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【連載版】病弱幼なじみには「俺がいないとダメなんだ」なら、一生背負わせてあげましょう。  作者: ぽんぽこ狸


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3/9

3 お似合い




 後日、家同士の重要な話し合いの場が設けられて、その場にセドリックはやってきたけれど、すでに手遅れだった。


 セドリックの今までの行動を記録として残しているので、それを元に皆がセドリックのパトリシアのことを思う気持ちに寄り添う形で、婚約破棄と新しい結婚まで話がスムーズに進んだ。


 話し合いの席にはバグウェル伯爵、伯爵夫人、パトリシアまでも登場し、セドリックの想いに感動して涙を流す。


 その状況で、セドリックは震えながら書類にサインした。


 彼に対して、ソフィアは最後に微笑んで「良かったですね。気持ちが実って」と優しく言ってやったのだった。



 数ヶ月後、ソフィアの新しい婚約者の選定が行われている中、セドリックがやってきた。


 突然のできごとではなくきちんと予定を立ててのことだったので、ソフィアは彼を予定していた応接室に通して、ソファーに座って向き合った。


 彼は以前と違って、すさんだ様子で、酷い目つきになっている。


 なぜか頬にひっかき傷がついていて、猫でも飼い始めたのかとソフィアは疑問に思ったがすぐに、別の答えにたどり着いた。


「久しぶりだな、ソフィア。っ、なんだろうこうして君に会うと妙に感動してしまって……」


 目元を抑えてうつむく彼は、ソフィアとの久しぶりの再会に感動するほど喜んでいるらしい。


 その時点で、予定通りに侍女が応接室の扉をそっと開けた。


 ソフィアは少し考えてから、セドリックの言葉を引き出すためにためらいがちな言葉を紡いだ。


「感動するほどとは……どうしたのかしら。あなたは心底想っている相手と結ばれて、実家を補佐する立場としてパトリシアとともに幸せな結婚生活を送っているはずでしょう?」

「っ、……」

「なにか、あったの?」


 心配している体を装って、ソフィアは問い掛けた。


 もちろんそんな気持ちは毛頭ないし、彼とやっと縁が切れた日には寂しさは消え失せ、すがすがしい風が吹いたように感じたぐらいだ。


 しかしそんなことはおくびにも出さない。


 ソフィアはただ、望まぬ結婚をさせられそうなセドリックとパトリシアを思って二人の結婚を提案し、幸せを願っている。


 そんな非の打ち所が無い善人の座から降りるつもりなどこれっぽっちもない。


「ソフィア……俺は、すまない。本当にすまない。君が俺のことを思ってパトリシアと結婚させてくれたというのに、これ以上君に甘えてはいけないと言うのに、それでもっ……聞いてくれソフィア」

「ええ」

「あの女は獣だ!」

「獣?」

「ああそうだ! 気に食わないことがあれば暴れ回って、呼びつけて、自分が死んでもいいのかと脅して、見ろ! この傷だって、パトリシアを落ち着かせようとして引っかかれたんだ!」


 そうしてセドリックは自分の頬の傷に触れる。


 ちなみにパトリシアは、家族以外にそういったことをしないので、被害に遭うのは家族だけであるというのはバグウェル伯爵からの情報である。


「毎日、毎日、毎日、毎日、不安になっただの、体調が悪くなっただのと呼びつけられて、話し相手にさせられて、うんざりして遊びに出ても、あいつ病弱なくせに必ず来るんだよ!!」

「……」

「意味わかんないだろ、あんなに結婚する前は控えめでしとやかだったじゃないかよ! 何がもっと優しく、もっと大切に、だ! ふざけんなっ、顔が良ければなんでも許されると思ってんのかよ!」

「……」

「中身が腐ってれば顔なんてゴミみたいなものにしか見えないんだって! それに全部俺のせいにする、あいつ社交の場で堂々と倒れて俺が全部悪いとか叫び出すんだぞ! ふざけんなっふざけんなっ!!」


 セドリックは語り出すともう止まらなかった。


 つばを飛ばしながら、拳を握って顔を赤くして文句を吐き出す。


 ソフィアと婚約していたときの優しい男の仮面はどこへやら。


 もうここには、病弱な妻を罵る鬼のような顔をした夫しかいないのである。


「っ~、…………もう最悪なんだ、ソフィア」

「大変ですわね」

「ああっ、ああ!」

「……」

「でも君は、違った。だろ? あんな女にかまけてる俺のことをずっと待って、ずっと優しく、理不尽に暴れたり文句も言ったりしなかった。パトリシアには、負けるがソフィア」


