覚悟と失敗の少年のお話
「…こんなんで、カルディアイの一員のままでいられますかね…?」
「どうしてだい?」
「…カルディアイは、カゲトへの復讐を掲げています。僕はその過程でカルディアから人を守る為に加入していました。でも、今、僕にカルディアで暴れる人を止める力はありません。ただ、見えるだけの側に逆戻り…そんな僕に、カルディアイの仲間を名乗る資格なんて…」
「あの子達は君が強くて仲間に誘ったんじゃないと思うけどね。」
「…え?」
「いや、これもあくまで俺の主観だけど…あの子達は、君がそういう性格だから、仲間に誘ったんじゃない?確かに、君のカルディアは強かったと聞く。でも、あの子達が見るのは、カルディアの強さじゃない。人柄だよ。」
「…人柄…」
「まぁ、あの子達と離れるかどうかは君次第だし、君は本来の目的も達成できなくなったんだし、怪我だって完治までにはかなりの時間必要だし…あの子達から離れるのも、一つの手だと思うよ。俺から言える事はただ一つ。あの子達から離れるのは『逃げる』じゃない。何もしないで塞ぎ込むのが『逃げる』だ。絶対に逃げるな。一度決めた事にはしっかりと向き合って結果を出せ。成功したか失敗したかなんて些細な問題だ。出すまでの過程に意味があるんだよ。」
「…はい…」
僕の脳裏に、あのロンドンでの逃走劇が蘇る。あの時、何で逃げたんだろう…それは簡単だ。死にたくないから。じゃあ、なんで死にたくないんだろう。
分からなかった。痛いのが嫌いだから?分からない。まだ誰かを助けたかったから?分からない。純粋に死ぬのが嫌だったから?分からない。もっと皆と一緒に居たかったから?分からない。
真心先生が出ていく。カルディアイの皆は、ひとまずリーダーさんとユウヤさんの姉の元に行き、様子を見ている。だから、僕は今、一人だ。独りぼっち。別に、悲しくもないし、寂しくもない。ミスズさんに会ったあの日まで、僕は独りぼっちだったんだから。
考えれば考えるほど、自分が何をしたくて、何がしたくてここまで来たのか、何を感じているのか、分からなくなってしまった。だから僕は横になり、布団を被り、再び眠る。
「お前はジャック・ザ・リッパーの末裔だ。お前には殺しの才能がある。何故、その才能を呼び覚まさない?お前には、人を支配できる力がある。」
「皮肉だよね…昔はその言葉を好奇心で聞きたかったのに、今じゃ一ミリたりとも聞きたくない言葉になるんだから…君が出てこないなら出てこないでいいよ。君は人を殺したいんでしょ?僕は殺したくないから。」
「…お前は何故、人を守る?人を助ける?人に優しくする?人の命を救う?」
「昔だったら、理由は無いって答えただろうね。でも、僕があの人の祖先って知った今なら、分かるよ。贖罪、かな。僕の祖先が人を殺していたのなら、僕はその分、殺してしまった人数以上の人を助けないといけない。それが唯一の贖罪だから。」
「…つまらないな、お前。私を失ったとしても、同じ事が言えるのか?」
「うん。僕の推測は正しかった訳だしね。君は人を殺すのを前提とされた兵器だ。」
「散々私を酷使して良く言うよ。」
「…貴方なんでしょ?僕を殺した、僕の夢のロンドンのジャック・ザ・リッパー。」
「………」
「いいよ、怒ってない。僕の中に居る『殺人鬼の魂』を出したかったんでしょ?でもごめんね。誰かを殺すのは嫌なんだよね。」
ドロフォノスが消えた。姿も、気配も、何もかも。
「バイバイ。好きでも嫌いでもない、僕の一部。」
僕は目を覚ます。いつもより体が重い気がする。それと同時に、懐かしい体のように感じる。僕は元に戻ったのだ。カルディアと戦う事のできない、あの日の自分に。でも、後悔は無い。僕が選んだ道だ。後悔したらおかしい。だって、僕がこうなる事を望んだのだから。いや、元々、心の何処かでは前々からこうなる事を願っていたのではないだろうか。力を持たない僕、それが通常の僕だ。今までのは、夢のような物なのかもしれない。そう割り切ってしまったら、意外と寂しさも悲しさも感じないものだ。
僕は布団から顔を出す。すると、ミスズさんの顔が見えた。
