羊の数だけ抱きしめて
■1
翌朝。
カラト村の集会所前。
五人の脱走兵が、警察車両へ乗せられていった。
手錠をかけられた男たちが、一人ずつ車内へ消えていく。
最後の扉が閉まった。
前回の女性警官が、村人たちへ向き直る。
「皆さん」
「ご協力、ありがとうございました」
集まっていた村人たちから、安堵の声が漏れた。
「五人全員、こちらで身柄を預かります」
女性警官は一度、修司を見る。
「それにしても」
「あなた、本当に旅行者なんですか?」
「……一応」
周囲から笑い声が上がった。
修司も苦笑する。
女性警官は、少し表情を緩めた。
だが。
すぐに真顔へ戻る。
「ただ」
村人たちを見る。
「西の戦争が続く限り」
「同じような事件が、また起きる可能性はあります」
笑い声が消えた。
「今回の五人を捕まえたからといって」
「これで全部終わり、とは言えません」
村人たちが顔を見合わせる。
しばらくして。
「じゃあ」
誰かが言った。
「シュージには、まだいてもらわないとな」
「そうだな」
「野ブタもいるしな」
「オオカミもいるぞ」
あちこちから声が上がる。
修司は目を丸くした。
「いやいや」
両手を振る。
「俺、旅行者なんですけど」
村人たちが笑った。
隣を見る。
ソーニャも笑っていた。
■2
その日の昼。
ヴォルコワ家。
修司は、久しぶりにゆっくりとスマートフォンを眺めていた。
日本のニュースを開く。
その手が止まった。
『北海道議・山田一時氏 所属政党が除名処分』
「……ん?」
記事を開く。
先日のヒグマ駆除をめぐる問題。
北海道庁への聞き取り。
猟友会関係者への取材。
そして。
山田が発砲を強く求めていたことが、複数の証言から明らかになったという。
記者会見での発言。
『私は、発砲には反対したんです』
その映像も、記事の中に残っていた。
修司は、しばらく画面を見つめる。
「……バレたんだ」
さらにスクロールする。
党は山田について。
事実と異なる説明を繰り返し、党の信用を著しく損なったとして、除名処分を決定。
本人は議員辞職を否定している。
「まあ……辞めないか」
修司は苦笑した。
そのとき。
メッセージが届いた。
北海道にいる、あの猟友会の男からだった。
《ニュース見ました?》
続けて。
《小野寺部長も飛ばされたみたいですよ》
「え?」
修司が画面を見る。
《今回の対応で管理責任を問われたとか》
《本庁の部長職から外れたそうです》
しばらくして。
もう一通。
《遅くなりましたけど》
《少しはスッキリしました?》
修司は画面を見つめた。
山田。
小野寺。
あの記者会見。
暗いワンルーム。
二十年くらい我慢しろ。
そんな言葉が、頭をよぎる。
けれど。
不思議と、嬉しくはなかった。
修司は短く返信する。
《はい。ありがとうございます。》
それだけ。
スマートフォンを置く。
窓の外。
どこまでも続く草原が見えた。
「ああ」
「そういや」
「俺、旅の途中だったんだよな」
■3
夕方。
修司は、修理の終わったバイクを押してヴォルコワ家へ戻ってきた。
ちょうどそのとき。
向こうから、ザリャに乗ったソーニャが帰ってくる。
傍らにはチェルとベルカ。
いつもの光景だった。
ソーニャが修司に気づく。
「あれ?」
馬を近づける。
「どうしたの、そのバイク!」
「ああ、はい」
修司はハンドルを軽く叩いた。
「直ったみたいなんで、取りに行ってきました」
「もう直ったの?」
「はい」
修司は少し笑った。
「短い間でしたけど、お世話になりました」
ソーニャの笑顔が止まった。
「……え?」
「盗賊も捕まりましたし」
「これで安心して、羊飼いの仕事も続けられますね」
ソーニャは、しばらく黙っていた。
「……私ね」
「はい?」
「羊飼いの仕事、一生続けたいのよ」
「ええ」
修司は普通に頷いた。
「いいんじゃないですか?」
「でも」
ソーニャはザリャの上から修司を見る。
「でも、この村じゃ、女がずっと続ける仕事じゃないって言われるの」
「結婚したら、危ないからやめろって」
「へえ」
修司は少し考えた。
「そうなんですね」
「……うん」
「まあ……」
修司は首を傾げる。
「まあ、続けたいなら、続ければいいんじゃないですか?」
ソーニャが修司を見る。
――あの男はいい男よ。
――女の仕事とか、男の仕事とか。
――あの人、そういうの全然気にしてないじゃない。
ソーニャの目が、ぱっと明るくなった。
「決めた!」
「はい?」
ソーニャはザリャから飛び降りた。
そのまま宙を浮き。
修司に抱きつく。
「わっ、危ない!」
修司が慌てて受け止めた。
顔を上げる。
「ソ、ソーニャさん?」
すぐ目の前に、ソーニャの顔があった。
青い瞳が、まっすぐ修司を見ている。
「シュージ」
「はい」
満面の笑み。
「結婚しよ!!!!」
「はい????」
次の瞬間。
ソーニャは、修司の唇にキスをした。




