正面から敗北したお話
「二人とも!落ち着いてくださいっ!」
僕の叫び声は、虚しくも二人には届いていなかった。トレケインとケビルムが走り出そうとしていた。だから僕は、二人のカルディアの前にドロフォノスを移動させる。
「タイガっ!退けっ!」
「ター君っ!流石にこの状況で『止まれ』は言わないよね!?」
「言いますよっ!さっきのを見たでしょ!三人が手を合わせても、勝てるかどうか分からない相手ですよ!なのに…感情に身を任せて、別々に突っ込むなんて…自殺未遂ですよ!落ち着いてくださいっ!じゃないと…ぶん殴りますよ!今は、いつもより冷静にならなきゃいけない時なんです!」
僕の叫びを聞き、二人は深呼吸をする。そして、落ち着こうとする。
「…年下の子供に叱られないと、自分でさえも止められないのだな…哀れ、と言うべきか…君達の姉はどういう教育をしたんだろうな?」
「また煽ったって無駄だよ…何度も引っかかる馬鹿じゃないからね…」
「…タイガ、悪かった。少し、血走っていた。」
「三人で、行きましょう…」
片腕が使えなくなり人の腕が残ったドロフォノス、トレケイン、ケビルムが横に並ぶ。僕は右腕を押さえていた。そして、同時に三体のカルディアが駆け出した。
トレケインが再び突進する。案の定、オプタルモスは片手で頭を掴み、突進を止める。その瞬間、ケビルムの剣が振り下ろされる。オプタルモスはそれすらも片手で受け止める。
だが、今、オプタルモスは両手が塞がっている。ドロフォノスが真正面から突っ込む。ドロフォノスが拳を振ると、オプタルモスの蹴りがドロフォノスの拳とぶつかり、拳が止められる。
ドロフォノスは体を前に回し、踵落としをする。それはオプタルモスの肩に当たる。カゲトさんが、少しだけ痛そうな顔をした。トレケインを掴む手の力が少し弱まる。その瞬間、トレケインは突進し、オプタルモスの腹部に頭を当てる。再びカゲトさんが体を歪ませる。その時、ケビルムさんが剣を離し、オプタルモスの腹部に拳を当てる。オプタルモスは剣を落とし、少し下がる。
「なかなかにやるようだな…だが、私の『Q』は最強なのだよ。アンファンスの時の『Q』も強かったが、最強では無かった…だが!今!ジュネッスとなった私の『Q』は、最強になったのだ!」
オプタルモスの脚が、ケビルムを蹴り飛ばす。そして、オプタルモスの手刀が、トレケインの背に当たり地面に崩れ落ちる。本体である二人に、大きなダメージが入る。強い…強すぎる…!まるで、武器もアイテムも何もかもが初期状態なのに、ラスボスと戦っている時のゲームみたいだ。
そして、僕がトレケインを連れて下がろうとした、その瞬間…オプタルモスの拳の連打が、ドロフォノスの腹部に当たり、ドロフォノスが吹き飛ぶ。と、同時に、僕の体も同時に吹き飛ぶ。
僕は転がる。砂が服に着く。だが、腹部へのダメージが強すぎて、何も考える事ができなかった。ただ、痛かった。ドロフォノスが消滅した。
「私をコケにしやがって…お灸を添えてやるよ。」
カゲトさんは、カバンからメスのような刃物を取り出した。僕の目をくり抜く気だろう…僕は立ち上がろうとする。何としてでも…二人だけは…死なせないために…僕の体が横を向き、僕は地面に手をつける。
その時、カゲトさんの黒い革製の靴が、僕の手の甲を踏む。僕の口から、小さな悲鳴が溢れる。カゲトさんの僕の手の甲を踏んでいる足の足首を掴むが、こんなのは無駄な行動だった。
「久しぶりだよ。この私が、ここまで殺したいと思う邪魔者は…そして…それが、こんなに綺麗な目を持っている子供だとは…失望だよ。そうだ、君の名前を聞いていなかったね。名前、教えてくれるかい?」
「忘れるんですよね…僕の名前も…テンシさんの彼氏さんの名前のように…」
「ははは…君は本当に…」
カゲトさんの蹴りが、僕の腹部に当たる。僕は再び転がる。
「私を怒らせるのが上手いね。私は君の名前を聞いたんだよ?それ以外の言葉は求めていないんだよ。国語は苦手かい?」
「国語よりも…自分の利益の為に…他人を平気で傷付ける…貴方が苦手です…」
「はぁ…君のような子供、私も苦手だよ。社会を知らない、無知なガキは…」
