特別な日常
翌日、剣道部のメンバーは東京へ戻った。
オレと一ノ瀬アキは博多に居残りで、明日は朝から現地メディアの取材を受けることになっている。
今日と明日は剣道の稽古が免除される貴重な一日だ。
つまりは一ノ瀬アキとの約束の日でもある。
「なんで剣道なんですか!!」
ここは宿舎に併設されている体育館。
せっかくのオフだというのに朝から汗だくで稽古をしていることにアキはご立腹である。
「毎日稽古しないと落ち着かないんだよ」
「どんだけストイックなんですか! 三連覇した次の日くらい自分を甘やかしてもいいのに!」
「まあまあ。稽古終わったらメシおごってやるからさ」
「え! 本当に?」
「明日まではフリーだ。約束は守るよ。確かにこんな日はめったにないから楽しむことにしたよ」
「! うんうん! だったら話は別ですよ! さあ頑張りましょう!」
途端に元気になったアキとしっかり2時間、稽古で汗を流した。
宿舎に戻って一旦解散。
風呂と身支度を整えてから2時間後に集合することにした。
「ナビィ、今日はオフだからこのあとはアキと遊ぶことにした」
「デートだー♪」
「違うよ。普通に遊ぶだけだ」
「デートじゃん♪」
「え? 後輩と遊ぶだけだぞ?」
「男女が二人きりで遊ぶのはそれはもうデートだよ♪」
確かに言われてみればそうとも取れるのか。
いかん、なんか緊張してきたぞ。
「なあ。なんにもプラン考えてないんだけど」
「ええー、それはアキちゃんかわいそうだよ♪」
「いやでもランチ行くってだけだし」
「何言ってんの。そのあとが本番でしょうが。最後にディナーよ♪」
「いや、夜は宿舎で監督と連盟の人たちとごはんを食べなきゃいけないから」
「なんそれ。若者の夏をなんだと思ってんのよ。監督、気が利かないわね♪」
「いや剣道部の顧問としての仕事だろ」
「アキちゃんきっと今頃洋服とかメイクとか頑張ってるよー♪」
「え、そうなの?」
「ちゃんと喜ばせてあけなさい♪」
デートって言われてもなあ。
博多なんて試合にしか来ないしなんにもわからんぞ。
てか、デートしたことねえし。
慌てて携帯でリサーチをしてみる。
えっと。
「博多」「高校生」……「デート」かな。
ズラリと提案が並ぶ。
こんなもんわからねえ!
とりあえずは天神なのかな。
行けばなんとかなるだろ。
いくつか気になった店をブックマークして待ち合わせの宿舎のロビーへ向かう。
なんかいる。
天使みたいなのが。
嘘でしょ。
ほとんどが剣道着、たまにジャージ。
学校では制服だし。
私服のアキってこんなに天使なのかよ!
白のワンピースを着てるだけだけど……ガチ天使だぞ。
あまりのかわいさに呆然としたあとで我に返る。
やべえオレ、ジャージなんすけど。
「……お待たせしました」
「ど、どうかな」
「……いや」
「変かな」
「んなわけ。と、とてもあの。とてもきれいで驚きました」
「えへへ。うれしいなあ」
「ちょっとオレ着替えてきます」
「え、いいよいいよ! ナツ先輩はジャージだって思ってたし、あれ? あれ? なんでタメ口なんだろ。ナツ先輩が敬語だし!」
お互いにテンパりすぎである。
「わ、私がジャージに着替えてきます!」
「え、そんなもったいない! せっかく天使なのに!」
「え!」
「うわ! 何言ってんだよオレ」
もうめちゃくちゃである。
「と、とにかく。ちょっと待っててくれ。バランス取ってくるから!」
慌てて部屋に戻る。
「おいどうすんだよナビィ!」
「ほらねー♪ アキちゃん頑張ってきたでしょ♪」
「オレ制服とジャージしかねえよ」
「ならなんで戻ってきたし」
「なんとなく」
「まあクリエイトだろうね♪」
「それーーーっ!」
スマホで目についたシンプルなコーデをそのままパクった。
ブラックデニムに白Tに黒シャツ。
ん? おお、ハイブランドじゃねえか。
そこまて再現してくれるのはありがたい。
待たせないようにダッシュで着替えてロビーに戻る。
「ご、ごめん! お待たせ」
「うわー! ナツ先輩素敵です!」
「いや全然バランス取れてないけど今日のところはこれで許してくれ」
「そんな! かっこいいです。うれしいなあ」
ダメだ。かわいすぎて直視できん。
並んで歩いてバス停へ。
歩いてるだけで嬉しいぞ。
バスを待ちながらこのあとのことを相談する。
「あのさ、実はオレ女の子と二人で出かけるの初めてでさ」
「!」
「最初に言っておくけど、あんま慣れてないから上手にエスコートできないと思う」
「……うれしい」
「ん?」
「は、初めてのデートだ!」
「へ?」
「ナツ先輩の初めてをゲットしてしまった!!」
「なんだよそれ」
「わ、私も男の人と二人で出かけるのは初めだから!」
「なんだ、そうなんだな」
「初めてのお揃いです!」
めちゃくちゃ嬉しそうに飛び跳ねて歩いているぞ。
あ、くるくる回った。
これ、マジで……なくはないのか?
いやいやいや。
こんな美人がまさかだろ。
この子はみんなに等しく優しいんだよ。
危ねえ危ねえ。
気楽にいこうぜオレ!
大事なこの関係を大切にしなければ。
「ということで。店ももちろん全然知らない」
「それは私もです」
「とりあえず天神にいけばなんとかなるっぽいのは調べたからそこ行くぞ」
「はい」
「いくつかピックアップしたから行ってみて入れる店でって感じでいいかな」
「もちろんです」
やってきたバスに並んで座る。
はあ。マジでうれしいっす。
このまま時間が止まればいいのにと思ったけど、止められるな。
グレーに固まったアキを見ていても仕方ないからやらないけどさ。
やがてバスは天神に到着した。
平日だが夏休みとあってなかなかの賑わいだ。
剣道会場とは違い、普通の街なかでそこまでオレたちの顔が知れてるわけではない。
ちょっとアキがかわいすぎて目を引くのでたまに「あれっ?」って顔をされることもあるが、騒ぎにならないから大丈夫だな。
王龍旗も終わってるし、剣道関係者もマスコミもいないだろう。
安心して……で、デートできそうだ。
と思っていたのはその時まで。
世界の救世主にはお約束が待ち受けていたのであった。




