過去を掘り返される少年のお話
「なんか…軽くない?いや、同情が欲しいとかそういうのじゃなかったんだけどさ…なんか、あっさり聞き流されたみたいに感じちゃって…」
「え?あっ…ごめんなさい!そんなつもりがあった訳ではなくて…!ただ…そんなに、大量の言葉は不必要かなって、僕なりに考えて…それに、過去を思い出してしまいそうで…気分を悪くしてしまったのならごめんなさい…」
「謝らなくていいよっ!それよりも、私は話したんだし、タイガ君の過去もできるなら聞かせてほしいな。ちょっとだけでもいいから…」
僕は過去を思い出す。あちこちから聞こえる轟音。どこまでも響き無常にも誰にも届かず消える僕の悲鳴。膝から崩れ落ちると膝に温度が伝わる生暖かい血。僕の目の前に横たわる二度と目覚める事の無い大切な二人。
僕は呼吸を荒くした。怖かった。あの光景が。今、あの地獄は無い。けど、あの地獄の中に立っている気がした。鳥肌が立つ。体が震えだす。頭を抱える。吐き気がする。頭痛もする。目の前が真っ暗になる。頭の中が真っ白になる。寒いけど暑い。怖い。恐い。黒い煙が、燃え広がる炎が、倒れている人々が、誰も助けにこなかった状況が、全てが怖かった。
「…タイガ君…?」
「助けて…」
「え?」
「助けて…!助けて!誰か!助けて!誰か!お願いだから!誰か助けて!誰か来て!助けて!助けて!!助けて!!!」
「タイガ君!」
ミスズさんが僕の肩を掴んだ。「ひっ」と、僕らしくない悲鳴のような声にすらならない音を喉から出す。
「タイガ君っ!聞こえる?!私と一緒に呼吸しよ?!」
ミスズさんは僕の背中を撫でて、僕を落ち着かせようとする。そして、ミスズさんは「吸って」「吐いて」と言いながら深呼吸をする。僕は、やっとの思いでミスズさんと同じように深呼吸をする事ができた。
「よしよし…良く頑張ったね…もう大丈夫だよ…」
呼吸が元に戻ろうとしている所で、ミスズさんは僕を抱きしめ、僕の頭を撫でる。
「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
「謝らなくていいよ。私こそごめんね。嫌なこと思い出させちゃって…」
しばらくして、ミスズさんが僕から離れる。その頃には、僕の呼吸は正常に戻っていた。
「ありがとうございます。」
「お礼なんて要らないよ。元はと言えば私が原因なんだし…」
「いえ、僕が弱いのが原因なんです。」
「…タイガ君。」
その時、ミスズさんの声が変わった。さっきまでは、明るく優しいお姉さんのような声だった。だが今は、その声が真っ直ぐ真面目な声になっていた。
「なんですか?」
「タイガ君はさ、自分自身が嫌いなの?」
「え?」
「タイガ君は弱くないよ。私だってそうだし、他の人も無条件で守ろうとする。でも、自分の命を顧みないよね。リヴァイアサンの時だったり、ルイさんの時だったり…自己犠牲精神が強すぎるよ。なんで、タイガ君はタイガ君をなんで大切にしないの?」
「………」
僕はすぐに答えを言う事ができなかった。いや、答えを出す事すらできなかった。何を言えば良いのか、分からない。だから、僕は自分の思っている事をそのまま口に出した。
「僕は自分を大切にしていないつもりはありません。ただ、僕は不器用だから、誰一人傷付かず戦いを終わらせる事ができないんです。なら、僕が傷付こうと思っているんです。」
「なんで…なんで、タイガ君が傷付こうってなるの…?私には分からないよ…」
「誰にも傷ついてほしくないんです。目の前で人が死ぬのは嫌です。それと同じくらい、誰かが傷つくのも嫌なんです。」
「…なら、約束して。これからは自分も大切にするって。絶対に死ぬような真似はしないって。私達、カルディアイを信用として信頼して頼るって。」
「分かりました。」
丁度、その時だった。
「やぁやぁ、お二人さん。熱々の所悪いけど、ご飯ができたら呼びにきたよ。」
「熱々って何ですか?!私とタイガ君はそういう関係じゃ…」
「さっき、あんなにぎゅーぎゅーしてたのに?」
「あれは…!その…!事情があったんです…!」
「へぇ?まぁ、そういう事にしておいてあげる。」
それから一週間が経つ。僕達はカゲトを探したり、作戦会議をしたりしたが、特に成果は無かった。その日の正午、僕は気分転換にお散歩をしていた。
その時、とある女性とすれ違った。僕が何も気にせず歩いていると、女性が立ち止まる。
「…すみません。ちょっといいですか?」
僕は不意にそんな事を言われ、振り返る。白いシャツに、黒のショートパンツ、猫耳のついたキャップを被っているその女性は、僕と同年代くらいだろうか…?
