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35 欲しかった物

「鹿子木さんですか。私は今東京におります。実は例のキノコ中毒事件の物証になるかもしれないものが見つかりそうなのです。鹿子木さんにはつくばに戻ってから詳しくご説明致しますから、今直ぐにH署の春田刑事の電話番号を教えてください。急いでいますので、よろしくお願いします」

 鹿子木は直ぐに洋介の要望に応じてくれ、春田の電話番号を教えてくれた。


「あのー、私は筑波ホビークラブの神尾洋介と申します。お世話になっております。実は日陰和田病院で起こったキノコ中毒事件に関しまして、新たな証拠となり得ると思われるものが見つかりそうなものですから、春田さんにご対応をお願いしたいと思いまして電話致しました」

 春田は意欲丸出しで食い付いてきた。洋介はこの日の出来事を掻い摘んで春田に説明した。

「神尾さん、有難うございます。直ちに鑑識官を連れてそちらに伺います。大学の『生物機能化学科』の建物の入り口付近でお待ちいただけないでしょうか?」


 電話してから二十分くらい経過したであろうか、警察車両とは思えない車一台が建物の入り口付近で止まった。待ちかねたようにして助手席から春田刑事が降りると洋介と杉本がいる所まで走ってきた。その後を若手の刑事と鑑識官らしいジャンパーを着た二人が続いた。

「神尾さん、いろいろと有難うございます」

「お疲れさまです」

 洋介は簡単に挨拶したが、杉本は緊張した面持ちで春田に向かって頭を下げたものの言葉を発することはできなかった。春田は洋介に向かって喋る言葉よりずっと威圧的な声で杉本に言った。

「それでは杉本さん、例のものを保管している場所に連れて行ってくれませんか」

「はい、分かりました」


 そう答えるのがやっとであった杉本は先に立って生物機能化学科の建物の中に入った。近くのエレベーターで四階まで上がり、応用菌学研究室の中に入り、五人を比較的大きな冷凍室の扉の前まで案内した。

「三種類のキノコ汁はこの冷凍庫の中で保存しています。今、中に入って出してきますのでお待ちください」

 杉本は中に入ると一度扉を閉め、一分もしないうちに扉を開けて出てきた。手にはプラスチック製の白い箱を持っていた。皆の前に来ると、蓋を開け、中の凍結物を大事そうに取り出した。

「この三つのガラス容器の中に、あの病院の調理室で採取したキノコ汁のサンプルが入っています。ラベルにキノコの由来が記載してあります」

 春田はそれを受け取ると、上下左右をしっかりと確かめるように見てから、鑑識官に向かって言った。

「これを冷凍保管して持ち帰ってくれないか。戻ったら直ぐに分析を開始して」


 鑑識官がそれを受け取ると、再び杉本の方に向き直って春田が訊いた。

「キノコのサンプルも乾燥状態で保管してあると聞いたけど、それはどこにありますか?」

「はい、私の実験台の傍の棚に置いてあります。今、ご案内致します」

 そう言うと、杉本は実験室の中の自分の実験台まで皆を案内した。簡素な造りの机の隣に実験に使う器具や薬品などを保管しておく作り付けの棚があった。その扉を開け、透明なポリエチレン袋に入れた三種類のキノコを取り出し、春田に手渡した。

「先ほどの凍結させたキノコ汁と同じように、こちらのキノコにも由来を記載したラベルが貼ってあります」

 春田は杉本からポリエチレン袋を受け取ると、先ずラベルの記載事項を確かめ、次いでキノコそのものをじっくりと観察した。

「鑑識さん、これも戻ったら分析してください」


 杉本の方を向いた春田は、ダメ押しをするように訊いた。

「杉本さん、もう他に警察に渡さなければならないものはないですよね?」

「はい、僕が保管していたものはこれで全部です」

「キノコ以外のもの、例えば、キノコ業者や日陰和田から受け取った受領書やメモなども持っていないのでしょうね?」

「僕はただ野田さんの指示通り調理の手伝いをしていただけですから、他には持っていません」

「それならよろしい。本当は事情を詳しく訊きたいところだけれど、神尾さんから大体のことはお聞きしているので今日はこのまま引き上げますが、後日、H署にきてもらうようになると思いますから、そのつもりでいてください」

 春田の言葉に青ざめて緊張したような顔で頷いた杉本から視線を洋介に移してお礼を言った春田は、お供の三人を引き連れて車に乗り込み、戻っていった。


 車が視界から消えるまで見送ってから杉本が洋介に訊いた。

「あのー、僕は警察に逮捕されるのでしょうか?」

「私は警察の人間ではないので、確かなことは言えませんが、杉本さんは事件解決に繋がると思われる重要な証拠を保管し、捜査に協力しているのですから、それほど酷い扱いは受けないと思います。私の知り合いのつくば東署の刑事さんにも頼んでおきますよ」

「有難うございます。よろしくお願い致します」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。杉本さんのお蔭で事件が解決できる可能性が出てきたのですから。本当のことを言ってくれて有難うございました」

 洋介は警察での分析結果を大いに期待しながらつくばへの帰り道を楽しんだ。万博記念公園駅で降りた後、つくば東署に寄り、鹿子木にこの日の出来事の詳細を話し、更に杉本のことを頼んでから筑波ホビークラブに戻って行った。


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