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祈りの森に眠る宝石  作者: 鳥無し
22/22

最終話『クルトからの手紙』

『拝啓  いかがお過ごしですか? で、いいのかな? 手紙なんて書いたことが無いから、どういう風に書けばいいのか分からないね。

 あれから三ヶ月以上が経って、気持ちの整理が付いてきたので手紙を書くことにしました。手紙を書くことによって、また気持ちを落ち着かせたいのかもしれない。まだ一人っきりの家の中は寂しくて仕方ない……。手紙を書くことによって、少しでも気持ちが落ち着くと良いなと思っています。


 すべてが終わったあの日、みんなは森の中に帰って行きました。

 珠はあの後、妖狐の国に戻ったらしい。「師匠に許してもらえました!」と言って嬉しそうにしていたのを覚えてる。そして、なぜか五千年狐に気に入られて、色々と身の回りの世話をさせられているみたい。今は修行をしながら、五千年狐の下で働いているんだって。

 だけど、そんな忙しい中でも、時間を作って会いに来てくれています。すごく疲れてるらしくて、訪ねてきた後ずっと寝てることもあるんだけどね。


 ラルフは群れには戻らなかったんだって。僕が一ヶ月妖狐の国で過ごしている間、ラルフは自分の仲間達の所で過ごしていたらしいんだけど、結局一匹狼の方が気楽みたい。でも、前よりは仲間の狼と交流する機会が増えたらしいよ。あまり森の中で暴れることもなくなって、考え込んでいることが多いんだって。それは僕のせいらしいんだけど……悪いことではないと思うから、謝りませんでした。ラルフもたまに訪ねてきてくれます。あんまり頻繁に来ると、町の人が怯えるかもしれないから、たまにしか来ないんだと言ってました。気にしなくていいのにね?


 一番変化が無いのはフィルみたい。毎日森の中を自由に飛び回って遊んでいるらしい。みんなの中では、一番頻繁に会いに来てくれる。フィルの生活が変わった所と言ったら、そのくらいかな? 

 あ! それから、訪ねてきてくれる時は、必ずフィルやラルフの話を持ってきてくれるんだ。妖狐の国にこっそり入りこんで珠にいたずらしたり、森の中を走るラルフをからかったりしているんだって。珠とラルフが訪ねてきてくれた時に、どっちも愚痴をこぼしてた。特にラルフは、「俺の威厳が無くなる」と言ってすごく怒ってたよ。どんなことをされたんだろうね? 今度フィルに会ったら聞いてみようと思います。


 ここまで書いて気付いたけど、こんなことを書いても興味なんてないよね? でも、今僕に書けるのはこのくらいしかないんだ……。

 だけど、これからどんどん増えていくと思う。そのうち、もっと楽しい話を書けるようになると思うよ。それまで待っていてね?

 あ、そういえば、この前嬉しいことがありました』


   *    *    *


 クルトが家の中で料理をしていると、珍しく家のドアが叩かれた。

 久しぶりに仲間達が訪ねてきてくれたのかと、料理を中断して玄関に向かう。

「はーい! 誰かな……? あ……」

 ドアを開けた先に立っていたのは、近くの町の町長だった。何度か見かけたことがあるから知っている。そしてその後ろには、町の住人達が二十人ほど立っていた。


「あの……何か用でしょうか?」

 今まで嫌われ続けていたクルトは、少し怯えるように町長に話しかける。

「この数カ月、エリザベートからの伝書鳩が途切れていた。もしやと思って訪ねてきたのだ」

 そう言えば、エリザベートは定期的に伝書鳩を飛ばしていた。どこかに居る魔女に手紙を出しているのだと言っていたが、本当の相手は町長だったのだ。

「……はい。お婆ちゃんは先日亡くなりました……」

 僕が殺しました。その言葉が喉元まで出かかったが、それは言う必要はあるまい。

 クルトの言葉に、住人達はわずかにどよめいた。予想はしていても、それが事実だったということに驚いたのだ。

 町長も一瞬表情を暗くしたが、すぐに元の表情に戻った。


「亡くなった場所がどこか分かるか? 花を供えてやりたいのだが……」

 町長は手に花束を持っていた。よく見ると、住人達も花束を持っている。エリザベートの死を悼みに来てくれたのだ。

「……ありがとうございます。息を引き取ったは庭ですが、もし良かったらその花はお墓に置いてもらえませんか?」

 クルトは当たり前のことを言ったつもりだった。だが、住民たちの間にさっき以上のどよめきが起こる。

「……墓を作ってやったのか?」

 町長が驚きの声でクルトにそう尋ねる。

「はい……いけませんでしたか?」


 クルトはあの後、仲間達に墓を作るのを手伝って欲しいと頼んだ。仲間達はもちろんそれを了承してくれた。

 珠はクルトと共に穴を掘ってくれたし、ラルフは墓石にちょうどいい岩を運んできてくれた。みんなでその石を加工して、エリザベートを埋めた場所に置き、最後にフィルが持ってきてくれた花を植えた。想像していたより、ずっと立派な墓を作ることができたと思う。


