判断に迷い悩む少年のお話
「…とりあえず帰ります…」
「動くな。激痛で体を起こすのでやっとだろ?体中に包帯を巻いてやったんだ。しばらくはここで安静にしてろ。」
「え?リーちゃん、この子の服脱がしたの?」
「何故そうなる?!」
「だって、包帯を体に巻いたんでしょ?服脱がさないと無理じゃん。いくら満身創痍だったからって、男の子の服を無断で脱がせるのはダメだよ?」
「あのな…!やましい気持ちがあった訳じゃ…」
「じゃあさ、リーちゃんが満身創痍になったとして、赤の他人に服を脱がされて体に包帯巻かれたら怒らないの?」
「百発殴っても許さない。」
「やっぱり〜それと同じだよ?」
「うっ…」
「まぁまぁ、二人とも落ち着こ?タイガ君見てるよ?」
「…その…すまなかったな…」
「まぁ、当の本人もこうやって反省してる訳ですし?」
「まぁ、そんな怒ってませんから…次から気をつけて一声かけてもらえればいいので。」
「気絶してるのに一声かけなきゃいけないの?」
「まぁ、他人ですし。」
「タイガ君って真面目だよね〜!」
「とりあえず、動くな。」
「動けなかったら暇なんですが…」
「ずっと勧誘し続けてやる」
「いや、結構です。それよりも、僕のコンビニ袋は?」
「…中身は食べた。後で金は返す。」
「リーダーさん?!何してるんですか?!」
「美味そうなのを持っているこいつが悪い。」
「リーちゃん、流石にダメでしょ…」
「代金はしっかりと返すんだから別に良いだろ。」
「リーダーさん…」
「リーちゃん…」
「「モラルの問題!」」
「うっ…仕方ないだろ…私だって腹が空いてたんだから…」
「ほら、リーちゃん、ごめんなさいは?」
「…ごめんなさい。」
「気にしてないんで良いですよ。代金だって要りません。それで貴方の空腹が満たされたのなら、僕はそれだけでお腹いっぱいなので。」
「聖人君子じゃん。」
僕は考えていた。この場から、どうやって逃げようかと。体を動かすと痛い。まるで、剣先で突かれているように…ナイトレイドの攻撃は、ここまで威力があったとは…それとも遅延性?まぁ、どちらでもいいか…
「…試してみるか…」
「タイガ君、何を試すの?」
「体は痛くても、意識と少しの体力さえあれば、カルディアは動かせる…なら…」
僕はドロフォノスを出した。そして、ドロフォノスは、僕の顔を鷲掴みにし、扉の方に投げる。僕の背中が扉に衝突する。
「マジか…」
「そんなにこの場所が嫌なの?!」
「なんかショック!」
僕は扉を開ける。
「すみません…人付き合いは苦手なんです。」
次の瞬間、ドロフォノスは僕の胸を思いっきり押した。僕は山の奥へと吹っ飛ぶ。ドロフォノス、結構力強いな…どれくらいか自分で知れて良かった。こんな力で、人を本気で殴っちゃいけない…早いうちに気付けて良かった。
僕は、鉛のように重い体を引きずるようにして、家に向かう。タイヤを背負っていると思うぐらい、体が重い。いつもなら数十分程度で家まで行けるが、結局、帰るのに三時間ほど歩き続ける事になった。
家に帰った僕は、包帯を解き、体の傷を見てみる。機関銃で乱射されたのかと思える傷だった。時計を見ると…十時半。午前十時半。僕は体に新しい包帯を巻き、ベッドの上で横になる。そして、目を瞑る。
「おはよう、タイガ。」
「…ドロフォノス…君、意外と力が強いんだね?」
「確かに私の力は強いが、それ以上にお前の体が貧弱なんだ。運動も碌にしない体で、簡単に耐えられると思うな。力の加減をしていなかったら、今頃、肋骨が折れて肺に刺さっていたぞ。」
「手加減されてるのに僕吹っ飛んだの?」
「まぁ、そう言う事になるな。」
「…やっぱり君は使わない。スコルピオスとナイトレイドの時は、使わざるを得ない状況だったから使ったけど…やっぱり君は危険すぎる。しばらくバイバイしてもいいかな?」
「お前が呼ばなければ、私は現れない。いや、現れる事ができない。封印したいのなら、私を呼ぶな。」
「…うん。分かった。短い間だったけど、ありがとう。君のおかげで、命を守る事ができたよ。」
「…まだ目覚めないか…いつになったら…」
