6 決意
「いや、金が出せないってどういうことだよ、この大事な時に! 俺がこのままでもいいのかよ」
セドリックは、足を小刻みに上下にタムタムタムと動かして、いらだちながら両親に言った。
アストン伯爵である父とアストン伯爵夫人の母は、今までセドリックのことをあんなにかわいがって育てて、どんなことにも惜しみなく金銭の支払いをしてきたのにこの大事な時に渋る様子を見せる。
父と母は、微妙な顔でお互いを見やってそれからセドリックへと視線を向ける。
「たしかに、このままで良いとは感じないが……」
「そうですわね。パトリシアさんはあなたの仕事の妨げにもなっているし……」
セドリックの言葉を肯定するようなことを言うくせに、彼らはセドリックに協力するとは言わない。
息子がこんなに困っていて、必死になっているというのに、どうしてこうも薄情なことができるんだろうか。
「それなら、俺のためを思って金を出してくれれば良いだろ! あの女は頭がおかしいんだ。情緒不安定でどこでも泣き出すし、でも顔ばかりいいもんだからすぐ皆外面に騙される」
「……」
「……」
「あんな女に一生、俺自身も俺の稼ぎも食い物にされて生きるなんて考えられない。一緒に住んであいつのこと見てるんだからわかるだろ!」
セドリックに取ってどんなに、現状が酷いものか彼らもわかっているはずだ。
これは金で解決できるのなら安い問題だと言って良い。
パトリシアはこの伯爵家の負担でしかない。
そんなことは両親だってわかっているはずだ。
それなのにだんまりを決め込むだけ。
セドリックがうまくやって、アストン伯爵家のためにもパトリシアを追い出そうとしているのに、金を惜しんで協力しない。
それが土地を持つ領主一族のやることか。
まったくもって父も母もダメな統治者だ。
「伯爵家の負担にしかならない、今は俺だけが被害に遭っててもいずれ家族みんな、弟だって苦しむことになる」
「……」
「……」
「その前に俺は手を打とうとしてるんじゃないか、たかが金貨の数百枚、惜しくないはずだろ?」
母は視線をそらし、父は眉間にシワを寄せて口を引き結んでいる。
「もっとよく考えてくれよ、俺のことだってもっとしっかり、両親なんだから」
セドリックが説教するみたいな口調で続けてそう言うと、父はやっと口を開いた。
その瞳は今までの息子への思いやりがこもった父親としての瞳じゃない。
ただの成人した男に向ける覚めた目だった。
「そもそも、あの人を愛して引き込んだのはお前じゃないか、セドリック」
「……」
「ええ、こんなこと言いたくないけれど、パトリシアさんを選んだのはあなたですわ。……わたくしたちもソフィア様とのことがあるしと何度もいさめたのに」
「……」
「自分で選んだはずだろう、その責任を私たちに押しつけるのは……お門違いじゃないか?」
二人がやっと言ったのは、セドリックの責任だろうという言葉で、セドリックはカッと頭に血が上る。
別に、セドリックはただ病弱な女の子に優しくしてあげただけなのに、その優しさを彼らは否定する。
人の親ともあろう人間が。
これは明らかに人としておかしい。
こんな薄情で、こんな優しさのかけらもない人間だったなんて驚きだ。
「もうやめましょう。セドリック、姑息な手段を使ったって、あなたの人生がうまくいく保証なんかないのよ」
「そうだ、セドリック、それよりも向き合うことを考えるべきだ。親としてそういう努力ならいくらでも協力する」
父は黙ったセドリックを慰めるように笑みを浮かべた。
何が親としてだ、何を言っているんだこいつらは。
「…………黙れよ。それで俺の人生はどうなる。なにが諦めろだ、簡単に言いやがって……」
ぼそぼそとセドリックはしゃべった。
セドリックの人生はこんなはずじゃない、あんな女に振り回されて終わる一生な訳がない。
だって今までうまくいっていただろう。
間違っていたはずがない、皆と同じく普通にただ病弱な女に優しくしてやっただけじゃないか。
「もういい、勝手にしろ」
言うだけ言って、セドリックは席を立ち上がって、部屋を出る。
背後から両親が何度も何度も、声をかけてきたが、セドリックは無視して自分の部屋へと戻った。
しかし、戻った途端に部屋にノックの音が響いて、入室を許可すると侍女が告げる。
「奥様が胸が苦しいとのことでお呼びです」
「っ、」
これを放置すると部屋までやってきて、またギャアギャアとわめき散らす時間が始まってしまう。
行ってやらなくてはいけないことに腹が立って机を拳で殴りつけた。疲れといらだちで涙が出そうなぐらいだった。
両親にも失望して心が死にそうだった。
「ックソ!! クソ……絶対に、離婚してやる。バグウェル伯爵家に突っ返してやる。あんな女」
つぶやいて、拳をギリギリと握りしめた。
セドリックの優しさにつけ込んで、バグウェル伯爵家はパトリシアをセドリックになすりつけたのだ。
バグウェル伯爵家を雇っているフィールディング公爵家も同罪だ。
ソフィアから話を聞いて、そうしてしまおうと企んだんだ。
それにソフィアの方にだって問題があっただろう。
セドリックが恥を忍んで、苦しみを打ち明けたというのに、あの馬鹿はパトリシアを呼びつけていてさらにパトリシアの態度が酷くなった。
あんなことをして、どうなるかもわからないなんて間抜けが過ぎるだろう。
あり得ない。
(あの馬鹿め……ああでも……そうだ。あんなに間抜けなのだから利用できる)
ソフィアは脳天気で約束を放棄しても謝罪一つで許せるようなお人好しでおまけに馬鹿。
ならセドリックはうまく利用して、あの獣を彼らに押しつけ返すことができる。
その時にはパトリシアにソフィアの悪口でも吹き込んでおこう。
そうすればパトリシアは有り余るバイタリティーでソフィアを攻撃するに違いない。
(そうだ、それが正しい未来だろ。俺の人生を最悪にした二人の女はまとめて地獄に落とせば良い! 少なくともソフィアにだって俺がパトリシアと結婚させられそうなときに、止めなかったっていう罪があるんだから)
そう目的を持つとセドリックはやっと方向性を見つけられて、この最悪な人生に希望が見えてきた。
狂わされた自分の人生の幸福を取り戻すために戦うことを決意した。