「あっ。おはようございます、タイガ君。」
「ミスズさん、大事なお話をしてもいいですか?」
「大事なお話…?」
「はい。実は…カルディアイ、脱退しようかなって思ってるんです。」
「…え?えぇぇぇぇ?!」
数分後、ミスズさんが走ってリーダーさんとユウヤさんを連れてきた。
「ター君、カルディアイやめちゃうってマジっ?!」
「タイガ、本気で言っているのか。」
「はい。僕、ドロフォノスを召喚できなくなったので。」
「は?」
「え?」
「っ?!」
「真心先生の話によれば『心の声』と『魂の叫び』が食い違っているのが原因じゃないか、って。僕にも少し、それ、心当たりがあるんですよね。僕は心は人を守りたいんですが、僕の魂は人を殺したいんです。」
「どういう事だ?」
僕は事情を話した。真心先生は黙ってくれていた。それは、恐らく僕の為だ。でも、僕は、そもそも、心のどこかでは、前のような生き方を望んでいたのかも知れない。時折、少しだけ、恋しくなるのだ。あの朝、あのラジオ、あの学校、前までの当たり前が。
「…なんで私達に相談しなかった?」
「皆さんに迷惑をかけてしまうのは分かっています。ごめんなさい。でも僕は、これは僕の問題だと思っているんです。身勝手でごめんなさい。」
恐らく、今の僕の目には、くもりは一切無いだろう。晴れてもいないだろうが。
「ター君、冗談でも言って良い事とダメな事の区別もできなくなったの?」
「冗談でもなければ嘘でもありませんよ。これは僕の心からの本音です。」
リーダーさんが僕の胸ぐらを掴んだ。そして、拳を振り上げる。ユウヤさんがリーダーの腕を掴み、止めにかかる。
「リーちゃん!落ち着いて!」
「落ち着いていられるかっ!私はこいつを仲間だと思っていたっ!だがこいつは、それなのに…誰にも何も相談しないで、勝手に仲間をやめるって言ってるんだぞっ!一発ぶん殴らせろっ!」
「リーちゃん、落ち着いてって!」
「黙れっ!タイガっ!お前の覚悟は…!信念は…!誰かを救いたいという『正義のヒーローであるタイガ』は…!それ程度の存在だったのかよ…!」
リーダーさんの目には涙が浮かんでいた。リーダーさんにとっては、裏切られたのも同然なのだろう。僕も胸が苦しい。離れたくない。だが、何の力も無い僕は、この人たちと居ても、迷惑になるだけだ。
僕は手を伸ばした。そして、リーダーさんの腕を掴んでいるユウヤさんの手を、無理やり離させた。瞬間、僕の頬に、重い一撃が入る。綺麗な右ストレートだった。そして、リーダーさんは両手で僕の胸ぐらを掴み、僕の上に跨る。
「冗談だと言え。そして謝れ。今ならまだ許してやる。子供だからって、何でも許されると思ってるんじゃないぞ。大人をおちょくるな。」
「…殴りたいのなら殴ってください。僕は、貴方達三人に殴られてもおかしくない事をしたんですから。それで気が晴れるならどうぞ好きなだけ殴ってください。」
「この…!」
「リーダーさんっ!」
ミスズさんがリーダーさんの腕を掴み、僕から離そうとする。
「ミスズ!離せ!こいつは夢を見てるんだ!そうに決まっている!だから今殴って目を覚まさせてやんないと!」
「リーダーさん!タイガ君は本気で言ってるんですよ!」
「リーダーさん…前に僕に言いましたよね?『現実を見ろ』って…今度は、リーダーさんが現実を見てください。僕は、現実を直視して、この結果を出したんですから。」
リーダーさんの左ストレートが僕の頬にクリーンヒットした。そして、リーダーさんが今度は右手を上げ、拳を握る。が、その拳は落ちていく。そして、リーダーさんは僕から離れる。
「…ユウヤ、ミスズ、行くぞ。」
「リーダーさん…?」
「リーちゃん、どこに行く気?」
「こいつはもう仲間じゃない。なら、私達がここに留まる意味が無い。だから帰るぞ。」
リーダーさんが病室から黙って出ていく。ユウヤさんは最後に僕にヒラヒラと手を振り「待ってよリーちゃん」と言いながら病室を去る。ミスズさんは僕と病室の出入り口を交互に見つめて、どうすればいいか分からないという顔を浮かべていた。