目が覚める。まだ外は明るい。時計は…一時。午後一時か…僕は仰向けになり、天井に手を伸ばす。もう、誰もつかんでくれないこの手。昔だったら…いや、やめよう。そんな事を考えても、何も変わらない。世界も、自分も、何もかも。だからやめよう。楽しい事を考えよう。
映画館、サーカス、飲食店、服屋、ショッピングモール、遊園地…遊園地…遊園地…僕の目から涙が溢れる。
僕は洗面台に行き、顔を洗った。泣くな、僕。強くなれ、僕。過去は変えられないんだ。体の傷の痛みは引いてきていた。意外と、残らない傷なのかもしれない。まぁ、ナイトレイドを使えない僕には分からないが…
僕は街に出た。今日は学校を無断で休んでしまった。明日、怒られるだろうな…なんか、気分転換でもしよう。そうしよう。散歩でもしよう。
僕は散歩を始める。僕が住んでいるのは冥陽町の北東部だ。だから今日は、南西部に行った。あまり見慣れていない景色だ。見知らぬ服屋、見知らぬ喫茶店、見知らぬビル、見知らぬマンション、見知らぬパン屋…そう言えば僕、何も食べてないや。
ポケットを確認したが、財布は無い。入っていたのは、コンビニでお弁当を買った時のお釣りだけ…二百七十三円…なんとも中途半端な…仕方ない、ご飯は諦めよう。
僕は近くにあった公園に行き、ブランコに乗る。理由も無く、特に何も考えず、ブランコの上で揺れている。数日前まで、ただの高校二年生だったのに…なんでこうなったんだろう…?考えても仕方ないか。
その時、僕の足元にボールが転がってきた。サッカーボールだ。僕がそれを拾い上げて、辺りを見回すと…「投げて〜!」と僕に叫んでいる子供がいた。だから僕は、優しくボールを投げ返して、手を振った。そしたらその子供は無邪気な笑みを浮かべて「ありがと〜!」と叫んだ。そうそう、こういうので良いんだよ、こういうので。戦いなんて無い、平穏な生き方。それが、僕の願ってた生き方だ。
…でも、なんでだろう。心がスッキリしない。体が鉛なんてレベルじゃない。全身がコンクリートになったぐらい重い。
…真合打影人…カゲト…それに、カルディアを悪用する人達…カルディアに対抗できる人間は、そう多くないだろう。あの三人だけで大丈夫なのだろうか…いや、僕は素人だ。素人が口を出すのは野暮ってものだ。
翌日。僕は学校に来ていた。昨日、無断欠席をした事を、僕は担任の先生に心配された。怒られはしなかった。普段の素行がいいからなのか、時代がそうさせているのか…僕には分からなかった。
授業中、今日の僕は上の空だった。あの三人の事が、頭から離れなかったからだ。怪我をしたらどうしよう、喧嘩してたらどうしよう、僕のせいで頭を抱えていたらどうしよう…カゲトさんに殺されちゃったら、どうしよう…
「おい、人鬼。先生の話をちゃんと聞いているのか?」
「………」
「おい、人鬼。…人鬼?」
「えっ…あっ…すみません…少しボーッとしてました…ごめんなさい…」
「いや、珍しいな。お前がボーッとするなんて。」
周りのクラスメイトも「あの人鬼君が…?」「体調でも悪いのかな…?」「疲れてる?」みたいな事をヒソヒソ声で話し始めた。クラスメイト達にも迷惑かけちゃってる…
「人鬼…昨日も無断欠勤してたらしいし…お前、一回、保健室行くか?大丈夫か?先生、何かあったら相談くらい聞くし、担任の先生に話を通しておくぞ?」
「いえ、本当に少しボーッとしていただけなので…大丈夫です…ありがとうございます。」
「そうか?なら良いんだが…授業に戻るぞ。」
授業が再開した。でも、僕は授業に集中できていなかった。クラスメイト達も、僕を気にしていた。なんで僕を気にするのかは分からないが、心配してくれているのは分かった。
僕は思い出す。スコルピオスに殺されかけていた、名も知らぬあの人を…ナイトレイドに狙われた、あの野良猫を…この世界に、後何人、あんな感じで命を狙われる人が居るんだろう。カルディアのせいで、今まで何人の人が死んで、これから何人の人が殺されるんだろう…怖かった。人が死ぬのが、人が殺されるのが、それを守れないのが…救えないのが…僕には、どうしようもなく怖かった。