「おい…殺人鬼…」
「その子から…離れろ…」
「死に損ないが…待っていろ。この子供を殺したら、次は君達を殺してやる。安心しろ。君達の醜い目なんて要らないからな。『Q』でスクラップにしてあげるよ。」
「黙れ…誰が…テメェなんかに…スクラップに…されるかよ…!」
「僕達は…お前を…殺す為に…今まで…追ってきた…」
「また、失ってたまるかよ…今度こそ…守ってみせる…私の…大切な…奴を…守ってみせる…」
リーダーさんとユウヤさんが立ち上がった。
「…逃…げ…て…」
声が掠れていた。体へのダメージが大きすぎたのだろう。トレケインとケビルムも立ち上がる。そして、トレケインの上にケビルムが跨る。
「仕方ない…まずは、君達から、処理してあげよう。邪魔者は…私の『Q』が殺す。」
トレケインが走り出す。ケビルムが拳を構える。オプタルモスも拳を構える。そして、二体の拳がぶつかり…ケビルムが吹き飛ばされてしまった。そして、トレケインは僕を拾おうとするが、その前にオプタルモスに肋を蹴られ、横に飛ぶ。
僕は立ち上がる。怒りだ。燃え滾るような、ぐつぐつとマグマのように湧き上がる、怒りを感じていた。
「倒せるものなら…倒してみろ…真合打影人…僕は…負けないぞ…」
掠れながらも、声を出した。そして、ドロフォノスを出した。腹部がボロボロ、ハサミもボロボロ。どこからどう見ても、満身創痍だ。だが、構わない。
カゲトが僕の方を振り返る。オプタルモスがドロフォノスの頬を殴る。僕の頬にも重く鈍い痛みが来る。と、同時に、ドロフォノスの左腕の拳が、オプタルモスの胸部に当たる。
「おや?まだそんな元気があるのかい?お仲間さんを傷つけられて怒ったのかい?健気、と言うべきか…」
今度は、オプタルモスは再び腹部を殴ってきた。吹き飛ばされそうになるのを、意地で耐え、ドロフォノスはオプタルモスの頬を殴る。
「小賢しいガキめ…!」
オプタルモスの拳の連打がドロフォノスの全身を襲う。僕にもダメージは来る。だが…カルディアは『心の具現化』。ユウヤさんは言った。きっとできると思い込む…
「ドロフォノスは…倒れない…仲間の為…絶対に…負けない…」
「この…聞き分けの悪い、クソガキがぁ!」
オプタルモスの手刀が、僕の肩に当たった。そして、蹴りが脇腹に当たる。体中から血が流れる。でも、倒れない。倒れる訳にはいかない。僕が耐えれば、二人は死なない…
「タイガ…やめろ…!そんな力残ってるなら…!お前だけでも逃げろ!」
「ター君…!死んじゃうぞ!」
二人の声が遠かった。「自分を大切にして」ミスズさんの言葉を思い出す。「死ぬな」リーダーさんの言葉を思い出す。ごめんなさい…約束を破ってしまいそうです。
意識が遠くなる。「…殺される…」ミウちゃんの言葉を思い出す。全く、その通りだった。
何も考えられなくなっていく。「理屈で止めてみてよ」ユウヤさんの言葉を思い出す。止めるべきだった。
僕、最低だ…約束は破るし、警告通りになっちゃうし、今更色々と後悔してる…
僕は膝から崩れ落ちた。その時だった。見覚えのある、砂利と小石の集合体が迫ってきた。見覚えのある少女が二人、見えた。そして、僕の意識は、そこで途切れた。
「…馬鹿野郎…」
「リーちゃん、こればっかりは…」
「…いいや、こいつを叱らなきゃ気持ちは落ち着かない…それに…私を叱ってくれなきゃ、私はこいつに合わせる顔が無い…」
「リーダーさん…」
私は、情け無い事に、トイレでずっと吐いていた。だが、覚悟を決め、猫のミウちゃんと共に現場に向かった。途中で、ミウちゃんが「血の匂いがする」と言い、その方向に行った。その場を見て、私は絶句した。
死にかけている、大好きな人…タイガ君が、今にも殺されそうだった。そして、それを残酷にも見る事しかできなかった、リーダーさんとユウヤさん。私のハスマで、ほんの少しだけ、カゲトの意識を逸らし、その隙にミウちゃんのポリモルフォスで作り出した猫のような何かの上に三人を乗せ、私達は帰還した。
それから、三日が経つ。今は夜。あの後、応急手当を全員にした。幸いな事に、リーダーさんとユウヤさんはその後に眠り、その翌日には目覚めてくれた。だが、タイガ君は…寝たままだった。
