花を降らして
「わかりました。セレント皇弟の娘ローズ・プリムラ・エンレ・グランツェ・ガブリエーレはクローズガイア王国のサリヴァトーレ陛下に嫁ぎます」
桜色の花びらが舞い続けるのを見て、父は訝しむように眉をひそめた。
「ローズ、花びらを降らしているから問題ないんだろうが、もし嫌なら……」
「いいえ、父さま。何代も前に遡るほどの遠戚に、皇に連なる者としての責務を押し付けるわけにはいきません。責務はグランツェの氏をもつ者が請け負うべきです。その中でわたしが一番適しています」
「おまえがいいなら、いい。七月最後の日を予定しているが、クローズガイアの中で不穏な動きが確認されているから、延期や中止もありえる。だから、いろいろな噂も情報も飛び交い振り回されることになる。風で情報を呼び寄せるのは危険だと認識はしておいてほしい」
「……できるだけ努力します」
「努力ではなく、約束だ、ローズ。それから、外出するときは」
「ユーシュ兄さまか父さまの付き添いですか? 堅苦しいです」
「身を守ることも義務だと覚えなさい。クローズガイアの方と、嫁ぐのはローズと話がついている状態で、おまえに万が一何かあればグランツェの非となる」
「わかりました。では父さま、クローズガイアまで連れて行ってくださいな。わたしひとりで勝手にいくのでも、父さまに連れて行ってもらうのでも、どちらでもわたしは良いのですけれど」
また屁理屈を、と父がげんなりした顔をする。愛娘にする顔ではないと思う。
父にそうさせる行動をしている自覚はあるから、自業自得ではあるけれど。
「青空良し! ユーシュ兄さまも父さまも出勤されていてご不在良し! ユズ良し! だから、ね? ラナ、アリバイよろしくね」
父に護衛をつけるように言われて一週間と経たない内から、ローズは父の目を盗んで外出を企てた。
ローズを過保護に守るユーシュや皇弟の父を連れては自由が利かないので、ローズが動きたいように動くにはこっそり行くしかない。後でばれたらきちんと謝る。
「ローズ姉さままた秘密の外出ですか?」
妹は本から顔を上げて困惑気味に聞く。無職のローズはサンルームでラナと本を読んで過ごすことが多い。今日もその予定で父とユーシュには話してある。
「ちょっとね」
「ローズさま、『ちょっとね』で誤魔化せるとお思いですか。そーですか」
控えていたユズが半眼になる。
「ね、誤魔化されて。海を渡るなら今日でしょう?」
「ラナンキュラスさまのようにサンルームで読書されてはどうです?」
「今日は読書よりたいーせつーな用事なの! 絶対今日行かないと後悔するわ! お願いユズッ! 今日いると風が報せてくれたの!」
ユズは盛大にため息をついてみせて、頷く。
「わかりました。私の言うことは聞いてくださいますね?」
「うんうん聞く聞く! ありがとう! ユズ!」
ローズから花びらが溢れる。
花を司るローズは、肌から舞う花びらに感情を勝手に代弁されてしまう。ローズが感情を顔にださなくても、感情の色に染まる花びらですぐにばれてしまう。
感情が昂ると白色の花びらが、溢れ出す。ときめきが高まればそれが桜色に染まる。
「ローズ姉さま、花びらが溢れてきています」
「わわっごめんなさい、でもラナに似合う花びらばかりでかわいいわ! まるで花嫁さんね」
淡い桜色と白色の花びらが妹にかかっている。白いワンピースに花びらが散らばるとウェディングドレスのようで。サラサラのはちみつ色の髪に花冠をかければもう見紛うことなく小さな花嫁さんだ。
末娘のラナが嫁ぐときに父は泣いてしまうかもしれない。
「もしそうなったら、わたしがぜったい父さまを説得してみせるわ!」
「……またわたしがお嫁に行く想像ですか? でも、そのとき、ローズ姉さまはもう嫁がれているでしょう?」
ラナが悲し気に眉尻をさげている。末のラナにさえ、もう伝わっている。
「もう知っているの? まだ先だから、気にしないでいいの」
議会で決定して正式発表もまだだというのに、城下街では急速に噂が広まっている。隣国クローズガイアと友好関係を継続するため、グランツェの姫がクローズガイアへ嫁ぐ、と。
城下街の住民には、ローズが嫁ぐのだと容易く想像できたらしく、街へ行けば祝福や惜別の声をかけられることが増えてしまった。
「周辺諸国との政略結婚は手段のひとつとしてあるものだし、皇族として優雅に暮らしているのに責務は果たさないとね。でも、結婚するかもしれない相手を知らないってわけにはいかないじゃない?」
笑顔のローズに対して、ユズが首を振って、ラナが心なしか青ざめる。
「ローズ姉さまもしかして、外出先って……」
「ちょっと隣国まで」
ローズは笑顔で歌うように答えて、ユズを伴って家をでた。
クローズガイアへ渡る商船に乗り込むやいなや、ユズがローズに花束を持たせる。溢れてしまう花びらを誤魔化すためだとわかっているので、花びらが止まらないローズは、素直に従う。
「ローズさま」
「っごめん」
ユズに注意されても、クローズガイアへ、彼のいる場所へ行けると思うと、花びらがあっという間に白色から桜色に変わり、とめどなく溢れる。
「ローズさま、落ち着いてください」
「ごめんっ! わかってるけど、会えるかもって思うと……」
会えると口にした途端、ぶわっと花びらが噴き出す。ユズが顔に飛来した花びらを払う。
「ローズさまが藍の方に会いたいのは承知していますが、そう上手く運ぶとは限りませんから、そのおつもりで。私が帰ると言ったら、帰りますからね」
「藍色って綺麗よね!」
「ローズさま、聞いてますか」
「聞いてる聞いてる! ユズの言うことちゃんと聞くってば」
ユズはきゅっと唇を引き結んで、ローズのまぶたにかかった花びらをつまんで放った。海風に花びらが攫われる。
ユズはそれを目で追ってため息をついた。
「ユズ、疲れてる?」
「いいえ? それより、ローズさま、花びらを降らさないように冷静にいてくださいよ」
「もーわかってるのに……でも、うん、わたしがどう役に立てるか考えなきゃね」
青く美しく光る城を見つめて、口を閉じた。
何の仕事もできない、花びらを降らせて、風に乗って、触れた面を温めるだけのローズが何をすれば彼の役に立てるのだろうと、考えていた。
今ローズができること。
悲しいときに悲しむことができなかった彼の手を、温めることはできる。
彼のそばにいられたら。




