し水で薄めてからエリザベートに持って行った。
「はい、お婆ちゃん……」
「ありがとうね」
エリザベートは薬を受け取ってゆっくりと飲む。この薬はかなり苦いのだ。
薬を全部飲み終わると、エリザベートはかなり楽になったようだった。
「ふぅ、助かったよ。ありがとうね、クルト」
「お婆ちゃん。やっぱり町で暮らした方が……」
「お断りだね」
エリザベートはぴしゃりと言った。
「別にあいつらが私を嫌ってるからってんじゃないよ? 私は町の中のうるさいのがダメなんだ。医者が近くにいると言っても、環境が悪くてそのせいで身体が悪くなったんじゃ意味が無い」
クルトは黙って俯いた。これ以上しつこく言えばエリザベートに叱られると分かっているからだ。
エリザベートはそんなクルトの頭を優しく微笑みながら撫でた。
「クルト。私が元気な今のうちにお前に言っておこう。もし私が死んだら私の持ち物は全部お前にくれてやる。好きにしな。それでしばらくは生きていけるはずだ。お前のことだろうから、私が死んだらお前は泣き叫ぶんだろうね……」
「当り前だよ!」
そう叫んで顔をあげたクルトの目はすでに潤んでいた。
「しばらくは落ち込んで何もできないだろうと思う。でも、時間はお前を慰めてくれるはずだ。だから、落ち着いたら旅にでな」
「……旅に?」
「ああ、お前がイジメられるのは私に育てられたからだ。それを知らない人間は、お前を良くも悪くも一人の人間として扱う。私に育てられたことによって迫害されることは無く、私の威光によって守られることもない。旅に出ることによって初めてお前の人生が始まるんだ」
エリザベートは立ちあがった。
「お前を拾うと決めた時、お前がイジメられることになるだろうとは思っていた。それを理解したうえでお前を育てると決めた。だから私にはお前を幸せにする義務がある。……本当なら、お前が立派に成長してから旅立たせるのが一番いいんだが、私はその日を迎えることはできないだろうからね……」
「そんな……お婆ちゃん! ずっと一緒にいてよ!」
「なあ、クルト……。年寄りが若者より早く寿命で死ぬのは当たり前のことなんだ。人は死んだら何処に行くって教えたっけ?」
「グス……天国に……」
エリザベートは微笑んで、クルトの鼻をかんでやった。
「そう、天国だ。この世で生きるというのは楽しいことばかりじゃない。現に私は病気で苦しんでいるしね。その苦しみを全部終えた人が、天国で休むことができるんだ。この世でたくさん生きるという『仕事』をしていた人がやっと休むことができる場所……それが天国なんだよ。だから、年寄りが死んだ時は『悲しい』とか『つらい』とか言うんじゃなくて『お疲れさまでした』っていうんだ。お前も私が死んだ時はそう言って別れを言うんだよ?」
エリザベートの言葉にクルトはしっかりと頷いた。最後にもう一度クルトの頭を撫でてから、エリザベートは食事の支度を始めた。
* * *
食事を終え、しばらく談笑をしている間に夜が更けてきた。
「そろそろ寝るよ」
エリザベートの言葉で、クルトはベッドの中に入る。エリザベートが寝るのはクルトの隣になるベッドだ。
「ねえ、お婆ちゃん。また祈りの森の話を聞かせてよ」
クルトが顔だけエリザベートに向けてねだる。クルトは祈りの森の話が大好きだった。とはいっても、祈りの森の言い伝えは、毎晩聞かされても飽きないほど面白いものではない。そんなに長いものではないし、物語になっているわけでもないからだ。
だが、それでもクルトは祈りの森の話が好きだった。それはエリザベートが祈りの森の中に詳しいからだ。
「よく飽きないねぇ。毎晩のように話してやってるというのに……」
「だっておばあちゃんが、宝石にたどり着いたところの話をしてくれないんだもの」
エリザベートは数少ない祈りの森の宝石までたどり着いた者の一人だった。クルトが祈りの森の言い伝えを信じる理由はここにある。母親として慕う人間が宝石はあるというのだから、信じないはずが無い。
「じゃあ、悪魔に囲まれた時の話でもしようかね。あれは……」
そう言ってエリザベートは話し始める。
クルトはそれを黙って聞いていた。
「はい、これでおしまい」
エリザベートは話し終えた。エリザベートが話すのは毎晩一つだけ。そうしないといつまでもクルトが続きを聞きたがって眠れないからだ。
「ねえ、お婆ちゃん。お婆ちゃんは宝石に何を願ったの?」
クルトは祈りの森の話が終わると、決まってそのことを聞いた。それに対するエリザベートの答えはいつも同じだ。
「さてねぇ……何十年も昔の話だから忘れてしまったよ」
エリザベートはクルトの質問に対して忘れたと答えた。本当に宝石までたどり着いたのかと疑ってしまう様な答えだったが、クルトはそれでもエリザベートは宝石までたどり着いたと信じていた。
エリザベートの祈りの森の話が具体的だったからだ。実際に森に入っていなければそんな具体的な話はできないはずだ。
だが疑問はある。宝石までたどり着くまでの過程はしっかりと覚えているのに、宝石に辿りついてからのことは忘れてしまうなんてことはあるのだろうか? それが目的だったはずなのに?
