怨みが約束で塗り替えられる死人のお話
その日の深夜、僕は夢を見た。
たった一人で、僕はお花畑の上に立っていた。温かく、懐かしく、優しい、お花畑の中に立っていた。親の腕の中で眠っているかのような、温かみがあり、懐かしさがあり、優しさがあった。この空間は、そんな空間だった。
その時、声が聞こえてきた。
「泰我…貴方は、どれを選ぶの?」
「泰我…お前は、どうしたいんだ?」
お母さんとお父さんの声が聞こえた。僕は振り返る。が、そこには誰も居ない。あるのは、無限に伸びているのではと考えてしまうほど、どこまでも広がるお花畑だった。
そして、僕は俯く。道はある。その道以外にはお花畑しか無かった。
バラ、チューリップ、カーネーション、ネモフィラ、ガーベラ、アネモネ、ダリア、マーガレット。多種多様な色様々な花が、まるで「僕を選んでくれ」と言わんばかりに咲き誇っていた。
僕は道を歩く。歩いても歩いてもあるのはまだまだ先に続く道と咲き誇る花のみ。バーベナ、ナデシコ、ハイビスカス、ガザニア。僕の知らない花の方が圧倒的に多いが、知ってる花でもこんなに沢山ある。
少し進むと、花の雰囲気がガラッと変わった。スノードロップ、トリカブト、アザミ、オトギリソウ、マリーゴールド、彼岸花。不吉な花言葉を持つ花達ばかりになった。
そして、更に奥に行く。すると、二本の花だけが目に入る。コスモス、プロテア、その二つ。僕の好きな花が、一本ずつ。
僕はその両方に手を伸ばした。が、そこで目を覚ました。
深夜、丑三つ時。僕は両腕を前へと伸ばし、体を起こしていた。僕は腕を下ろした。
キッチンに行き、水を飲む。そして、リビングに行き、ソファに深く座り込む。眠気は無く、あるのは純粋な虚無感だった。
電気を付けていないリビングは、窓から入る月明かりによって照らされていた。その月明かりはどこか優しく、どこか儚いものだった。
その時だった。人間の姿でミウちゃんが近づいてきた。
「ミウちゃん…起きてたの?」
「ミルク、入れてください。じゃないと引っ掻きますよ。」
「分かったから引っ掻かないで?!」
僕は急いでホットミルクを入れ、ミウちゃんに差し出す。ミウちゃんは猫の姿になり、ホットミルクを飲み始める。
「それにしても、どうして起きたの?」
ミウちゃんはポリモルフォスの力で人間の姿を作る。ミウちゃん本体(猫のミウちゃん)はホットミルクを飲んでいる。器用だな、僕はそう思った。
カルディアとは心の具現化。カルディアを動かす方法としては、本人が命令するか強く念じる事で動かす事ができる。だから、本人とカルディアは同じような事をするならともかく、全く違う行動をするのなら、命令したのならともかく、念じながら違う行動をするのは至難の技だ。
「何か、嫌な予感がしたので。」
「嫌な予感?」
「はい…やはり、あんたには分かりませんか。」
「えっと…ごめんね?」
「謝らなくていいですよ。私は猫、あんたは人間、だから私には分かって、あんたには分からないんですよ。」
「…煽ってる?」
「煽ってませんよ。ただ、事実を言っているだけです。貴方には、それが見えないんでしょう?」
「…それ?それって?」
ミウちゃんがリビングの端をジーッと睨む。
「えっと…どこ見てるの?」
「…私の目からは見えてるんですよ。そこに…長い黒髪の白服の女が。」
「え?」
僕はミウちゃんが睨んでいる方向を見て、目を細める。だが、そこには何も居ない。何も見えない。ただのリビングの隅だ。
「…やっぱり見えないよ?」
「幽霊ですから。いくらアンファンスだとしても、本来目に見えない魂だけの存在である霊体は見る事はできませんよ。」
「ならミウちゃんは何で見えてるの?」
「知りません?猫って幽霊は見えてるし、ヴァンパイアとかが居たとしても人間と見分ける事ができますし…猫は人間と違って敏感なんですよ、人間と違って。」
「へぇ!凄い!」
「…純粋無垢ですね。」
「え?」
「気にしないでください。独り言です。」
「うん、分かった。それで、幽霊さんは何でここに?」
