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少年のまま死ぬ少年のお話

 翌日、リーダーさんとユウヤさんは朝から出かけていた。間違いなく、カゲトさんを探しに行ったのだろう。だが、僕の予想では…

 その日の午後十時、暗い顔をしながらリーダーさんとユウヤさんは帰ってきた。


「おかえりなさい!ご飯食べますか?」

「いや、いい。」

「うん、僕も大丈夫かな。今日はもう寝るよ、おやすみ。」

「え?…はい!おやすみなさい!」


 リーダーさんとユウヤさんはそれぞれの自室に向かった。


「…やっぱり見つからなかったようですね…」

「え?」

「相手は人を殺しているのにも関わらず、今まで警察に一度たりとも捕まってない人だよ?人間二人が血眼になって探したとしても、見つかるなんて到底思えないよ。」

「それ…言わなくて良かったんですか?」

「言ったとしても止まらないよ、あの人達。それに…探すとするなら、陽が落ちた今だし。」


 僕はソファから立ち上がり、玄関に向かう。


「えっ?!今行くんですか?!」

「今まで、僕はあの人に二回会ってる。そのどちらもが深夜帯だった。偶然かもしれないけど…僕は、カゲトさんが人目を避けているようにしか思えない。だから、探すとしたら今だと思うんだよね。」

「…私も行きます!タイガ君だけに無茶はさせられません!」


 その時、ミウちゃんも僕の肩に乗る。


「…分かった。じゃあ、皆で行こう。選手交代。前半チームだったリーダーさんとユウヤさんには今は休んでもらう。そして、今のうちに僕達があの人を追い詰めて…皆の怨みを晴らさせる。」


 僕達は同時に家の外に出た。そして僕達は同じ道を、同じ歩幅で、同じ歩行速度で進む。僕は一歩一歩踏みしめて歩いていた。もしかしたら、次の戦いで、僕達の誰かが死ぬかもしれない。僕達は全員、その覚悟で今を歩いている。死ぬつもりはないが、もしもという時は万が一には有り得る。

 僕達は歩き回って、数時間が過ぎた。時刻は丑三つ時になった。その時、僕の目の前に、見覚えのあるカルディアが現れる。あの幽霊のカルディアだ。

 幽霊のカルディアは僕達の方を向いていた。が、突然、とある方向の方をジーッと向き始めた。僕は直感的に感じる。この幽霊のカルディアは、僕達にあの人の居場所を伝えようとしている、という事を。

 僕はそれをミスズさんに伝え、一緒にその方向に走る。すると…見つけた。

 スーツをきっちりと着た、藍色の髪、三十代男性。


「見つけましたよ…カゲトさん!」

「君は…あぁ、そうか。人鬼泰我君、だね?久しぶりだね?」

「…僕、名乗ってましたっけ?下の名前なら仲間が呼ぶので知ってるのは分かりますが…上の名前まで、何で知ってるんですか?」


 カゲトさんはオプタルモスを召喚する。と、同時に、僕達二人と一匹はそれぞれのカルディアを召喚した。


「私の『Q』の特殊能力…それは、一度『Q』が直接見た相手の情報を得る能力さ。」

「なるほど…」

「気味が悪い…!」

「君は初めまして、だね?私の名前は…」

「一々自己紹介をしなくて良いですよ、名前知ってるので。」

「そうかい…なら…私の正体を知っている君達は…死ね!」


 オプタルモスが接近してきた。


「『アンドレイオス』!!!」


 コスモスがアンドレイオスになり、オプタルモスとアンドレイオスの拳が衝突した。オプタルモスの方が力が上のようだった。徐々に、だが着実と、アンドレイオスが押され始める。

 その時だった。ハスマの拳がオプタルモスに迫る。オプタルモスは後退し、ハスマの攻撃を避ける。ポリモルフォスの突進がオプタルモスを襲うが、オプタルモスはポリモルフォスの頭を掴み、突進を止める。

 アンドレイオスの蹴りがオプタルモスに迫る。が、オプタルモスはアンドレイオスの蹴りを蹴りで受け止めた。

 ハスマは近くの石に触れ、真っ二つに裂けさせる。そして、それを同時に投げた。


「無駄だよ。石を二つ同時に投げるなんて…命中する訳が無い。命中しても、大したダメージにはならないんだよ?」

「知ってますよ。狙いは…そこではないので!」


 裂け別れた石が、どちらともオプタルモスの横に来る。その時だった。ハスマは能力を解除した。すると、石が磁力で引き合う磁石のように、互いの方に飛んでいく。それがオプタルモスの体に当たる。