「えっと…なんですか?」
「お名前をお聞きしても?」
「僕の名前、ですか?すみません、知らない人に名前を明かすのは少し気が引けるので、できません。」
「いいから教えてください。じゃないと…殴りますよ?」
「…え?今、なんて…」
「殴りますよって言ったんですよ。」
「暴力は無しにしませんか?逮捕されちゃいますよ?」
「人間の法に私は適応されていません。」
「え?それってどういう意味ですか?」
「わざわざ言いませんよ。そちらも名前を言わなかったので。」
その時だった。近くにあった石や砂利が、空中に集まり始めた。まるで、磁石に引き寄せられたように。そして、それらは合体し…猫のような体に、下向きのプロペラの足、ゴーグルのような物をつけた目、翼となった前足を持つ、奇妙な存在になった。
「…カルディア…ですよね…?」
「はい、カルディアですよ。名前は『ポリモルフォス』。」
僕はその女性にバレないようにスマホを弄る。カルディアイの皆に連絡を入れたのだ。「新しいアンファンスと遭遇しました。誰か助けてください。厄介そうな力です。」と連絡をした。
「『ドロフォノス』!」
ドロフォノスが出現する。
「少し、貴方を試させて貰います。」
ポリモルフォスはドロフォノスに接近する。ドロフォノスはポリモルフォスから、一定の距離を保つように離れる。
「逃げてばかりでいいんですか?勝てませんよ。」
「僕と貴方の勝利条件は違うのでご心配は要りませんよ。」
「…まさか、私を倒さずにして終わらせようとしてます?」
「少しは痛い事をしてでも気絶させれば、こちらの勝ちは決まりますよ?」
「お人好しですね。」
「何か問題でも?貴方は貴方、僕は僕、それぞれがしたい事をする。それでいいじゃないですか。」
「それもそうですね…」
ドロフォノスもポリモルフォスに近寄る。そして、ドロフォノスのハサミがポリモルフォスに当たる。ポリモルフォスの体の一部が崩壊する。が、一瞬にして元通りになる。女性には傷一つ付いていない。
「無駄ですよ、無駄。私のカルディアは私そのもの…それは、私のカルディアで作り出した傭兵に過ぎません。いくらボコボコにしようとも、本体には傷一つ付きませんよ。心優しい貴方は、私を殴れますか?」
僕は一歩下がった。僕との相性が最悪だ…
その時だった。
「お〜い、カー君〜!助けに来たよ〜!」
ユウヤさんの声が聞こえた。僕は振り返る。すると…骨だけの馬に乗ったユウヤさんが見えた。
「えっ?!」
ユウヤさんは僕の横を通ると、片腕で僕の体を掴み、一緒に離れる。
「ちょっ?!何ですかコレ?!」
「これが僕のカルディア…『トレケイン』!馬の骨のカルディア。速度は折り紙付きだよ。心配しなくていいよ?ただのアンファンスは追いつけないから。」
「助かりましたけど…せめて後ろに乗せてください。足が地面スレスレでめっちゃ怖いんですけど…!」
「あはは!それもそうだね!」
ユウヤさんはヒョイっと、僕をユウヤさんの後ろに運び、トレケインの腰に座らせた。
「…浮気ですか?」
女性はそんな事を言うと、自分の体を傭兵さんの体の中に取り込ませた。そして、僕達の方に全速力で飛んできた。
「あらら…相手も意外に速いみたいだね?なら、トレケイン…!こちらも全速力と行こう!馬VSプロペラ…!戦おうじゃないか!どちらがより速く、より優秀かを!」
トレケインの走る速度が上がった。
「速い…!」
「スピードだけなら負けないよっ!攻撃は体当たりくらいしかできないカルディアだけど…なら、強みを生かして勝つっ!僕、負けず嫌いだから!」
トレケインとポリモルフォスの距離がどんどん開いていく。すると、ポリモルフォスは上へ行く。
「…え?なんであの猫もどきは上に行くの?」
「恐らく、空は障害物が無いので、こちらが入り組んだ場所に入ったとしてもあっちは真っ直ぐにこっちを追えるからでしょう。」
「ふ〜ん…なら…ター君、落ちないように気をつけてね?」
「はい!…え?落ちないように…?」
