episode12.
思えば、天沢環は僕らの予想をいつも簡単に超えていく。
「うしおーーーー!!」
この施設で1番小柄な少女が僕らに向かって手を振っている。僕よりうんと小さいくせに、園庭に響き渡るくらいの大きな声とその丸くキラキラした瞳を輝かせる様は、ここにいる誰よりも大きく見えた。
「環、今日のお昼、おかわり3回もしたんだって?」
ある日の昼下がり。
今日は4限で授業が終わる。給食を食べ終わった後、施設の子ども達はそれぞれ帰宅していく。
ま、といっても施設の中の自分の部屋に。だけど。
「うう…だって…最近食べても食べてもお腹いっぱいにならないんだもん」
「環のやつ、男より食うんだぜー!」
「そのうちここで1番でかくなったりして!!」
キャハハと笑う男子たち。その横で顔を真っ赤にしながら「だって…」と環は口をぱくぱくさせている。
華奢で小柄な彼女。けれど明るく活発で、男子にも負けじとどこにだってついていく。負けん気が強いとも取れるけど、何事にも"一生懸命"な方が正しいかな。
けど、その一生懸命さは時に空回りする。
10歳の子どもとはいえ身体能力では男女差が徐々に浮き彫りになる年頃だ。ここの施設は特に人数が少ないせいか、12歳から6歳の子供達が年齢関係なく一緒に遊ぶ事が多い。男子からすれば、小さな女子が後ろをついてきて、仲間に入ろうと一生懸命なのを見ると自然とからかいたくもなるのだろう。
まあ、僕から言わせれば、危なっかしいんだけど。
「うう、うるさーい!いいもん!環、でっかくなるもん!ここにいる男の子より、女の子より、いっぱい成長して、強くなるもんっ!」
いーーっと周りの男子を威嚇したかと思うと、園庭にある少し山なりになっている小さな丘に駆け上がり、「えーーーーい!」と勢いよくジャンプした。
男子さえも飛び降りるのに少し躊躇う程の
場所から、恐れを見せず、羽根を使わず、見事に着地を決めた環の姿を、僕は今でも覚えている。
環は勇敢で、明るくて、エネルギーに満ちている。
けれど、それは危うさと等しい。
だから予感はあったんだ。
環がいつか、ここの誰よりも影響力のある人間になるってことを。
そしてそれは、この世界をも変えうる強大な力になるかもしれない。
そんな途方もない漠然とした予感を僕はずっと感じていた。
【明日が綺麗に見えていれば】
episode12. わかりたい、わからない
翼から環が目覚めたと伝えられたあと、結と潮は彼女が居る部屋へ足を走らせた。
襖を開けた先の、目覚めたばかりの環は「ごめんなさい」と潮と結を見るなり申し訳なさそうに誤った。
大きな琥珀色の瞳から、幾つかの涙が流れ、それは彼女の表情に影を落としていく。
目覚めたことに対する安堵と裏腹に、掟を破ってしまった彼女に対する疑念と混乱が2人に蔓延っていく。
「謝るって事は、事の重大性を理解してるってことだよな?」
冷たく音の低い結の問いを聞くと、より影が濃くなった表情を隠す様に俯き、「うん」と答えた。
それをわかっているなら、なぜ。とそこまで思って、潮は口を紡いだ。隣に座る結も全く同じことを思っているのだろう。こういう時は、ストレートに聞いてくれる彼の方が、状況を把握するのにはいいのかもしれない。
「なんで…なんで掟を破ってまで地上に来たんだよ!」
結が声を張り上げる。当たり前だ。天上の世界では地上へいくことをタブーとしている。それを破ったのが、まさか同じ孤児院でずっと一緒に生きてきた環だったなんて、流石の僕も頭にきた。でもそれと同時に、その行動が妙に腑に落ちてしまう気持ち悪さもあったのは確かだ。
涙を浮かべ、小さく震える環。彼女はゆっくりと言葉を紡ぎながら、自分の経緯を説明し出す。
「……ごめん。ここに来ることがダメな事だってわかってる。でも、でもね」
涙で揺らいだ琥珀色の瞳が、徐々に凪いていく。それはまるで環の中の葛藤と不安が落ち着いていく様と比例している。そしてそれは彼女の強い意志と思いが昂っているのと同義でもある。
環は息をすっと吸い込むと、芯のある強い声色でこう言った。
「どうしても、会いたい人がいるの」
絞り出した己の意志。それが揺るがない芯の強いものである事は、環の瞳を見ればよくわかる。
その真剣な眼差しが、中途半端であやふやなものではない事も、彼女のことをよく知る潮と結は十分わかっていた。
けれど、
「その会いたい奴が地上にいるって事か?」
戸惑いを込めた視線を結は環に向ける。その怒りとも取れる結のオーラを感じ取った環は静かに頷いた。
「うん、そう。ここに、地上に会いたい人がいる。だから私は、掟を破ってここにきた」
先ほどまでの涙はどこへ行ったのか。彼女の中に渦巻く強い覚悟と意志の様なものが消し去ったのか。
うーんここまでストレートに断言されると困ったな。
潮と結は彼女の性格をよく知っている。頑固で自分の意思を中々曲げないということを。
会いたい人がいる。それはつまりまだその人物とは会えていないということだ。
であれば、
「2人はきっと、私を連れ戻しに来たんだよね…?2人にも、みんなに迷惑かけてるのは十分わかってる。けどお願い!その人に会えるまで、待ってほしい!」
やっぱり、そう来たか。
会いたい人に会えるまで、自分をここにいさせてほしい。帰りたくない。掟を破ってまでも彼女を突き動かした動機だ。そう言ってくるのは、予想がつく。
けれど、わかっていても尚、わからないものはわからない。そんな感情が渦巻いているのだろう。僕も、結も。
「お前っ……!地上に居続けることがどういう事かわかってるのかよ!」
「わかってる!わかってるよ……。でも、それでも、会いたいんだもんっ……!」
頑な強い意地同士がぶつかり合う。
環もだが、常に冷静な結も仲間のためになるとその冷静さを失いやすい。
まあ、その気持ちも痛いほどにわかる。
地上に居続けるとどうなるか。それが僕らにとってどれほど重大な危険性を孕んでいるのか。
「環はそれでいいの?本当に。」
天上人である僕らがこの世界に居続けるということ。
「…いいよ。私は、死んじゃう危険性があったとしても、その人に会いたいの」
それは永久に羽根をもがれることを意味している。
そして、羽根をもがれた天上人が迎える先はーーー、
ただ唯一の【死】のみである。




