1 謝罪
「この間は、悪かった。ソフィア。この通り」
そう言って婚約者のセドリックはうつむくようにして頭を下げて、ソフィアは彼の頭部をじっと見つめていた。
それから、ティーカップを手に取って、ゆっくりと口に含む。
華やかな茶葉の香りが鼻から抜けて、ふうと息を吐く。それからガゼボの外へと目をやった。
「また、パトリシアのところへと行っていたのでしょう?」
花園から視線を戻して彼に問い掛ける。
「あ、ああ。わかってくれるんだな。ありがとうソフィア」
「わかって……」
セドリックの言葉をなんとなく復唱してソフィアは小さく首をかしげた。
「……どうでしょうね。今一度聞くけれど、セドリック。あなたはパトリシアのことをどう思っているの?」
改めてソフィアは問い掛ける。
彼、セドリックはソフィアの婚約者である。
しかし、時折――いいや、割と結構な確率でソフィアとの社交界への出席を突然キャンセルし、パトリシアという幼馴染みの元へと向かう。
「それは……わかるだろ? ソフィア、あの子には俺がいてやらないとダメなんだ」
「セドリックが、ねぇ」
「ああそうだ。俺とパトリシアは昔からの付き合いで、大切な子だ。それにあの子は同性の友人もいない。なんでかわかるだろ?」
逆に問い掛けられて、ソフィアは彼が想定している答えがすぐにわかる。
パトリシアとはソフィアも”それなり”の関係がある。
そこから導き出されて、パトリシアが自分でも公言している同性の友人がいない理由は、彼女が酷く美しいからだ。
長年、病弱で外を知らず、肌は青白いほど白く陶器のようになめらかで、大きな碧眼の瞳は宝石の様に輝いている。
優しげで愛嬌のある顔つきをしていて、小さな唇は薄く色づき花びらのよう。
だからこそ、彼女は同性の女に目の敵にされてしまって友人と言える人間が一人もない。
そう嘆いていた。
まぁ、それが真実かどうかはいったん置いておくが。
「わからなくは、ありませんね」
「だろう? あんなにかわいらしくて素直な優しい子なのにな? おかしいよな?」
「……」
「パトリシア自身も俺のことをずっと慕っているんだ、この間、奮発してプレゼントした宝石に涙を流して喜んでたんだ」
ちなみに、ソフィアはセドリックからそんなプレゼントをもらったことなど一度も無い。
「俺だけがあの子のことを支えてあげられる唯一なんだ、愛嬌もあって男を立てて、慎ましく常に微笑んでくれる……でも病弱で苦しんでる。あの子を俺が見捨てたら、男じゃない」
けれども、セドリックはソフィアと婚約していて、公爵家の跡取りのソフィアを支える配偶者となる予定である。
「か弱くけなげな子を大切にする人間の方が君だっていいだろう? 俺は女性跡取りの配偶者に向いていると自分でも思うんだ」
こう言いながらも彼はソフィアが重要視している社交の場をキャンセルし別の女のところへと向かう。
ソフィアはいつだって恥をかかないように気を張る必要がある。
「君には迷惑をかけたかもしれないが、家名に泥を塗るようなことは一度もしていない。俺は節度って奴を守ってるだろう? ソフィア」
「……節度、ですか」
「ああ、そうだ。俺が少しばかり優しすぎるってのは正直間違ってないと思う。でもその優しい男と結婚できるのは君にとってもいいことだろう?」
彼は恥じらうみたいにそう言ったが、ソフィアはそれをまったく優しさだとは思わなかった。
(……むしろ…………)
今まで何度も騙されてきた、何度もたしかに彼を誘って思いを伝えてきた。
そのたびに小さく頭を下げて、謝罪をしてもう傷つけないと彼は言った。
でも何度も何度も、彼の行動は繰り返される。何度聞いても説得してもいつも元に戻る。
それはきっと彼にはパトリシアに執着する気持ちがあるからだ。
「……そう、ですわね。ところでセドリック」
「ああ、なんだ?」
「今度、家族で交流を深めるための食事会があるんですの。わたくしの誕生祝いも兼ねたとても大切な、ね」
「なるほど、ソフィア。今回は意図せず君を傷つけてしまったが、心配なんてしなくていい」
セドリックは、まっすぐにソフィアを見つめて、小さく笑みを浮かべて頷いた。
「必ず参加する。君のことを祝いたい。約束する」
「ありがとうございますわ……セドリック」
その言葉を聞いてソフィアはすぐに悟った。
彼の中できっと選別は終わったのだろう。
きっと彼は当日来ないのだ。