 彼はふっと体の力を抜いて、それから目を細めてソフィアに手を差し伸べた。


「君も十分に美しい。俺は一時の幻影のような感情に騙されて君をないがしろにしてしまった。でも君は俺のことを考えて身を引いてくれる様な女性だ」

「……」

「本当に誰を愛するべきか、わかったんだ。ソフィア。君のことを――」


 言いかけたセドリックに向かって、これまた顔を真っ赤にして怒れる女性が突っ込んでくる。


 ソフィアはそっと両耳を手で押さえて「あらまあ」と困ったような声を出した。


「浮気者ぉぉぉおおおおお!!!!!!」

「ぎゃ」


 それは耳を塞いでいても通り抜けてつんざくような声で、パトリシアは涙をボロボロ流しながらかぶりを振って髪を振り乱す。


 全身全霊での叫びはとても迫力があった。


 (…………すさまじいわね)


 突然の叫び声に、セドリックは振り向き、パニックに驚いてろくに言葉も出ない。


「っおま、お前!! おまっ」

「浮気者浮気者浮気者浮気、私が病弱だから! 私がこんなだから! 嫌になったのね、それもこれも病のせいなのに、そんなこともっ! わからないで!!」


 セドリックが驚きを処理する前に、パトリシアは詰め寄ってまくし立てる。


 早口に、ヒステリックに、セドリックが口を挟む余地を与えない。


「結婚までしておいて、私を放置するのね、こんなに苦しんでいるのに、こんなにか弱いのにっ!」

「っ、もう、もうやめてくれっ」

「やめてほしいのは私の方なのにっ、ああ、苦しい、もうこんなに苦しいならいっそ死んでしまいたいぐらいっ」

「なんで、なんでお前ここにっ」

「病気の私のことを放っておいて、他の女を口説いて、私のこと殺そうとしてるんでしょ? 最低じゃない、あり得ない、愛していると言ったのに嘘だったの?」

「ちが、違うだろ、別にそこまで」


 セドリックがパトリシアの腕をつかんで、ぐいと自分から引き離そうとすると、パトリシアは大げさにふらついて、崩れ落ちる。


「っ、ああ、あああっ、酷い! 暴力で黙らせようとした! 私を暴力で言うこと聞かせようとした!!」

「っち、違う。お、落ち着けよ」

「酷い!! 許せないっ」


 そうしてパトリシアはセドリックの肩をがしっとつかんで、ガクガクと揺らして「なんで暴力なんてふるうのぉぉ!!」と涙をまき散らしながら怒る。


 彼女の病弱を、実はソフィアは嘘だと思っている。


 幼い頃病気がちだったというのは本当だったのかもしれないが、こうしてあらぶっている姿を見る限り、普通の女性である。


 そして……。


「パトリシア」

「っ、」


 ソフィアが呼ぶと彼女はぱっとこちらを向いて、すぐにセドリックのことを離して涙を拭う。


 セドリックは手を離されて、ハッとする。


 止めるようにパトリシアのことを呼んでくれたソフィアに希望を見いだして「ソフィア……」と短く呼びかけた。


「も、申し訳ありません……ソフィア様、私、とてもショックで」

「いいえ」

「すぐに、去りますわ。今日は呼んでくれてありがとうございます」

「まぁ、ごめんなさいね。わたくし、二人の仲を深める手伝いをできたらと思って呼んだのだけれど」


 ソフィアがそう言うと、話を聞いていたセドリックはぽかんとして、やっとソフィアがパトリシアを呼んだからここにいるのだと悟った。


 唯一の希望だと思っていたソフィアが、意図はわからないがセドリックを地獄に追い詰めるのに加担している。


 それを知って、手を震わせて、セドリックは両手で顔を覆ってうつむいた。


「大丈夫です、むしろ本音が知れて、良かった」

 

 パトリシアは、少し微笑んで胸に手を当てて言った。


 それだけで絵になるほど彼女は美しい。


 苛烈ですさまじいことになるのは、身内にだけ、決して彼女は間違えない。


 致命的な間違いは起こさない。


 それってセドリックととてもよく似た特徴だ。


 セドリックがソフィアと婚約していた時には、パトリシアはただ彼をもてはやして素直に接して気持ちよくさせるために利用されていた。


 そして今は、もう逃げられないセドリックを自分の激情のはけ口にするために使っている。


 利用し合っているだけのお互いのことなどまったく考えていない関係だ。


 彼らが幸せに暮らせる日など来ないだろうが、それでもソフィアは彼らの幸せを願っているフリをする。


 そしてセドリックから連絡が来たらパトリシアに裏を取って、本音を聞く機会にしたらどうかと、応接室の前に案内するのである。


「なんで……なんでこんなことに」


 セドリックは去り際に小さくつぶやいた。がっくりとうなだれて、自分のいるべき場所へと帰って行く。


 セドリックはこれからも、パトリシアとどうにか付き合っていくしない。


 なんせ、パトリシアには『セドリックがいないとダメ』なんだから。




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