「ぐはっ?!」

「裂けさせる能力、完全には使用せず、中途半端のままにさせておく。そしたら、能力解除により、効果の強制終了が起きる…!」

「この…クソカスがぁ!」


 カゲトさんが怒りを露わにした。その刹那、アンドレイオスの拳の連打がティフェーキオの体に当たっていく。今度はティフェーキオの時のような全体にではない。一箇所、胸部と腹部の間の、たった一箇所。そこだけを狙った。すると、二十七発目、目に見えてオプタルモスとカゲトさんにダメージが入る。

 ポリモルフォスが再び突進した。トレケイン程の速度は無いにしろ、ポリモルフォスもかなりカルディアの中では早い方だ。そんなポリモルフォスの突進をまともに受けたオプタルモスは…軽く吹っ飛ぶ。カゲトさんは地面に膝を付ける。


「ふざけるな…!ふざけるなよ…!この…社会も知らない、クソガキどもがぉ!」


 その時だった。カゲトさんのスーツの裏ポケットから、何かが落ち、地面に転がる。それは…目だった。


「おっと…ごめんね?今、品の無いガキどもに絡まれていてね…大丈夫、君を手放したりはしないよ…」


 カゲトさんはその目を拾い、マジマジと観察した。そして、舌を出し、それを舌の上に乗せた。次の瞬間、カゲトさんはそれを舐め始める。

 ミスズさんは「うっ」と言い、口を押さえた。ミウちゃんは毛を逆立て、威嚇をする。僕は黙ってそれを見ていた。だが、僕の拳からは、血が流れていた。


「君の名前は思い出せないが…良い女だった事は分かるよ?だって…こんなにも、美味しい目をしているんだから…」


 カゲトさんはそれを舐め終わると、裏ポケットの中へそれを戻した。


「すまない、少し取り乱してしまったね。私とした事が、子供の悪戯に本気で怒鳴るとは…最近、私の会社の上司の無能さに呆れその尻拭いをさせられているんだ。それのせいでもあるんだよね、怒りっぽいのは。」


 カゲトさんは、酷く落ち着いているように見えた。いや、落ち着いている。まるで、午後のアフタヌーンティーを飲んで、一息ついた時のように、心を落ち着かせていた。

 不気味だった。恐怖や怒りよりも、不気味さが勝った。この男は、異常だ。少なくとも、一般的な感性を持っているとは思えなかった。ここで疑問が、確信に至る強い疑問へと変わった。この男は、根っからの悪、最悪な人間なのではないか、と。

 僕達も、僕達のカルディアも、動きを止めていた。僕達は勝っていた。勝っていたはずなのに…この人の一つの行動により、全員の体に脳がストップを出していたのだ。


「どうした?来ないのか?折角、改めて教育をしてやろうと思ったのに…残念だよ…」


 カゲトさんが僕達に近づく。僕は、ミスズさんとミウちゃんの前に出る。


「タイガ君…?」

「…」


 アンドレイオスは動き出す。拳の連打がオプタルモスを狙う。すると、オプタルモスは負けじと拳の連打を繰り出してきた。僕達のカルディアの拳は互いにぶつかり合い、鈍い音が鳴る。

 アンドレイオスの拳がオプタルモスの拳と衝突する度に、僕の拳には強い衝撃と鈍い痛みが走る。だが、僕は顔色一つ変えなかった。

 パワー、スピード、どちらでもほんの僅かな差であちらの方が上だ。だが、それは僕にとっては些細な問題だ。カルディアは『心の具現化』、思い込みで強くなる。僕がこの人に勝てると強く思えば、カルディアは勝つ。


「随分成長したようだね?だが…無意味だよ、無意味。私の『Q』は最強となり、私は君達アンファンスを超えたジュネッスと呼ばれる存在。私の『Q』に勝るカルディアなど、この世には一体たりとも存在しないのだよ!」


 その時だった。オプタルモスの拳が、アンドレイオスの腹部を貫通した。瞬間、僕の腹部にも、穴が空いた。僕の口から血が出る。体が一気に冷える。夏だというのに、寒いと感じている。

 その時、僕のアンドレイオスを打ち破ったのが相当嬉しかったのか、オプタルモスはハスマの次の攻撃に対応しきれなかった。ハスマの掌が、オプタルモスのアンドレイオスの腹部を貫通している腕に触れた。瞬間、腕はパックリと真っ二つに裂けた。瞬間、カゲトさんの片腕もそうなった。