「さぁ?こっちをじっと見ているだけで、特に何か話してきたりとかはしてこないので…」
「そっか…何とかお喋りできないかな…?」
「無理でしょうね。知能があるかどうかすら怪しいですよ、幽霊なんて。本能のままに動く、カルディアの骨のような物なんですから。」
「辛辣じゃない?」
「死人に口なし、何を言っても大丈夫ですよ。それに、幽霊ならさっさと成仏すればいいだけなのに、まだ現世にとどまっているって事は、まだやり残した事がある奴です。こんな言葉で傷つくなら、さっさと成仏して天国にでも地獄にでも逝けばいいんですよ。」
そのままホットミルクをミウちゃんの本体は飲みながら、ポリモルフォスで作られた人間の姿のミウちゃんは幽霊が居るらしい場所を睨んでいた。
「まっ、ずっとここに居られても不愉快なだけですけどね…こいつ入れたら、この家に六人も人が居る事になりますから。狭くなりますよ。」
「まず幽霊って頭数に入れるの?てか、ミウちゃんは一人ってよりも一匹じゃない?」
「そんなのは些細な問題です。」
「些細な問題なのかな…?」
「些細な問題ですよ。」
その時だった。ミウちゃんが睨んでいた場所から、カルディアが突如として現れた。
立体的な楕円形の菊の花が生えている体、色白すぎる色の人間のような脚、縫い合わされた目のような物。最初に感じたのは…『不気味』だった。
その時、菊の花が僕達の方に伸びてきた。僕は少しずつ後ろに下がる。だが、ミウちゃんはホットミルクから離れる気配が無く、下がりもしない。
菊の花の一本がミウちゃんに触れた。瞬間、ポリモルフォスで作られた前脚が翼で後ろ脚がプロペラの猫が現れ、それが菊の花の茎を食いちぎる。
「私のホットミルク中に手を出してくるとか…よほど殺されたいんですね?」
「ミウちゃん…勝てるの?」
「幽霊如きの人間の成れの果て、この猫様である私の敵ですらありませんよ。」
その時、幽霊のカルディアが走ってミウちゃんに近寄る。ポリモルフォスが幽霊のカルディアに突進した。が、ポリモルフォスはすり抜けた。
「は?」
「え?すり抜けた…?」
「そんなはずありません!カルディアは使用者の意思で触れれる物と触れれない物を選べますが、カルディア同士にはそのルールは無いです…」
「え?そうだったの?」
「え?今まで知らなかったんですか?」
「…うん…」
「はぁ…良く今までそんなんで生きてこれましたね…」
「仕方ないじゃん!誰も説明してくれないんだし!」
「説明してくれなくても、本能で分かりません?」
「いや…僕のカルディア、不完全だったぽいし、今居ないし。」
「確かにそうでした…」
その時、幽霊のカルディアが再び菊の花を伸ばしてきた。僕は逃げようとした。が、いつのまにか僕の足元まで伸びてきていた菊の花が僕の脚に巻きつき、僕が逃げられないようにされていた。
そして、菊の花は僕の両手首と首に巻きつき、締め上げる。息が詰まる。首が締まる。ポリモルフォスが僕を助けようとミウちゃんから離れた。
その瞬間、菊の花がミウちゃんの本体と人間の体に巻きついた。ポリモルフォスで作られていた人間の体は元の砂利や小石などに戻り崩れ落ちた。僕の意識が遠のき始める。僕は目を閉じた。
次に目を開けると、またあの花畑の中に立っていた。だが、違う点がある。道の右側にはプロテア、左側にはコスモスがびっしり咲き誇っていた。それ以外の花は見つからない。
「泰我、選びなさい。」
「泰我、本当のお前はどっちだ。」
また、お母さんとお父さんの声が聞こえた。選べ…?この二つの中のどちらかを?なら…僕は、死ぬ時に添えられるお花は、コスモスが良い。
そういえば…母さんの名前…「秋桜」だったっけ…
そんな事を思った。その瞬間、僕の頬を手のような大きさと形を持つ何かが包み込む。目を開けていられなくなるほどの強い光が現れ、僕は目を閉じた。
ほんの微かに目を開けた。すると、青色の腕が僕の頬にへと伸ばされていた。そして、僕の首に巻きついていた菊の花の茎に触れた。すると、それがシュルシュルと解けていく。