その時、トレケインの体が上へと少しずつ傾き始める。トレケインは、空気を蹴っていた。トレケインは、空気を地面のようにして走っていた。「走り飛ぶ」なんて言葉が適切だと思える行動をした。
「こっちも飛べるんですか?!」
「いつ、馬は空を飛べないなんて言った?」
「本来、馬は空を飛べないんですよ!」
「甘いね、カー君。良い?カルディアは『心の具現化』だよ?心の底から『きっとできる』と思い込んだら、必ずできるようになるんだよ。僕のトレケインのようにねっ!」
「なるほど…!」
僕は目を閉じる。きっとできる…きっとできる…きっとできる…
「何か策でもある?ミーちゃんから聞いてるよ?策略家なんでしょ?僕はサポートをするから、倒すのは頼んだよ!」
「何で他の人を連れてこなかったんですか…」
「う〜ん…リーちゃんはうるさそうだし、ミーちゃんは落っこちそうだから。時間かかりそうじゃん?」
「まぁ…確かに…?」
「否定しなかったよね?肯定したよね?」
「…罠だ…」
「罠じゃな〜い♪罠じゃな〜い♪」
ポリモルフォスとは少しずつ距離が離れていく。だが、下手に放置をすれば、より大きな体を持つ、より強力なカルディアになり、攻撃を仕掛けてくる可能性がある。
「倒すとするなら、ここ…」
「お?何か思いついた?お兄さんに言ってみて?付き合ってあげるよ。」
「…なら…」
僕は自分の作戦を伝えた。
「ぷっ…あはは!結構大胆な作戦だね?あれかな?シンプルイズベストって奴?その作戦、乗った!」
「お願いします!ユウヤさん!」
「はいよっ!」
トレケインは進行方向を変え、ポリモルフォスの方へと走っていく。そして、速度が更に上がっていく。そうか…!カルディアが『心の具現化』なら、心から気持ちが昂る事で、本来の力以上を引き出すのか…!
そしてその時、トレケインとポリモルフォスは衝突した。その瞬間、ポリモルフォスの体が崩壊し、空中に石がばら撒かれる。そして、その中に…あの女性を見つけた。
「貴方の罪は特にはありませんが、これから罪を犯す可能性があります。よって『裁きの時間』を行います!」
ドロフォノスが、女性を掴もうと手を伸ばした。そして、女性の手首を掴む。すると、手首がさーっと崩れた。この体も…カルディアの能力?!
そして、女性の体が崩れて…猫ちゃんが現れた。ナイトレイドなら守った、あの猫ちゃんだ。
「なんで…?!てか、どうやって?!」
猫ちゃんがそのまま落ちていく。ドロフォノスはできるだけ遠くまで行き、手を伸ばす。が、掴めない。やばい、僕のせいで…猫ちゃんが死んじゃう…!
「君は一人じゃない!僕を忘れない事だね!ター君!」
トレケインは真下へと走る。そして、数秒後…猫ちゃんが地面にぶつかるギリギリで、何とかドロフォノスは猫ちゃんをキャッチした。
「危なかった…」
「お疲れさん、ター君。」
「お疲れ様です、ユウヤさん。そして、ありがとうございます。」
トレケインは安全に地面に戻った。ドロフォノスはゆっくりと猫ちゃんを地面に下ろした。僕は猫ちゃんに近づく。すると、猫ちゃんはあの女性の姿をもう一度作る。
「何でこんな事したの?」
「…別に…貴方があたしの事を忘れないようにするです。」
「何で会話できるの?」
「カルディアのおかげですよ。あたしの猫の姿から、ポリモルフォスの力を借りて人間の姿になっている時は、人と話す事ができるので。てか、あたしという存在が居ながら、何で馬に乗ってるんですか?!浮気ですか?!」
「君が襲ってきたからでしょ…」
「何々?痴話喧嘩?」
「違います…!猫ちゃん、お名前は?」
「名前?無いですよ。野良なので。」
「なるほど…でも、名前が無いなんて不便じゃないですか?」
「確かにそうだね〜シンプルに『猫』でいいんじゃない?」
「貴方の事を『人間』って呼びますよ。」
「ごめんごめん、そんなに睨んで怒らないで?」
「そうだ!君の名前!ミウ!ミウちゃんなんて、どう?」
「…悪くないですね…」




