episode9.
更新遅くなりすみません。インフルエンザにかかっておりました。インフル、怖いですね。皆様もお気をつけください。
鵜久森 綾
彼女と出会ったのは小学3年生の時だ。
いや、正確に言えば存在を認識したのが3年生だった。
進級した当初、名前の順で決められた座席で翼の後ろの席だったのが彼女である。
ーー碓氷翼。
ーー鵜久森綾。
連絡網に並ぶ、小学生が絶対に読めないであろう苗字を持つ2人。そんな2人のファーストコンタクトも、
「ねえ、お前の名前なんて読むんだ?」と純粋な瞳で聞いた翼の一声からだった。
鵜久森という名を聞いて、この街でピンと来ないものはいない。この街における神秘的な場所として有名な鵜久森と、それを守護し土地神様を祀る鵜久森神社があるからだ。
初詣から七五三まで街の住人の祝事は全てこの鵜久森神社で執り行われる。
だからこの街に住む最近の子どもは皆、そこの住職である鵜久森月宝の祈祷を受けて育つ事になる。
言わば、産まれた時から立派な顔馴染みになるというわけだ。そして翼もまたその例外ではなかった。
そんな鵜久森神社の鵜久森綾。
彼女はいつも静かで、どこかぼぅっとしているような印象を受ける。口下手で奥手なのかクラスメイトともあまり話している姿を見かけない。そんな大人しい彼女を一部の男子が「カワイイ」と騒いでいるのも当の本人は全く気づいていなかった。
ただずっと、彼女は窓の外を見ていた。
何を見ているのかはわからなかった。けれど、彼女の視線の先も、関心の対象も、全て、窓の外にあった。
ある日、
「なあ、神社で暮らすってどういう感じなの?」
と幼い翼は綾にこう尋ねた事があった。
「どういう感じって?」
「いや、ほらだって家が神社で庭が森みたいなもんだろ?なんか俺らの生活とは別世界っていうか…」
聞いてみたのはただの好奇心だった。
「……別世界……か。うん。そうだね。私は好きだなぁ。神社で暮らすの」
「ほぅ。どういうところが??」
「みんながいるから、かな」
「みんな?月宝さんと2人暮らしなんじゃないのかよ?」
「…うん。そうだよ。でもね、みんながいるから寂しくないの」
そう言って照れくさそうに笑う綾。なるほど、優しく花が咲いたように笑う彼女の姿は確かに、男子生徒が騒ぎ立てるわけだ。
翼はこの時、みんなというのはこの街の住人の事だと認識した。鵜久森神社には毎日のように何か祈りを捧げるために参拝者があとを立たない。
月宝さんや綾にとってはそんな街の住人を家族というか、友人のように思ってくれているのかもしれない。
それは、なんだか、すごく頼もしいなーーー。
幼い頃の翼はそう思った。
そこから小、中、高と同じ学校に通う事になる鵜久森綾。付かず離れず、同級生としての関係を保ってきた。
だから今、この瞬間。
彼女の秘密を知る日が来るなんて思いもしなかった。
それも全ては満月に導かれたあの夜。
あの日から、彼女の本当の姿が徐々に明確化されていく。
「……綾が…巫女導師?」
「バレちゃったか」
そうやって屈託なく笑う綾は、今まで知っている綾とは雰囲気が少し違った。
それは時の流れの中で変わってしまう同級生達と同じ。知人の皮を被った、別人のような出立ちだった。けれど、そんな同級生達とは遥かに違う変化を綾は遂げた。この数日で。まるで知らない、この世界とは別の住人のような空気を纏っている。
「あの爺さんが違うとなると、大体想像はつく」
結は一つも表情を崩さず、淡々とそう言った。
「…そう…なりますよね。はい。あってます。
私が、地上の巫女導師。鵜久森神社の巫女、鵜久森綾です。自己紹介が遅くなってすみません」
そう言って綾は丁寧に指先と指先を合わせ、正座で礼をした。さすが、というべきかその所作の滑らかさには目を見張るものがある。
「素性を明かさない理由は何かあったのかな?」
