5 異性 短編読んだ方はこちらから続きです。
アルバートと婚約したが、ソフィアの日常は大きく変わらなかった。
今までも兄姉として、過ごしてきたのだ。
今更、婚約者という属性が付与されたところでたいした変化はなく、今まで通り彼と過ごしていく。
変わるところと言えば、アルバートがソフィアに嬉しい言葉をくれること、それをゆっくりと受け入れられるようになるだけそう思っている。
ダンスの練習も今まで通り、アルバートが付き合ってくれる。
セドリックと婚約していた時でも、彼がすっぽかした時にアルバートが代わりを務めていたので、その時に恥をかかないためにも習慣になっていた。
優しいワルツの音色が音楽を鳴らす魔法具から流れる。
昼間の明るい日差しが差し込む小さなホールでアルバートとソフィアの二人きり。
音楽に合わせて体を揺らして、チラリと兄の方を見やると彼はいつも通り穏やかな表情でそつなくリードをこなしている。
「……」
「……」
それは、どこからどう見てもいつも通りの兄であり、慣れ親しんだ光景だ。
しかし、なにか違う。
兄のさらりとした癖のない金髪、深い泉のような濃いブルーの瞳。顔つきは父とも母ともまったく違って、もちろんソフィアとも違う。
彫刻のように整った鼻筋に、薄く引き締まった唇。男性らしい骨格のたしかさを感じさせながらも穏やかな気品があって、つい目が離せない。
婚約の話があがる前だって、当たり前にこの距離に居て普通にダンスぐらいしていた。
その上でソフィアはダンスのできばえにしか注目していなかったのに今はアルバートから目を離せないなんてどうしてしまったのだろう。
「…………なんだか、視線を感じるけど」
言いながらアルバートはチラリとソフィアを見て、目が合ってしまわないようにソフィアはぱっと視線を外して前を向く。
「顔に何かついてる?」
「い、いいえ」
「じゃあ、どうかした?」
彼のリードに合わせてステップを踏む。
運動量に見合わない心臓の音が鳴り響く。
少し熱い。そんな季節でもないのに。
「なんでもありません」
「そうかな」
「ええ、全然、まったく」
アルバートは腑に落ちない様子ながらも、なんだか楽しそうに吐息だけでクスクス笑って、その様子をソフィアはチラリと盗み見た。
目が合うと、瞳はゆっくりと細められて「やっぱり見てる」と彼は揶揄うみたいに言った。
ドキリとして、ソフィアはステップを間違えた。
(あ、このままではお兄様の足を踏んでしまう)
とっさにそう思って躊躇するとふらついて、転倒に備えて身を固くしてぎゅっと目をつむった。
「わっ、と」
けれどすぐに抱き留められてソフィアははっと目を見開く。
今までアルバートの体というものを、そういうものだというふうにしか認識していなかった。
彼の体がどう、ではなく男性というのは大体こういうもので、女性と並ぶと自然と体格が良く見えるだけ、だからダンスでリードしてもらうとだけ思っていた。
しかしぎゅっと抱かれて力強い胸板も、重心のしっかりした動きも、支えてくれる手も大きく厚みがある、男性らしいたくましさみたいなものを、今更強く感じる。
「っ……」
「危なかった」
アルバートは焦って、それからほっとして表情を崩す。砕けた笑みは優しいものだけれど、かっこいい。
そうだ、つまり兄は男の人としてかっこいい。
「あ、ありがとうございますわ。お兄様」
「うん。あ、でも、ダメだよ、ソフィア。なんだか別のことを考えてただろ。集中してないのは危ないし」
「それは、わかっていますわ……」
「考え事?」
「ええ」
「……今日はもう切り上げにしようか」
アルバートはそれ以上ソフィアを問い詰めない。
無理に話を聞き出したりしない、でも話したいときには大体きちんと話を聞いてくれる。
少しかがんでソフィアの高さに目線を合わせながら、兄らしく妹の頭をぽんとなでた。
「話したくなったら話して」
「……お、お兄様が」
「ん、私が?」
「ええ……お、お兄様が」
「……」
「お兄様……」
「ええと、うん」
アルバートの優しさに、ソフィアは答えようとして、途中まで言葉を紡ぐ。
しかし羞恥心が勝ってそれ以上の言葉が出てこない。
(だって、婚約したからって急にかっこよく見えて見とれていただなんてそんな話があるかしら。そんなの……そんなのって、はしたないと思われるかもしれないでしょう!?)
言おうとすればするほど、言葉が出てこなくてソフィアは困り果てて、顔を赤くして「っ~」ともだえた。
そんな様子をアルバートは見ていて、なんだかわからないが、すごくかわいいと思った。
頬がリンゴのように赤くなっていて、ソフィアのふわっとした銀髪が先ほど抱き留めたせいで少しドレスにかかって乱れているので、そっと直してやる。
ソフィアは、困り果ててこちらをチラリと見つめてくる。
彼女のサファイア色の瞳は何かを訴えているが言葉にしてくれないのでわからない。
胸元で小さく拳を握って、「お兄様」と小さな声でアルバートを呼ぶ。
言いたいけれど言えないようなことなのだろうか。
わからないけれど、彼女の呼びかけには返事をして、ワルツの音色を聞きながらそばに居たのだった。