その日の放課後…僕は、山の奥の小屋に向かっていた。早歩きで…いや、走った。ちゃんと、話したい。僕の気持ちをぶつけたい。あの人達は、良い人達だ。そんな人が死ぬのを、黙って見過ごすなんて、したくない。でも、これ以上、誰かと争いたくない。
怖い。何もかもが怖い。昔の僕が蘇っていた。怖くて、怯えて、泣いて…過去を恨んで、未来を嫌がって、今日を拒絶して…なんで、今日はこんなにもネガティブなんだろう…答えは出ない。出なくていい。今は、あの人達と話したい。
その時だった。僕の足が止まった。目の前にいる、黒い服を着た軍人のような男の人。この人の目を、知っている。スコルピオスのあの大柄な人のように、ナイトレイドのあの人のように…人を簡単に殺す目をしていた。
「…あの、少しいいですか?」
「なんだよガキ…?俺は忙しいんだよ。」
「貴方…人を殺す気ですか?」
「…チッ…なんで分かった?」
「人を殺す人の目を知っていまして…貴方は、その目をしていたから。」
「バレちまったら仕方ねえ…テメェから死ねぇ!」
男はナイフを取り出し、振る。その動きに、隙も無駄も無い。僕は後ろに転び尻餅をつく。そのおかげで、なんとかナイフに当たる事は無かった。
「…なんで、人を殺そうとするんですか?」
「変な事を聞くんだな。別に理由なんかねえよ。この世界は腐っている。俺は、とある国の軍人だった。それで、この世界を知ったよ。正直者が馬鹿を見る世界、それがこんな世界だ。そんなの、間違ってると思わねえか?」
「…思います。」
「だろ?だから、変えるんだよ。俺は。ほら、日本にはこんな言葉があるだろ?千里の道も一歩から。だから、まずはこの街の人間を全員殺す。」
「…させません…」
「なんでだよ?お前は俺の気持ちが分かるんだろ?この世界は醜いって、分かってるんだろう?罪も無く殺された命は数万とある。なのに、罪を持って生きる富豪どもは今もゲラゲラ笑って生きてやがる。ふざけてると思わねえのかよ?」
「…僕は貴方を否定できない。でも、肯定もしない。でも、これは分かりますよ。貴方が今からしようとしている事で、また罪も無く殺された命が増しますよ?」
「うるせえな…全てをリセットするんだよ。武器だって揃えた。」
男の人は腰にあった手榴弾を持つ。そして、ピンを引き抜き、僕の方に投げてきた。やばい…死ぬ…ドロフォノスを…!いや、ダメだ。使わないって決めたのは、僕じゃないか。その時だった。
「『ハスマ』!!!」
見覚えのあるカルディアが僕の目の前に現れ、手榴弾を裂けさせ、無力させる。
ミスズさんが来た。
「タイガ君、大丈夫?!この人もアンファンス?」
「違う。馬鹿な世界で正直に生きた結果、壊れちゃっただけの…僕に似た人だよ。」
「タイガ君、ひとまず逃げよ!この人、危ない人だよ!」
「…逃げない。この人と僕は、向き合わなきゃいけないから。」
「カルディアも出さないで…死んじゃうよ?!」
「…死んでも、この人を元に戻す必要はある。」
「どこまでお人好しなの?!」
「…違うよ。偽善だよ。僕がやりたいからやってる、身勝手な強い正義感。」
僕は男の人に近づく。
「…僕も、この世界で、馬鹿を見ました。でも、僕は貴方のようにはなりません。何故だか、分かりますか?」
「何言ってんだよ!」
「僕は、馬鹿な世界でも、まだ馬鹿を見ます。何度、この世界に嗤われようとも、僕は真っ直ぐこの世界を見ます。」
「ふざけるな…ふざけるなよ…!俺は間違ってるって言ってんのか?!」
その時だった。男の人の手の中に、ハンドガンが現れる。突如として、だ。
「タイガ君…この人…!アンファンスだよ!この人が持っている武器こそが、カルディアなんだよ!だから、他の人は武器にすら気付かなかった!だから、通報もされてなかったんだよ!」
男の人が僕に発砲した。僕の右肩に、左脇腹に、右太ももに、弾丸が入る。
「タイガ君に攻撃するなら…私が貴方を攻撃しますよ?」
「やってみろよ、このクソガキ!」
「ミスズさん、待って。僕があの人の相手をします。僕にやらせてください。」