「ぬわぁぁぁ!!!この…この…!この!!!漁夫の利しか脳の無い、単細胞生物の分際でぇ!」


 僕の意識は遠のき始める。ミスズさんの声が聞こえた。でも、何を言ってるかまでは聞き取れなかった。頭が回らない。体が動かない。これが…『死』なのか…死ぬのは、初めてだった。

 ミウちゃんは、ポリモルフォスの能力で、僕の傷を塞ごうとした。だが、遅すぎた。既に血は大量に体外へ流れている。もう、助からないだろう。

 ミスズさんが泣いている。ミウちゃんも泣いている。恐らく、リーダーさんは怒るだろう。ユウヤさんは膝から崩れ落ちるだろう。僕は、皆さんに、また、心の傷を植え付けるだけじゃないか…

 僕はやっとの思いで、ミスズさんの頬に触れた。温かかった。体温、涙、そのどちらもが、母親の作った味噌汁のように、優しく温かかった。


「…生きて…」


 僕は、最後の願いをミスズさんに伝えた。僕の体から完全に力が抜け、僕の顔が横へ向く。視界の端では、ミスズさんとミウちゃんが泣いていた。そして、その奥で…アンドレイオスが、手でカメラポーズを作り、僕を見ていた。


「これは、夢か?夢ではないか?選べ、タイガ。」


 アンドレイオスがそんな事を僕に言った気がした。と、同時に、僕の意識は途絶えた。

 次に目を開けると、僕はあの家に居た。冥陽町にある、お父さんとお母さんが僕に残してくれた家。明るい日差しが窓から入り、リビングを照らしていた。

 僕は椅子に座っていた。向かい側の椅子の上には、お父さんが座っていた。そして、お母さんが食器を持って机に近づき、僕の前に皿を置く。レタス、ハム、トマト、ケチャップを使った、ホットサンド。僕の大好物だった。


「泰我、これ好きでしょ?たまには食べたくなるでしょ?」


 お母さんはそう言い、僕に優しく微笑みかける。


「おっ…確かに、今日は泰我の好物ばっかだな!」


 お父さんが嬉しそうにそう言った。確かに、食卓を見れば、僕の好物ばかりが置いてある。


「いただきます…」


 僕は手を合わせ、小さくそう言った。そして、食べ始める。母の味だ。母の料理の味だ。僕の目から、涙がポロリポロリと溢れ出る。


「泰我、どうしたの?味、変だった?」

「違う…違うの…美味しいよ…美味しくて…泣いてるの…」

「もう…こんなんで泣いてくれるなんて…まだまだ泰我も子供ね。」


 お母さんはそう言い、僕を優しく抱きしめてくれた。温かい。心地良い。大好きな人の腕の中に居る。幸せだった。


「泰我、お前、今日どうした?いつもよりも声が小さいし、元気も無いし、母さんの料理で泣くし…」

「嬉しくて…泣いてるの…」

「嬉しくて?変わった奴だな、泰我は。」


 お父さんは大きくてゴツゴツした手で、僕の頭を雑に撫でた。知っている。お父さんは不器用だから、人の頭を撫でるのが苦手なのだ。なのに、僕の頭を何度も何度も撫でて、僕はそれが好きだった。 あの日失った幸せが、ここにあった。あの日、もう二度と味わえないと絶望に叩き落とされた幸せを、今、感じている。僕が望んでいた『日常』が、ここにはあった。永遠にここに居たい。そんな事を思った。

 その時、ふと、ミスズさんの顔を思い出す。リーダーさんの顔を思い出す。ユウヤさんの顔を思い出す。ミウちゃんの顔を思い出す。皆の顔を、皆の声を、皆の事を、思い出す。

 僕はお母さんから離れた。


「泰我、どこか行くの?」

「…うん、行ってくる。」

「どこに行くんだ?」

「…僕を待っている人が居るの。一人は顔が怖くて、一人は何もかもが軽い言葉で片付けて、一人は上から目線の丁寧な子で、一人は僕の事を正面から受け止めてくれた子…僕、その人達の仲間なの。お父さん、お母さん、ごめん。二人に会えてすっごく嬉しいし、すっごく幸せだよ。でも、行かなきゃなの。」


 僕は玄関に向かう。二人に背を向けた。


「ねぇ、お父さん、お母さん。」


 僕の言葉を聞き、二人は僕を見る。

 僕は振り返る。僕の目からは涙が溢れていた。


「ずっと、ずっとずっとずっとずっと…!ずーーーっと、大好き!」


 掠れた声で、僕はそう言い、玄関にある扉を通り、ここを出た。

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