23 元患者の捜査
春田刑事がつくばから東京H署に戻ると、若手の刑事二人が近寄ってきた。
「春田さん、元患者の合崎敏夫の捜査、やりましたよ」
「おお、有難う。それで、どうだった?」
「春田さんが出かけられた後、直ぐに合崎の所に行きました。会社の方に行ったのですが、直ぐに会ってくれましてね、今はかなり元気になっている様子でした。先ず、九月九日の火曜日の夜のアリバイについて訊いてみたんです。そうしたらですねー……」
「勿体ぶらずに早く言えよ」
「はい。合崎は自分の手帳を見てくれたんです。九月九日の前日、つまり八日の月曜日の朝から気管支炎がぶり返してしまい、日陰和田病院とは異なる病院に入院していて、退院したのは十二日の金曜日だったというのです。もちろん、入院したという病院に行き、裏も取りました。あの時は病院から抜け出して何かができるような状態ではなかったと担当医が言っていました。合崎には完全に近いアリバイがあったというわけです。念のため、合崎の奥さんや親兄弟にも話を訊きましたが、疑わしいことを言う者はおりませんでした」
「そうか、分かった。直ぐに元患者の長男、三田村清孝に切り替えて捜査してくれ」
若手の刑事二人は勢いよく部屋を飛び出していった。
翌日の午前中、つくばから出て来た篠崎の事情聴取を行ったが、春田はこれまで得られた情報以上のものを引き出すことはできなかった。春田の想定内のことだったので涼しい顔をして篠崎を放免した。
午後、H署でデスクワークを行っていた春田の所に若手の刑事二人が得意げな表情でやってきた。
「春田さん、三田村清孝は最近、近隣トラブルを連発していますよ」
「詳しく説明してくれないか」
「三田村は元々会社人間だったようです。これといった趣味も持っていなかったのですが、退職直後は父親の看病が一つの仕事みたいに思っていて、一所懸命父親に尽くしていたそうです。ところが、父親が亡くなってしまってからの三田村は、やることがなくなってしまったようなのです」
もう一人の若手刑事がその後を引き継いだ。
「三田村の家の近所に幼稚園があります。そこでは夏の間、庭にある小さなプールで子供たちを遊ばせているのですが、子供たちの声が大きくてうるさい、って幼稚園に怒鳴り込んだことがあるのだそうです。さらに、町内の夏祭りを控えていた頃、青年部の若手が太鼓の練習に励んでいたのですが、その音もうるさいとやはり練習場に怒鳴り込んだため、血気盛んな若者たちと大喧嘩になったということもあったそうです」
「そうか、三田村清孝はトラブルメーカーに変身していたということだな。生活課の方でも何か知っているかもしれないぞ。九月九日前後の行動について訊いてみてくれ」
「分かりました。早速行ってきます」
「三田村清孝も叩けば埃が出そうだな」
二人の刑事が立ち去った後、春田は独り言を言った。
その日の夜、春田のデスクの前に元気のなくなった若手刑事二人が報告にやってきた。
「春田さん、生活課に行って三田村清孝について詳しく訊いてきました」
「おお、そうか。その顔つきじゃ、あまりいい報告じゃなさそうだな」
「はい、そうだったんです。生活課でも近隣とのトラブルが発生してから三田村はマークしていたそうです。それで、今年の九月九日前後のことを調べてもらったのです。そしたらですね、三田村は九月八日の夕方、生活課で事情聴取されていたのです。理由は近所の人から、公園で包丁を振り回していて危険だという通報があったためで、生活課の担当者がその公園に行き、春田に署まで同行してもらい、事情を訊いたのです」
「それで、春田は何て言ったんだ?」
「親父を酷い目に遭わせた奴が自分を殺しにくるかもしれないので、殺されないように防衛する訓練をしていた、と言い訳したそうです」
「何? それじゃ、殺しに来る奴というのは日陰和田聡一郎ということになるじゃないか」
「そうですね」
「生活課は何でこっちに連絡してくれなかったんだろうか」
「私もそう言ったんですけど、あっちでは、こちらの事件に繋がるとは考えてもいなかったというのです」
「まあ、いいや。話を続けて」
「生活課の方でもそのまま家に返したのでは危険だと判断して、二人見張りを付けたそうです。八日の晩から九日の真夜中まで監視していたそうですが、三田村に特別な動きは観察されず、十日の午前一時に監視を終了したそうです」
「それで、それから後の三田村の様子はどうだったんだ?」
「それが、監視が終わってからの三田村は人が変わったように大人しくなってしまったそうで、近隣とのトラブルも全く起こさなくなったということです」
「日陰和田聡一郎がキノコ中毒で亡くなったことは少なくとも新聞の東京版には出ていたからな。それを見て溜飲が下がったということだろうな。しかし、皮肉なもんだな、警察が三田村のアリバイを証明していたということになったわけだからな」
春田はかなり残念そうに言った。




