2 食事会
当日、フィールディング公爵邸の食事会でソフィアの隣に並んで挨拶していたのは兄のアルバートだった。
彼はいつも通り気にせず、直前になって当日キャンセルしたセドリックに変わってソフィアの隣にいてくれる。
いつもそうだった、エスコートしてくれる相手がいない状況で社交界に出られないと、いつもこうしてアルバートが相手になってくれる。
食事会の参加者達を出迎えて、ダイニングホールに移動する間にソフィアは兄をチラリと見上げた。
すると彼もソフィアのことを見つめていてパチリと目が合った。
アルバートはおや? と片方の眉を上げて気が付いて、それから砕けた笑みを見せる。
「今日はきまってるだろう? 妹の晴れ舞台とあって、従者には一層気合いを入れて着飾ってもらったんだ」
「……ええ、素敵ですわ。お兄様」
「ありがとう。ただ、どうしても君の華やかさには負けるかな、ソフィア。今日もまた一段とかわいらしい……成人して大人になったからだろうね」
「ふふっ、何を言ってるんですの。昨日と大差ないでしょう?」
「いいや、君は日々美しくなってる。私が保証するよ」
ジョークを言う兄にソフィアは重い気持ちながらも、つい自然と笑みがこぼれてしまう。
こうしていつもアルバートはソフィアのことを笑わせてくれる。
だから彼のことが好きだ。けれど、それでいつもは気を紛らわせていたけれど今日ばかりはそうもいかない。
嬉しいのと同時に、この場にセドリックがいないことが少し切ないのだ。
短くない付き合いだった。
もちろんソフィアの気持ちに揺れはないが、今まで深い関係だった人がいなくなるというのはもの悲しくもなる。
「……でもお兄様が美しいと言ってくれるわたくしでも、あの人は今日もわたくしの元にいない」
「例のバグウェル伯爵令嬢のところだったかな」
「ええそう。パトリシアのところ……セドリックはね、たしかに家名に泥を塗るようなことはしないのよ」
「うん」
「でもね、わたくしが心情的に大切にする部分はないがしろにするのよ。今日のようにね」
「ソフィア、私は――」
ソフィアはいいながら少し笑った。
アルバートにはそれが強がりの笑みに見えたのかすぐに慰めようと口を開いた。
しかし彼の言葉にかぶせるように続けて言った。
「だからね、わかっていたから……面白いことを考えましたの」
「面白いこと?」
「ええ。以前からきちんと父にも母にも、セドリックの両親であるアストン伯爵夫妻にもお声をかけておきましたわ。さぁ、行きましょう。お兄様」
「あ、ああ」
そうして兄を連れ添って、ソフィアはダイニングホールへと足を踏み入れたのだった。
食事会が終わり参加者が帰っていくと、ソフィアの両親であるフィールディング公爵夫妻と、アストン伯爵夫妻それから、ソフィアとアルバートだけが応接室へと移動した。
重たい空気の中で、フィールディング公爵が切り出した。
「アストン伯爵、伯爵夫人、今日の件でよくわかった。娘の成人という節目の日にも現れず、子息は別の女性の元にいる。これからについて話し合う大切な場であると言うことは伝えてあるはずだ」
「は、はぁ、もちろんでございます。息子からもソフィア様からそのように伺い当日は出席する、とあれほど」
「ええ、そうですわ。なんと申し開きしたらいいのか」
アストン伯爵夫妻は、顔を青くして汗を掻いて早口でとても申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
それを父が一蹴する。
「申し開きなどいらぬ。以前より、娘からはアストン伯爵子息には心に決めた相手がいるのではないか、この結婚はお互いに不幸しか生まないのではと進言があったのだ」
「は、はいっ」
「ええ」
「娘との結婚をただの親の押しつけた苦悩だと思っているのならば、考え直すことを決めていた。答えはもう出た。良いな、ソフィアも、苦い思いをさせてすまない」
「いいえ、お父様」
父は、ソフィアのことを見つめて、きちんと謝罪をしたが、彼が悪いとはソフィアは思っていない。
それに、少しばかりソフィアも意地悪をしたのである。
意地悪というか、ソフィアをないがしろにしながらも決定的な間違いを起こさないセドリックを追い詰める手を打ったのだ。
今回の食事会は、行かなければ重要な話し合いを逃す場としてではなく、ソフィアのただの誕生日と認識させるために自分から話をした。
もちろんセドリックが考えを改めて、約束を破らないなら彼にはチャンスがあった。
しかしこの場に来なかった。
そうしてセドリックの答えは今この場にいる全員に察された。彼には心に決めた相手がいる。病弱なあの子だろう、と。
ただし、その答えは間違いだ。
「誰も悪くありませんわ。お父様、ただ少し気持ちの掛け違いがあっただけ」
「うむ。そうだな」
セドリックは、あれでいて割と現実が見えているのだ。
けなげでかわいげがあって、自己肯定感を慰めてくれる明らかに格下の女の元に通ってかわいそうだからと言い訳をしていろいろなものを満たす。
でも本当に大事な場面では、自分の将来の地位を逃さない様に動いている。
「俺がいないとダメなんだ」と言いながら、自分は、病気で跡取りでもなんでも無い伯爵家の女を背負い込むつもりなどどこにもない。
たまに足を運んで、楽しい交流をするだけなら良いけれど、パトリシアと結婚して彼女の人生すべてを背負ってやる気などさらさら無い。
だから、彼はソフィアと結婚することを選んでいた。
ただ、そんな男との結婚なんかソフィアはごめんだ。
だから手を打った。
それに、こうすることで、より我が公爵家にも得がある。
「では、アストン伯爵子息には、彼の望み通り、我がフィールディング公爵家の家臣貴族であるバグウェル伯爵令嬢を娶ってもらおう。きっとバグウェルのやつも喜ぶな」
「ええ、その通りですわ。お父様」
「……」
「……」
出た結論に、アストン伯爵夫妻はがくりとうなだれた。
バグウェル伯爵家は、フィールディング公爵家の家臣貴族であり、もらい手のない病弱で”お騒がせ”なパトリシアのことを非常に持て余していたのである。
彼女のお騒がせっぷりは折り紙付きであり、ただでさえ病弱と美貌を盾に様々な横暴をする子なのだ。
よそへの嫁入りが決まれば良いのだが、さすがに彼女を娶ろうと言う貴族はそうそう現れない。
美しく男は寄ってくるが、誰も結婚する相手には選ばない。
そんな人である。
家臣の憂いも取り除けて、彼らも気兼ねなく公爵家に勤めてくれるだろう。
非常に楽しみである。