クルトはエリザベートが自分に隠しているのだと思っていた。しかし、それを深く追求することはしなかった。エリザベートは宝石までたどり着いた。その一点だけ真実であるなら後は大した問題ではない。
「ほら、話は終わったんだからそろそろ寝るよ」
エリザベートはそう言ってろうそくの灯を消す。
「うん、お婆ちゃんお休み……」
「ああ、お休みクルト」
二人はそう言葉を交わして眠りについた。
* * *
それから数時間後。クルトはむくりと起き上がった。横を見て、エリザベートが完全に寝ていることを確認する。
「……今日こそ計画を実行に移す時だ」
一言そう呟いてベッドから抜け出す。エリザベートを起こさないように静かに着替えて外に出た。
外に出ると、家の裏にある倉庫に向かう。鍵はかかっていないので、クルトでも簡単に中に入ることができる。
この倉庫には、エリザベートが若い頃に作った魔道具がいくつもしまわれている。
エリザベートは、魔道具を創る魔道錬金術師的な事をして生計を立てていたらしい。もっとも、歳をとってからは魔道具を作ることは無くなったが……。
倉庫の中に入ると少しかび臭かった。クルトは気にせず目的の物を探す。
「あんまり大きなものは持っていけないな。小さくて役に立つものを探さないと……」
暗い中で四苦八苦しながら目的の物を探す。持って行くものは事前に頭の中で選んでおいた。
やがて目的のものを見つけると、クルトは倉庫の中から出た。そして一度だけエリザベートが眠る家を見つめる。
「お婆ちゃん……行ってきます」
そう言ってクルトは旅立った。クルトの目的地は近くて遠い。祈りの森だからだ。
森を目的地とするなら近い。歩いてすぐに行くことができる。
宝石を目的地とするなら遠い。どれだけの距離かも、行く先にどんな危険が待ち受けているかもわからない。長い旅……クルトにとって初めての旅だった。
「旅をすることによって初めて僕の人生が始まる。お婆ちゃんの言葉で決心がついたよ。僕は行ってくる。そして宝石を持ってお婆ちゃんのところに帰ってくる」
クルトは祈りの森の入口についた。この中には入ったら願い事をいってはいけない。だから今言っておこう。そう考えてクルトは思いっきり息を吸い込む。
「お婆ちゃんといつまでも一緒に暮らしたい! そのためにお婆ちゃんの寿命を延ばしてもらう!」
あたりに響くくらいの大きな声で、クルトは宣言するようにそう叫んだ。
宝石に願うのはエリザベートの寿命を延ばしてもらうこと。クルトは一人では生きていけない。一人で生きていく力が無いのではない。孤独に耐えられないのだ。クルトには自分と楽しく話をしてくれる人が必要だ。
「よし……行くぞ!」
クルトはポケットから方位磁針を取り出して森の中に入った。この方位磁針はエリザベートが作った魔道具の一つ。この方位磁針の針は北ではなく、持った者が求める物の方向を指す。つまりこの場合は宝石の方向を指している。
空に月や星が輝くなか、クルトの旅が始まった。
* * *
「クルト……?」
エリザベートは珍しく真夜中に目を覚ました。隣のベッドを見ると、いつもは大口を開けて寝ているクルトの姿が無い。トイレにでも行ったのだろうかと思ったがその様子もない。
「まさか……」
エリザベートは窓に近寄って森の方向を見る。
クルトはきっと森に行ったのだ。何のために? 考えるまでもない、宝石を手に入れるためにだ……。
エリザベートはそのことを察して森を見つめた。
今は真夜中……あたりは暗く、エリザベートがどんな表情をしているかは闇に隠れて見えなかった……。
完結重視でやっていくため、急展開になることが多いと思いますが、これからよろしくお願いします。