僕は目が覚めた。すると、僕の首に巻きついていた菊の花の茎は無くなっていた。そして、僕の目の前には、青色に銀色のラインが入った腕が見えていた。両腕、それだけ。
だけど、分かる。これは…僕の、カルディアだ。
「…『コスモス』?」
僕は僕のカルディアの名前を呼んだ。その名前が、唐突に頭に浮かんだ。これは、ドロフォノスじゃない。ドロフォノスは殻だ。その殻の中にあったのは…僕が望んだ、優しいカルディアだった。
コスモスが幽霊のカルディアに近づき、その体に触れた。本来、触れる事のできない、そのカルディアに。すると、幽霊のカルディアの体からは優しい淡い色の粒子が出てきて、幽霊のカルディアが半透明になっていく。
菊の花の茎が僕達を離した。ミウちゃんはポリモルフォスで再び人間の姿を作り出す。
「これ、ドロフォノスですか?」
「ううん、違う。多分、本当の僕のカルディア…『コスモス』。」
「『コスモス』?」
「うん、コスモス。僕が望んだカルディア…戦わない事をメインとする、僕の『心の具現化』だよ。」
幽霊のカルディアは消えていく。その時、そこに居るであろう幽霊さんが僕に言った。
「ずるい…お前だけ…幸せなんて…許さない…」
「は?」
ミウちゃんの顔から表情が消える。僕はミウちゃんの前に手を差し出し、ミウちゃんを制止する。
「退いてください。」
「…僕のお客さんだ。僕が対応するよ。」
僕はリビングの隅に歩む。ゆっくり、一歩ずつ床を踏み、近づく。
「何で…お前ばっかり…幸せになる…」
「…僕は恵まれているから。環境に。だから、僕が幸せになったって言うよりも、僕の周りが僕を幸せにしてくれたんだよ。」
「うるさい…私は死んだ…カゲトに殺された…目をくり抜かれて…痛めつけられた…なのに…何でお前は…生きている?幸せになっている?おかしい…!おかしいおかしいおかしい!!!」
「うん、そうだね。僕はおかしいよ。だからさ、君も救いたいって思ってる。」
「「は?」」
ミウちゃんと幽霊さんの声がハモる。
「君が幸せになれるかどうかは分からないけど、僕はもう幸せになれないかもしれない君のために、幸せになってみせる。君が幸せになれなかった分、僕が幸せになる。そして、カゲトさんに後悔と懺悔をさせる。」
「嘘だろ。そんなのできっこしない。」
「ううん、僕は嘘を吐かない。僕は嘘が嫌いだからね。これで失敗したら、僕を祟ってもいいし、呪ってもいいし、殺してもいい。だから、最後の最後に、僕を信じてくれない?」
幽霊さんは僕には見えない。だが、そこに居るのは感覚で分かる。僕は幽霊さんに手を差し伸べる。掌を上に向け、腕を伸ばす。
「君だけが絶望する世界を、僕は許さない。だから、カゲトさんも絶望させる。君の分も、僕の仲間の分も、僕の仲間の両親の分も、他に殺された皆の分も、僕が絶望させる。」
「…ホラ吹きだったら…許さない…あいつが地獄に堕ちてくるのを…私は待ってるから…」
「天国でカゲトさんが堕ちるのを眺めるのはダメなの?」
「…それも最高ね。」
僕の手に、何かが触れた気がした。だが、その感覚は直ぐに消滅し、幽霊のカルディアも完全に消滅した。僕は拳を握る。
「…本当にお人好しですね、幽霊までも虜にさせるとか…」
「ミウちゃん…カゲトさん、まだこの街に居るよね。」
「はい。リーダーさんの考えでは『カゲトの状態を知っている私達がここに居るのなら、いずれ居場所を突き止めて殺しにくる。そうやって、あいつは邪魔者と言う名の目撃者を殺してきた。だから捕まらなかった。ただ、私達のように、目撃者に気付かなかった時もあるようだがな。』ですから。居るでしょうね。」
コスモスが消滅する。僕は再び手を開く。すると、どこからか、菊の花の花びらが僕の掌の上に乗る。僕はそれを強く握りしめる。僕の拳を月明かりが照らす。
「…覚悟、決まったみたいだね。」
「…殺さないよ、僕は。人を殺す権利なんて、どんな人にだって無い。ただ、裁くだけ。法じゃない。事実で、僕はカゲトさんを裁く。あの人が殺した人の数と同じ数だけ、僕はあの人を殴る。約束だもん。」




