国難
私たちはそのまま緊急閣議に出席することになった。
開始時刻は遅らせたようだ。
「最初にお伝えしておきます。この件を知るのはほんの一握りの閣僚です。そして残念ながらまだ完全な一枚岩ではありません」
「ふむ。分からなくもない」
「この件を知っているのは私を含めて5名の閣僚だけです。そしてこのことを信じているのは3名。残りの2名のうち、一人はいわば検証中で、残り一人に至っては単なる噂話だと思っています」
3対に2か。
微妙なバランスだな。
「はっきり言います。残りの2名のうち1名は見込みがありません。むしろ足を引っ張ることでしょう。この閣議で彼を罷免する予定です。その男を退場させるまでは能力の開示は控えてください」
「わかりました。でも能力の開示無しで他の皆さんは受け入れますか?」
「それは大丈夫。私たちですら知らないことをあなた方は知っている。先程教えてくれた事象の起きた場所について、詳しく話してもらえるだけで残りの4人は間違いなく味方に付きます」
「わかりました」
「これから総理官邸の閣議室に入っていただきます。そのあとは私からの質問に応える形でありのままを発言してください」
私たちは総理とともに公邸を出て官邸へと入った。
どこもテレビで見たことのある景色だ。
まさか自分がこんな場所に来ることになるなんて思いもしなかったな。
閣議室の前で家町総理が振り返る。
「嫌な思いをさせるかもしれませんがどうか少しの間だけご容赦願います」
そういうと力強くドアを開けるのだった。
閣議室には4人の大臣が並んでいた。
全員見たことがある。
これが世界を救う国務大臣か。
内閣官房長官(吉野)
防衛大臣(風間)
外務大臣(黒澤)
内閣府特命担当大臣(小城)
「お待たせして申し訳ない。この件に関わる重要な来客があったものでな。紹介しよう。まずは……」
言葉の途中で一人の男が立ち上がる。
「総理、これは国家の重要な戦略会議ですよ? なんですかいきなり! こんなわけの分からない輩を連れてくるとは!」
あー、間違いなくこいつだな。
めちゃくちゃ脳内でアラートが鳴ってる。
オレは小さな咳払いをしてから念話を送る。
(この人です。めちゃくちゃあかんアラートが鳴りまくってます)
(ナツ、総理の段取りがあるからな。絶対にキレんなよ)
(ちょ、師匠がそれ言う!?)
((二人ともだよ/ですよ))
((ぬぬ))
「小城さん、いきなりですね。まずは最後まで話を聞いてもらえませんか」
「いやその前にですよ! 彼らは単なる民間人ですよね。なんでそんな輩がこの場所にいるんですか!」
ダメだなこいつ。
「よろしいですか、総理」
そこに手を挙げて割って入ったのは風間外務大臣だ。
「風間外務大臣。もちろんだ」
咳払いをしてから立ち上がって発言する。
なんだろう。軽くアラートは鳴るがちょっと音の感じが違うな。
彼が残りの1名かな。
「小城くん、少し黙れ。総理のお話の途中だ。それに彼らは単なる民間人ではない。石川さんは日本が誇る世界最強の剣士だ。隣にいるのは有名なタレントだし、高校生二人はその石川さんをいずれ凌ぐかもしれないと言われている実力者だ。なにより最初に『この件に関する重要人物』だと説明があったぞ。総理大臣がお連れした方々にその言動はあまりに失礼だろう」
淡々と事実を告げる、とても合理的な人だな。
「ぐっ。わかりましたよ」
小城はつまらなさそうに席に着く。
「失礼しました。総理、続きをお願いします」
「ありがとう。彼らについては風間外務大臣の説明でおおよそ正しい。だが大事なのは『この件に関する重要人物である』ということだ」
ひと息ついた場面だが、さすがに今度は小城も口を挟まない。
「今朝のロシアの件について、情報を持って訪問してくれたのだよ」
全員の顔色が変わった。
「それだけではない。例の事象についても全てをご存じだとのことだ」
全員が息を飲んでいる。
「石川さん、代表して挨拶をお願いできますか?」
家町総理に問われて師匠が立ち上がる。
「まずは大事な閣議に招いていただき感謝する。家町総理の言葉通り、我々はこの一連の事象の当事者だ」
一人を除いて全員が真剣な表情で話を聞いている。