「…約束したじゃん…自分を大切にするって…嘘つき…」
私は、タイガ君の手を握り、その手を胸に抱えた。私の目からは、止めどなく涙が溢れる。
「何で…何で約束破るの…?タイガ君だって…守られるべき人間でしょ…?救われるべき人間でしょ…?なのに、何で…傷付いてばっかなの…?」
「…私達の知り合いの医者に見せよう。」
「…もしかして、センセー?」
「…あぁ。あいつなら、カルディアへの理解もあるし、カゲトの件も知っている。それに、姉さんの所に行くって事でもあるんだ。姉さんも守れて、こいつを効率良く回復させれる…一石二鳥って奴だ。」
「さっすがリーちゃん!頭が良いね〜!」
「…あたしは、そのままあいつの監視をします。幸い、猫の姿は見られていないので…それに、猫の姿で逃げたら狭い場所に隠れれるので…」
「…ミウちゃん、お願い…タイガ君は、私達に任せて…」
翌朝、私はタイガ君を背負った。最初はユウヤさんが背負うと言ってきたり、リーダーさんが背負うと言ってきたりしたが、二人とも怪我人ではあるので、却下した。
そして、長い時間と高い費用をかけて、私達はリーダーさんとユウヤさんの姉がいる病院…タイガ君の様子を見てくれる可能性があるお医者さんが居る病院に来た。病院の名前は…『真道病院』。
病院の中に入ると、お二人が何やら手続きをしてくれた。そして、手続きを終えると、私の方に来た。
「行くぞ。」
「行くって…診断室に?」
「違う…屋上だ。」
「…はい?」
私は今、とても間抜けな顔をしているだろう。自覚している。何で屋上なんだろう…?まぁいいか…
私達は屋上に行く。すると…三十代の、白衣を着た男性がそこには居た。
「随分とお早いリターンだね、カエデ君、ユウヤ君。今日は…お〜っと、とっても可愛いべっぴんちゃんが二人…片方めちゃくちゃ顔白いけど大丈夫?」
「話が早くて助かる。この男の子を見てくれ。」
「えぇ?お昼休憩中なのに?」
「…頼む…勤務時間になってからでもいいから…こいつを見てくれ…」
リーダーさんが珍しく、しっかりと頭を下げた。ユウヤさんも頭を下げた。私も頭を下げた。
「カエデ君が頭下げるとか…いいよ、面白いの見れたから。べっぴんお嬢ちゃん、その子、連れてきて。診断室行くから。」
「…ありがとう…」
「お礼はいいよ。俺らの仲だろ?代わりに、今度焼肉奢れ。それでチャラだ。」
「勿論だ。」
私は男の人に着いていく。私の後を追い、リーダーさんとユウヤさんも男の人に着いていく。
「そういえば、君達の名前は?おっと、俺から名乗るべきかな?俺の名前は真心伸一。ここの医者。カルディアは『スナイパー』。対象の居場所が分かる能力持ち。まぁ、それで僕にヘイトが向けられたりしたら困るから、君のボスには抽象的に教えてたんだよね。そもそも、そういう約束だったし。」
「なるほど…私の名前は魅鈴、こっちの男の子は泰我君です。」
「ミスズ君にタイガ君…よし覚えた。」
真心先生が診断室まで案内してくれ、私はその中に入る。お二方も入る。
「そこのベッドにその子寝かせて〜」
「はい…」
私はゆっくり、慎重に、ベッドの上にタイガ君を寝かせる。すると、真心先生は聴診器を付け、タイガ君の心音を聞く。そして、タイガ君の服を脱がし、包帯を取り、傷の具合を見る。
「…なるほどね…良く死ななかったね?」
「…煽りか?」
「違う違う、褒めてるの。アンファンスはカルディアを持つ事により、多少は生身でも強くなるけど…それでも、こんな傷なら、とっくに死んでてもおかしくない…本人は、生きたいのか、まだやりたい事があってそれをしたいのか…どっちにしろ、死なせないよ。俺、こう見えて医者だから。」
「…良くなるんですよね?」
私は心配しながら、恐る恐る尋ねた。すると、真心先生は私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「任せろ。俺は名医だ。」
「…センセー、それ、今の時代はセクハラって言うんだよ?」
「ユウヤ、余計な事は言うな。」
「マジで?今の時代これもセクハラかの?行きづらいね〜」




