7 接触
フィールディング公爵邸では、ソフィアとアルバートの婚約を祝うパーティーが行われていた。
ホスト側として招待客達に挨拶し、婚約の発表を行うと、次から次に貴族達が祝いの言葉を述べにやってくる。
一通り終えてからダンスを終える。
その後も同じような会話を貴族達と繰り返すが、最終的に同年代の貴族達が集まっているところへとソフィアとアルバートは向かった。
フィールディング公爵家の家臣貴族や、親類達、周辺領地の貴族令息令嬢が集まっていて、見知った顔ばかりだ。
ソフィアにとって、父や母と同じ年齢の人たちに気を使って話をするよりも幾分気持ちが楽だった。
「ご婚約、おめでとう。ソフィア様、まさかアルバート様ととは想像していなかったけれどすっごくお似合いだと思うわ」
ソフィアの友人であるアイリーンは、とても嬉しそうにソフィアとアルバートに祝いの言葉を述べる。
「とっても素敵です。アルバート様はとてもお優しいですからソフィア様のことをとても大切にしてくれそうです」
アイリーンの隣に居るロレッタもそうしてソフィア達の婚約を祝う。
ロレッタともソフィアは昔からの友人だ。彼女も屈託のない笑みを浮かべていてソフィアの婚約を喜んでくれている。
「ありがとうございますわ。アイリーン、ロレッタ。わたくしも……少しだけ戸惑う部分もあるけれど、お兄様が受け入れてくれて嬉しいのは事実です」
「今日はたくさんの人に褒められてばかりで、照れてしまうな。嬉しい言葉をありがとう。アイリーン嬢、ロレッタ嬢」
「皆それほどアルバート様のことを評価していて、公爵家の未来が明るいことが嬉しいのだと思うわ」
「お父様もお母様も、アルバート様なら安心だって言っていましたから」
ソフィアの言葉にアルバートが続いてお礼を言う。
そしてたしかにいかにお祝いの席でも、褒められすぎなくらいアルバートは多くの貴族から期待や信頼の声をもらっていた。
今までは、ソフィアの若干不安な婚約者セドリックを気遣って、アルバートをおおっぴらに持ち上げることは多くなかったが、今は彼がこの公爵家のソフィアと並んでトップに立つ。
そうなれば自然と今まで言わずにいた彼に対する賞賛が惜しみなく言葉にされる。
アルバートは恥ずかしそうにしているけれど、ソフィアはとても自慢げな気持ちだった。
そうなのだ、ソフィアの兄はすごく優しい。そしてすごく有能、それでいてソフィアのそばに居てくれる。
養子だろうとなんだろうと、彼はソフィアの家族だ。
家のためにたくさん勉強して、すでにたくさんの仕事をこなしている兄はすごい。
「開幕のダンスも息ぴったりでお二人の長年の積み重ねを感じて素敵で……」
「つい目を奪われてしまいましたよね」
「そうなのよ。私もいつか婚約者とこんなふうに……なんて」
アイリーンは切なそうな顔をしてなんだか物憂げな様子だ。
兄と密着するダンスについてはしばらく難儀していたが、どうにか邪念を振り払って練習した甲斐があった。
それにやっぱりアルバートはエスコートがうまい。ソフィアは足運びに集中してきちんと身を任せることさえできれば自然とうまく出来る。
「しっかり練習すれば大丈夫。アイリーン。きっとあなたとあなたの婚約者とも」
「そう言ってもらえると頑張れる気がする」
「そのいきね」
そうして短く会話を終えると、今度はアルバートの友人が声をかけて、軽く会話をする。
大方、お祝いを言いたい人たちが途切れると、アルバートと目を合わせて少しくたびれたと苦笑だけで伝える。
アルバートは「もう一息」といってソフィアの肩をぽんとたたく。
前向きな彼の姿勢にソフィアも引っ張られて、父の元へと戻ろうかと考えていると「ソフィア」と聞き慣れた声がソフィアのことを呼んだ。
ぱっと視線を向けると、一人きりでセドリックがこちらを窺うような笑みを浮かべていた。
「久しぶりだな。前回、君に会ったのは……ああ、君の”気遣い”でパトリシアが暴走したとき、以来だったか?」
心苦しいみたいな笑みを浮かべながら問い掛けてくる彼の様子は、婚約していた時に約束をすっぽかしたことを謝る雰囲気によく似ている。
それに、言い方からして、遠回しにソフィアのことを責めているみたいに感じた。
(ということは、つまり。未だにこの人、わたくしがわざとやったことに気が付いていないのね)
「ええ、あのときはごめんなさいね」
「ああ、いや。良いんだ、別にあのときからパトリシアはより一層不安定になったが、今日はそんなことを言いに来たんじゃないんだ。婚約おめでとう」
「ありがとうございますわ」
「ありがとう、アストン伯爵子息殿」
祝いの言葉に、アルバートも隣から穏やかな笑みでお礼を言うが、呼び方は以前と違って明らかに他人行儀だった。
しかしそんなアルバートにまったく興味を示さずに、アルバートはずいっと一歩近づいて、ソフィアを見下ろす。
「本当に、気にしてないんだ。俺はな。でも君は気にしてるだろうと思って」
「たしかに、少し気になってはいるけれど」
その後、彼らがどう過ごしているのか多少興味はある。
そういう意味の言葉だったが、彼は罪悪感でソフィアが気にしているという意味に取って「そおだろ?」と若干嬉しそうに言った。
「だから、少し機会をくれてやろうと思ってな」
「……」
「なに、俺たちの仲を戻すために情報が欲しいんだ。今度こそ言っておくがパトリシアには秘密で」
「……何が知りたいんですの」
少し声を潜めて彼は言う、もったいつけたその様子にソフィアは、抑揚のない静かな声で言った。
「……なんてこと無い、パトリシアは両親に呼び出されて、月に一度は実家に帰る。療養もかねてと言っているが、どんなふうに過ごしているか、バグウェル伯爵に少し聞いてもらえればいい」
「……」
「休暇の過ごし方を知って、交流を深めたいだけなんだ。協力してくれるだろ? ソフィア」
「私としては自分で聞くのが、一番交流を深める近い道であると思うけれど?」
ソフィアが答える前に、隣からアルバートが答えた。
ぱっと彼を見ると、変わらず優しい笑みを浮かべている。
「私だったらそうすると思う。ただ周りから情報を聞くだけでなく、本人がどんなふうに感じながら過ごしていて、どういう言葉を選ぶかというのも大きな情報になるから」
アルバートの正論は至極真っ当なアドバイスだ。
しかしセドリックは怪訝そうな顔をして、「俺はソフィアと話しているんだ」とアルバートのことを軽くあしらった。
「なら、私は婚約者として、ソフィアが元婚約者と交流を持つことが我慢できないかな。大変申し訳ないけれど、嫉妬深くて器の狭い男だから」
「……じょ、冗談はやめてくれ」
「冗談ではないよ」
そうしてアルバートはソフィアの手を取って自分の方へと引き寄せた。
導かれるままにそっと彼の胸にピタリと体を合わせて、肩を抱かれて、ソフィアは思わず肩をすくめてしまう。
せっかく、邪念を振り払ったというのに、こんなに体が触れたら意識してしまう。
「お、お兄様ったら」
周りにいた同世代の貴族達は色めきだって、注目が集まるとアルバートはそれを避けるように離れていく。
「ごめんね。ソフィア。行こうか」
「ええ」
そうして無事、婚約発表のパーティーを終えたのだった。