「ではひとつずつ質問をさせてもらいたい」
家町総理の言葉に、師匠が片手でストップをかけた。
「私は年長者ではあるが、この件についての真の当事者は江之島ナツだ。質問には彼が答える形でも構わないか?」
「そうなのですね。もちろんです」
師匠に促されて代わりに立ち上がる。
「では伺いたい。いまロシアでは何が起きている?」
「樺太がゾンビによる攻撃を受けています」
全員の息が止まった。
「その事象が起きたのはいつで、その理由は?」
「正確な時刻でいうなら昨夜21時、国後島で起きた事件が発端です」
地名を聞いた黒澤外務大臣の表情が変わりメモを取る。
続いて残りのメンバーも慌ててペンを取り出した。
まあ一人を除いてだけど。
「何が起きたのですか」
「異世界との部分的な交わりが起こり、ゾンビの群れが国後島を占拠していたロシアの基地に湧き出しました」
その後も淡々と質疑は続く。
「―――鎮圧したはずのゾンビ騒動が樺太で今朝勃発した理由は?」
「国後島を管理していたのは30人の小隊です。当初突然のことで対応に苦戦していた中で、上官がゾンビに噛まれていたことを秘匿したまま樺太に逃亡したのが原因です」
全員が真剣な表情で聞き入る中、ひとり我慢の利かない輩が叫ぶ。
「な、なんだって!? これはどういう茶番だ! ゾンビだと? 適当な推論を言うな!」
今度は家町総理が制止する。
「小城、黙りなさい。次はないぞ」
その威圧に怯んだ小城はまたも渋々と席につく。
こいつはさっきから何がしたいんだ?
「わかりました。ではそもそも一連のゾンビ騒動はどのエリアでいつ起きたのかご存じですか?」
「昨日の21時にソンビ騒動が起きたのは国後島のほか、青森の山中、京都駅、富士山麓の合わせて4カ所で同時発生した事象になります」
全員が立ち上がった。
「なぜそれを?」
思わず口にしたのは吉野官房長官だ。
「あ、途中に失礼しました。思わず……」
「いえ、どうお伝えするべきか。少し話は長くなりますがよろしいでしょうか」
全員が席に着き直して受け入れる姿勢を見せる中、小城だけが着席せずに叫ぶ。
「なんだこれは! こんなもの単なる情報漏洩だろうが! こんなガキの茶番に付き合う時間など私にはないぞ!」
さすがにキレそうになった時、立ち上がったのはまさかの一ノ瀬アキだった。
「失礼します。総理、発言をお許しください」
「あ、ああ構わないよ」
総理の許しを得てアキが発言する。
「小城さん。先程からあなただけが報告をまともに聞かずに論点のずれた発言をしていることをお分かりですか?」
「な、なんだと!? どういう意味だ!」
「そのままの意味です。あなただけが現実を知ろうともせず、論点のずれた文句しか言ってないんですよ。何回言わせるんですか?」
「はぁ!? 貴様! 誰にものを言ってる!」
アキが握りこぶしを作ったまま背中に手を回した。
あー、これガチギレのサインだぞ。
決して毛を出さないけど許さないってヤツ。
さよなら小城くん。
キミはもう終わりだ。
「………………」
「なんだ! 何も言い返せないのか!」
ひと息ついてアキが叫ぶ。
「だから論点をずらすなと何度言わせるんだ!!」
小城が絶句する。
「さっきからお前だけがメモすら取ってないんだよ!」
小城は腰を抜かしたのか床に尻もちをついた。
「たった今聞いた歪みが起きた場所を言えますか? 言えないですよね。なぜならあなただけが現実逃避をしてるから。現実を見るのから怖いから。だから論点がずれた邪魔しかできないんですよ。はっきり言いますよ? よくそれで国務大臣やってますね」
小城はもう何も言えない。
アキは大きく深呼吸をする。
「過去30年で2回しか起きてない事象が日本だけで夏から4回も起きてるんですよ? わかってますか? 日本が止めなきゃ世界に被害が及ぶんです!」
全員がひと言ももらすまいと話を聞いている。
「これは国難なんて言葉では収まらないからね! 世界の危機なんだ! お前に世界を救う資格なんてない!
いますぐ! ここを! 出ていけ!」
小城は尻もちをついたまま、失禁していた。
静かに家町総理が立ち上がる。
「小城さん。あなたを罷免する。出ていきなさい」
小城は泣き出すのだった。