「…行かないですか?」
「でも、タイガ君は…」
「僕はもう良いんですよ。そもそも、スコルピオスに殺されて終わるはずだった命だったので。ここでこうして生きてるだけで、充分幸福なんですよ。」
「今のタイガ君…前のタイガ君と違うよ。」
その瞳に涙を潤し、ミスズさんは訴えるように涙声で言った。そして、走って行ってしまった。
「…これで良かったんだ…これで…」
数日後、僕は退院した。そして、最後に真心先生と話しをしていた。
「なんであんな風に言ったの?君は決して不器用な人間じゃない。逆に、頭は回るし、もっと容量良くできる子でしょ?」
「あれで良かったんですよ。僕の魂が殺人を望み叫ぶのなら、皆さんを傷つけてしまう可能性もあったので。」
「仲間思いもここまで行くと清々しいね。」
「煽ってます?」
「おっとおっと、ごめんごめん。そんなつもりは無いんだ。俺は言葉の伝え方を直す必要があるみたいだね、他人の治療をするよりも。」
「かもですね。それじゃあもう行きます。今までありがとうございました。」
僕は振り返り、歩き出した。
「タイガ君…君が本当にされでいいのなら俺は何も言わない。ただ、これは医者ではなく、一人の男として言わせてくれ。それで君が後悔しないなんて、俺は思わない。あの子達が死んでしまう前に、正直になった方が良いよ。」
その言葉に、僕の脚が止まる。
「…肝に銘じておきます。」
そして、僕は歩き出した。
僕は冥陽町に帰ってきた。久しぶりに我が家に入った。食材を買い直さないと…電気代とかも払っておかないと…
リビングに行く。誰も居ない、一人のリビング。静かで、暗くて、落ち着く場所。
僕の脳裏に思い出される、ここ数週間のリビング。常に声が飛び合い、明るくて、落ち着けない場所。でも、嫌いじゃなかった。大好きだった。でも、これも皆のためだ。皆を傷つけないため。僕には殺人鬼の血が流れてる。いつ、僕が人を殺すか分からない。なのに、いつまで経っても皆と一緒に居るのはダメだ。
その時、僕の家の窓を誰かがコツコツと叩いていた。それはリビングから少し離れた寝室だった。寝室の小窓を見ると…そこには、ミウちゃんが居た。スブ濡れで、汚れてしまったミウちゃんが居た。僕は急いで窓を開けた。
「ミウちゃん?!なんでこんなに濡れてるの?!って、どうして来たの?!」
ミウちゃんは僕の家の中に入ると、ポリモルフォスの能力を使い、少女の姿を現す。
「私はあんたに恩義があるからカゲトのクソ殺人鬼探索に協力してんの忘れました?」
「いや、そうだけどさ…」
「事情は聞きましたよ、貴方の元仲間の人間達から。」
「なら離れた方が良いよ。僕、殺人鬼の血が流れているので。」
「嫌だ。」
「え?」
「もし、私が生き汚くゴミ箱をあさり人を平気で襲う猫だったら、貴方は私を見捨てますか?」
「まさか。どうにかして助けたいよ。だって、君は悪くない。悪いのは、そうなるようにさせた世界だよ。」
「それ、あんたにも言えるんですよ。」
「え?」
「あんたの先祖が人を殺した?だからなんですか?笑わせないでください。あんたはあんた、あんたの先祖はあんたの先祖。同じ血が流れていようと、別人には変わりないですよ。親子でさえも違いがあるのに、何代前かも分からない先祖のやった行いを自分でもすると思っているんですか?馬鹿ですね。とんでもないどうしようもない馬鹿ですね。」
それを言われて、僕は何も言い返せなかった。
「それ、元仲間達にも言いました?心の本音であるそれ、伝えました?」
「いや…伝えてない…」
「これだから嫌いなんですよ、人間って。傲慢なので。」
「でも、仕方ないじゃん。もしかしたらって考えると、怖くなるんだもん。もし、僕が誰か殺しちゃったら、僕はもう僕でいられない。それが、あの三人だったら、僕は恐らく、僕も、君の、この世界も憎むよ。理不尽に、身勝手に、嫌うよ。僕は弱い人間だから…」
「はぁ…」
大きなため息を吐き、僕を睨むミウちゃん。そして、ミウちゃんは口を開く。
「なら、行きましょう。」
「…どこに?」