「……私にも護らなければいけないものがあります。相手の出方もわからない状況で、自らの正体を明かすのはリスクが伴う。あの時、貴方達は私たちに術を使おうとしていたでしょう?」
術……。あの時、感じた背筋が凍るような、不気味な気。あれが何かの術ということか。翼の中で点と点がつながっていく。
「まあ、大事な仲間が危ないかもって思ったらその行動は当然でしょ?」そう言った潮の翡翠が徐々に影を落としていく。
「ええ。そうだと思います。でも、きっと私があの瞬間、巫女導師だと貴方達に告げていたら満月は私達を守ってくれなかった。」
「満月……?どういうことだよ?」
翼は思わず、疑問を口にした。それと同時に思い出した事がある。鵜久森神社は満月と新月を司る神が祀ってある。なんでも、月は土地神様の化身でもありその象徴でもあるからと。
綾は表情ひとつ変えず、冷静に説明し始める。
「私たち地上の術者や何かしらの霊的な力を持ったもの達は皆、満月の加護を受けています。満月のもつ力が、誰かからの敵意やそれによって応じる邪気、術を跳ね返してくれるのです。
けれど、加護を受けるには条件があります。
それは、相手に自ら役割や使命を明かさない事です。
私たちのような術者は特異な力を持つ代わりに、生まれながらに定められた役割と使命があります。
その役割と使命は私たちにとっては魂に等しいのです。
だから、自らそれを明かすという事は、相手に自分の魂を掴まれるのと同義。その瞬間、満月からの加護は途絶えてしまい、明かした相手からの攻撃を跳ね返すことができなくなってしまう。」
「なるほどね。だから素性を隠したってわけか」
「けどよ、今、俺たちに話してるのは大丈夫なのかよ!?」翼が問う。
すると綾は翼に微笑みかけ「大丈夫」と言った。
「自ら明かすのと、周りがその役割に気づくのは違うの。今回の件は、2人が気づいて問うてくれたから大丈夫。翼については信じてるから。絶対、貴方は私を呪ったり、術をかけたりしないってね」
へへへと笑う綾。呪いとか術とか、そんな事するわけないだろ。ましてやできるわけねぇと心の中で呟く。けれど、信じてる。といつもと変わらない笑顔で笑う彼女に少し安心したのも事実だ。
「なるほどね。だから素性を明かさず、僕たちが指摘するまで待ってたって事か。まさかそんな決まりがあったなんてねー。知ってたら聞かなかったのに」と潮は大きくため息をついた。
「でも、まてよ!あの時、月宝さんも自分の役割がなんたらって言ってたよな!?それはどうなんだよ!?」
【ーーーここに紛れ込んだ全てのものの心身を助け、行き先を導く。それが、ワシの役目であり意義そのもの】
あの夜、巫女導師かと潮に問われた月宝はそう答えていた。月宝も術者であると言うならば、あの夜の発言は、加護の対象から外れるのではないか。そう思わずにはいられない。
けれど
「大丈夫……。うん、そうね。
今は、大丈夫としか言えない。」
綾は視線を伏せて言葉を濁した。
「あーー。……あの発言は嘘の可能性があるって事か。あーあ、僕の勘が外れるとはね」
落胆したようにそう肩を落とす潮。その隣で驚くこともせず、ただ淡々と状況を傍観し続けた結が口を開いた。
「話を戻すが、お前は今回の経緯を全て把握しているって事で間違いないんだな?」
「……はい。3日前、天上の巫女導師である雅さんから桜の木を通して、声のみですが連絡がありました。
環ちゃん。いえ、天上人、天沢 環は掟を破った大罪人。そして彼女を連れ戻すように使命を言い渡したのが、貴方達2人だと。改めて、名を教えてくれますか?」
潮と結はその投げかけに、お互いの顔を見合わせる。何か通じ合ったのか、そうして2人とも頷き名をそれぞれ明かした。
彼らは
ーー飛鷹 潮
ーー枢木 結
と言った。
読んでくださり誠にありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!