「魔女は墓に入れちゃいけないとか、そう言う決まりがあるんですか?」

「いや、そんなことはないが……」

 町長は少し歯切れが悪そうに言った。クルトは首を傾げながらも、住人達をエリザベートの墓に連れていく。


   *    *    *


 住人達は順番に花束を置き、手を合わせてエリザベートの死を偲ぶ。

 クルトはそれを見ながら喜んでいた。エリザベートは愛されていたのだ。それを知ることができただけでも……。


「クルト……お前は知っているのか? その……」

 墓参りを終えた町長が、言いにくそうにクルトに訊ねる。クルトは「ああ、そういうことか」と理解して、口を開いた。

「僕が……ホムンクルスだということですか……?」

「知っていたのか。それにもかかわらず墓を……?」

「僕はお婆ちゃんに育ててもらいました。つらいこともあったけど、この八年間それに不満を持つことなく生活することができたのは、お婆ちゃんのおかげです。なら、墓を作ってあげるのは当然のことではありませんか?」

 クルトの表情は穏やかだった。町長はその表情を見て、なぜか顔を逸らした。

「なら、お前はすべてを知っているんだな? お前がああいう扱いを受けていた理由も……」

「はい、全て知っています」

 クルトがそう答えた時、住民たちは皆墓参りを終えて、クルトと町長の話を聞いていた。


「クルト……なぜ私達の町が、山賊や魔物に襲われないか知っているか?」

 突然質問されて、クルトは答えに詰まった。そんなのはただ運が良かったとしか……。

「エリザベートがいたからだ。年老いたと言っても、その魔力は強大。それに怯えて、山賊も魔物も手が出せなかったのさ。だから、私達の町は防衛に財政資金を回すことなく、発展することができた」

 エリザベートを……魔女を嫌っていると思い込んでいた町が、実はその魔女によって守られていたのだ。クルトにとっては意外な話だった。

「私達とエリザベートはそのことを理解していた。だから、私達は多少無理な依頼でも、エリザベートに逆らうことはできなかったのだ。……お前を嫌えという依頼もそうだ」

 町長はそう言いながら、クルトに向き直った。

「だが、私達がお前につらい思いをさせてきたのも事実だ。本当にすまなく思っている」

 町長がそう言って頭を下げると、住民たちも全員頭を下げた。

 あまりのことに、クルトは慌てて頭をあげてもらえるように口を開こうとすると……。


「今更謝罪? ちょっと虫が良すぎるんじゃない?」

 突然フィルが現れてクルトの頭に乗る。

「フィル! 来ていたの!?」

「……妖精?」

 住民たちは、急に現れた妖精に困惑する。

「途中から見てたわ。もしアンタ達がクルトに襲いかかるようだったら、私が全員殺してやろうと思ってたけど、それよりもっと面白い……もっと胸糞悪いものが見ることができたわ」

 フィルの表情は笑っていたが、その笑みには悪意があった。見下し、軽蔑する意思が感じられた。

「自分達はずっと甘い蜜を吸って置いて、仕方が無かったんだと言い訳した上、今更謝って許してもらおうっての? しかも、そんな中途半端に頭を下げて謝罪の言葉を口にしただけで? 詫び方が足りないでしょ? 土下座しなさいよ土下座!」

「フィ……フィルちょっと……。え、町長さん?」

 フィルに言われて、年老いた町長はその場に土下座をする。それにならって、住民たちも次々に土下座を始める。

 それを見てもフィルは、見下すような笑みをやめなかった。

「良いざまねぇ……。でもさ、それだけじゃ足りないでしょ? 町の住民はこれだけしかいなかったんだっけ? これじゃあ、山奥にある村以下の人間しか居ないじゃない」

 クルトを訪ねてきたのはたった二十人。町の人口はその数百倍は居るはずだ。

「代表だけ来たにしても少なすぎるわ。それに、肩書き持ってるのは何人いるの? どいつもこいつも一般市民ですって顔をしてるじゃない。一応トップの町長は来てるみたいだけど……それで許されるとでも思ってるわけ?」

「………」

 町長をはじめとした住人達は、何も言わずに俯いている。

 町の中には、本当にクルトのことを気味悪がっていた者だっているのだ。そうでなくとも、自分達がしてきたことを思えば、今更顔を出す勇気も湧かないのだろう。

「一番悲惨なのは子供よ。子供っていうのは、大人に教え込まれたことはなかなか忘れない。クルトを嫌え、クルトは敵だ、クルトに近づくな。そう教え込まれた子供達は、この後もずっとクルトのことを嫌うのよ? それだけのことをしておきながら、この程度の謝罪で」

