第6話 国家との初交渉
『――政府は本日午後、佐藤陽斗氏と初の正式会談を行う方針を発表しました――』
「……正式会談……って、まさか俺!?」
朝のニュースを見て、陽斗は思わず叫んだ。
「他に誰がいるのよ」
母・由紀は落ち着き払って朝食を並べている。
父・剛は新聞を広げながら、眉間にしわを寄せていた。
「いきなり政府と会談って……どう考えても高校生のやることじゃねぇぞ……」
「でも逃げられないわ。もう全国中継で“今日午後3時”って言われちゃってるんだから」
「全国中継!?!?」
「当然よ。あなた、今や“国の顔”みたいなものだから」
「お兄ちゃん、ニュースで“未来のキーパーソン”って呼ばれてたよ」
「やめろ! そういうプレッシャーかけるの!!」
午後。
政府公用車が家の前に横付けされた。報道陣のフラッシュが一斉に光る。
「……これ、ほんとに行くのか」
「行くしかないでしょ」
玲奈が制服のまま、護衛のように陽斗の隣に立っていた。
本人いわく「一人で行かせると絶対変な奴らに狙われる」とのこと。
「お前、なんで当然のように来るんだよ」
「幼なじみだから。あと、面白そうだから」
「後半が本音だろ……」
そしてもう一人――
「失礼、遅れました」
颯爽と現れたのは白石美咲。制服の上に淡いグレーのジャケットを羽織り、まるで“政治家の秘書”のような出で立ちだった。
「美咲、お前……その格好……」
「今日は遊びじゃないもの。私はあなたの“参謀”として同行する」
「さんぼう……って……」
「口出しされたくないなら断ってもいいけど?」
「いや、いてくれ……頼む」
こうして、奇妙な三人組(+父母)が政府との会談へ向かうことになった。
会談の場所は首相官邸の隣にある特別迎賓館。
厳重な警備をくぐり抜け、重厚な扉の先に通されたのは、大きな楕円形の会議室だった。
テーブルの向こうには、数名のスーツ姿の大人たち。
その中心に座っていたのは――
「初めまして、佐藤陽斗さん」
穏やかな笑みを浮かべた、50代半ばの男性。
日本の副総理・氷室 蓮司。
政界でも屈指の切れ者として知られる人物だった。
「わ、わざわざ……お時間ありがとうございます……」
陽斗は緊張で声が裏返った。玲奈が小声で「落ち着け」と肘でつつく。
「本日は、お忙しい中ありがとうございます。あなたが相続した莫大な資産について、政府としても一刻も早く方向性を決めなければなりません」
氷室副総理は、ゆっくりと資料をめくる。
「まず、率直に申し上げます。我々としては、その資金の一部を国家運営のために預けていただきたいと考えています」
「……一部?」
「ええ。国債の買い支え、社会保障費の補填、災害対策基金など……用途は多岐にわたります」
「つまり……国に“預けろ”ってことですよね」
横から美咲が口を挟んだ。その声には一切の遠慮がなかった。
氷室の目が一瞬だけ細くなる。
「……白石美咲さん、でしたね。あなたは?」
「佐藤陽斗の顧問です。今日は“彼の意思決定の補佐”として同席しています」
「ほう……高校生に顧問とは、大した自信だ」
「自信ではなく、実力です」
会議室の空気が、ぴりっと張り詰めた。
「政府にすべてを預ける気はありません」
美咲がきっぱりと言い切った。
陽斗も、それにうなずく。
「……俺も、そう思ってます」
「理由を聞いても?」
「……美咲が言ってたんです。お金を全部預けたら、俺はただの“お財布”になるって。そうなるのは、嫌なんです」
「なるほど……つまり、あなたは自分で使う意思があると」
氷室はにやりと口角を上げた。
「……ならば、提案しましょう。あなたが主導する“民間基金”を国が公認し、連携する形での運用です。条件は――」
彼は指を立てた。
「“透明性”と“責任”です。政府としても、あなたが無秩序に金をばら撒くことは認められません。ですが、あなたが公的な枠組みの中で基金を運営するなら、こちらも最大限の支援を行いましょう」
「……!」
美咲の目が輝いた。
「それは……こちらの構想に近いです」
「そう。だからこそ、敵対する必要はない。……佐藤くん、あなたは“使われる側”にも“支配する側”にもなれる。選ぶのは君だ」
副総理・氷室の視線が、陽斗の心を射抜いた。
(……選ぶのは、俺……)
父と母の顔、美咲の真剣な横顔、玲奈の無言の励まし。
胸の奥で、あの日の祖母の声がよみがえる。
『――お金は人を試す。でも、お前なら大丈夫じゃ』
陽斗は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……俺は、逃げません。このお金で……ちゃんと日本を、未来を考えたいです」
その言葉に、氷室は満足そうに目を細めた。
「いい返事だ。――では、本格的な交渉は次の段階に進もう」
帰りの車の中。
玲奈が陽斗の肩を叩いた。
「やるじゃん。ちょっとかっこよかった」
「や、やめろ……照れる」
「でも、いきなり副総理と対等に話す高校生って……マジで伝説になるぞ」
助手席の美咲は、静かにノートを開きながら言った。
「これで、私たちの“基金計画”が現実になる。……佐藤陽斗、あなたは本当に、歴史を変えるかもしれない」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃないわ。これは、始まりよ」