「フィル!」

 クルトが叫んで、フィルのことを止める。

「何? 怒るつもり? でも私は間違ったことは言ってないでしょ?」

「うん、ありがとうフィル。僕の代わりに言ってくれて……」

 てっきり怒られるものだと思っていたフィルは、お礼を言われたことにキョトンとしてしまう。

 クルトはゆっくりと町長の元まで歩いていき、そのまま声をかけた。


「こういう時は、あなた達に対して怒るべきなのだと思います。不正に対しては憤るべきです。ましてやあなた達は謝ってくれました。それに対して、『謝る必要などないんですよ』と声をかけるのは、むしろあなた達の気持ちに失礼になると思います。むしろ、罵倒される方がスッキリするんでしょう」

 クルトは町長の前にしゃがみこむ。

「でも、僕はそれができません。だって、嫌われるのが当たり前で生きてきましたから……。だから、あなた達に対して怒りが湧かないんです。あなた達に怒ってあげることができない……。でも、あなた達に対する叱責は、フィルがしてくれました。だから、もう終わりにしましょう」

 クルトは優しく微笑みながら手を伸ばす。

「今度は……仲良くしてくれると嬉しいです」

 クルトの言葉に、住民たちは頭を下げたまま涙を零していた。


   *    *    *


『僕は本当に恨んでなんかいないよ? 八年間の寂しさは、ずっとお婆ちゃんが埋めてくれていたもの。これからは、町の人達とも少しずつ仲良くできると思う。だから、暗い感情なんて湧いてこないんだ。町長さんは謝ってくれたし、町の人も話をしてくれるようになってきた。それで僕は十分だよ。

 これからどう生きていくかについては、まだ悩んでる。お婆ちゃんは旅に出ろって言ったけど、それも含めて色々考えてみるつもりだよ』


「クルトー! 遊びに来てあげたわよー!」

「クルトさーん! 私も来ました! ラルフさんも来てくれましたよ!」

「ぎゃあぎゃあとうるさい奴らだ」

 仲間達の声。今日は久しぶりに全員で集まる約束をしていた日なのだ。

 クルトはいったん筆を置いて、その方向を見る。

「うん! 今行くよ!」


『じゃあねお婆ちゃん。また手紙を書くから……。

          あなたの息子クルト・グラウンより   親愛なるエリザベート・グラウンへ』


 クルトは手紙を封筒にしまい、ドアに向かう。仲間達の待つ場所へ……。


   *    *    *


「あのさぁ。何でこんなに裁判に時間をかけてるんだい?」

 死後の世界。その裁判の場所に、エリザベートは居た。裁判長をはじめとする裁判官たち、エリザベートを弁護する弁護士、そして裁判を傍聴する死後の世界の住人達……。

 エリザベートはその中央の席で、足を机の上に乗せてずうずうしく座って裁判を受けていた。その姿は若く、二十歳くらいの年齢に見える。

 死後の世界に年齢は関係ない。エリザベートは死ぬことにより、長年の夢だった永遠の若さを手に入れることができたのだ。


「私は魔道具の他に、戦争で使う強力な兵器なんかも作ってたんだよ。それの被害にあった人間の数は計り知れない。さっさと地獄に送ればいいだろう?」

 エリザベートはそう言いながら裁判長を見据える。

「だが、それによって助かった者も多くいるのだ。お前ほど間接的に人を殺した者はいないが、お前ほど間接的に人を救った者もまた居ないのだ。裁判は公平に行わなければならない」

「ふん……」

 死んだものすべてが裁判を受ける訳ではない。裁判を受ける必要があると、裁判を受ける資格があると認められた者だけが裁かれる。それは娯楽的な意味もある。一度始まれば、皆が満足するまでなかなか終わらない。


 膠着する審議の場に、一通の紙が届けられた。

「……何だいそりゃ?」

「お前に関する鑑定書だ」

 裁判における鑑定書とは、裁判の判断を補助するために行われる証拠調べの一つであり、学識経験者などが行う専門的知識の報告のことだ。

「ふーん。何処の地獄の有識者からのものか知らないが、私の悪行を事細かにまとめてくれたんだろうよ。これでようやく決着するという訳だ」

 エリザベートはこの裁判所に閉じ込められることに飽きてきていた。どういう形であれ、ようやく解放されるのだと思い、エリザベートは儚げに微笑んだ。

「いや、これは一般人からの鑑定書だ」

 裁判長は、差出人を見てそう告げる。

「一般人? そんな奴からの鑑定書なんて、紙きれも同然だろ」

「これは人の世の裁判ではない。証拠になると判断されれば、それはすべて有効となる。これを書いたのは一般人だが、裁判の資料としてはこれ以上ないほど価値がある」

「……差出人は一体誰だい?」

 エリザベートは座りなおして、裁判長の持つ鑑定書を見つめる。それだけ重要視される鑑定書を書いた人物が気になったからだ。


「差出人は……クルト・グラウンだ」

色々投げっぱなしにしてしまった気はしますが、そこらへんも回収するにはあれこれ書かなくてはいけなくなるので、これで完結させます。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

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