農道を封鎖せよ!
■1
そうだ。
俺たちは、ドンバスから逃げてきたのだ。
あのクソのような戦争から。
深夜。
古びたトラックが、暗い農道を走っていた。
荷台は、まだ空だった。
助手席に座るリーダー格の男が、フロントガラスの先を見つめる。
「俺はもう戻らない」
男が言った。
「大義もない戦争で、ドローンの餌食になるなんて馬鹿げてる」
四人は黙って聞いている。
「そういえば、上官が言ってたな」
「戦争に犠牲はつきものだって」
男は鼻で笑った。
「もちろん、そうだ」
「でも、それが俺たちである必要はないだろ?」
四人は、無言で頷いた。
男は暗い農場へ目を向けた。
「下見は済んでる」
「箱詰め済みだから、積むだけでいい」
「アンズは高値で売れる」
「村の集積場所も把握している」
「それをユーラシア大陸の東西を移動する長距離トラックに流す」
「あいつらは荷の出どころなんか聞かない」
「現金にしたら、そのまま南へ抜ける」
一人が訊いた。
「アルメニアまでか?」
「ああ」
男は頷いた。
「アルメニアに入ったら、ブローカーと合流する」
「そこから先は、お前たちの好きにしろ」
少し間を置く。
「これが最後だ」
五人はトラックを降りた。
遠くに見える村は、静まり返っていた。
リーダー格の男は、小さく笑った。
「予定どおりだ」
■2
深夜。
修司のスマートフォンが震えた。
今日の見張り役をしている村人からだった。
《西側農道。センサー反応あり》
修司は画面を見つめる。
続けて。
《トラック一台。こちらへ向かっている》
来た。
修司は小さく息を吐いた。
すぐに別の通知が入る。
《確認した》
《こっちも配置につく》
《警察に連絡する》
村は静まり返っている。
外から聞こえるのは、風の音だけだった。
修司はグループチャットを開く。
少し考えて。
文字を打つ。
《みなさん、くれぐれも気をつけて》
送信。
スマートフォンをポケットにしまった。
そして、暗闇の向こうを見た。
そのとき。
隣の部屋の扉が開いた。
ソーニャが入ってくる。
修司を見る。
「来た?」
「はい」
修司が頷く。
ソーニャも、静かに頷いた。
外は、まだ何も起きていない。
村は静まり返っていた。
■3
五人は、村の手前で散った。
「集積場は五か所ある」
リーダー格の男が言う。
「一人一か所だ」
「積めるだけ積め」
「十分で戻る」
「終わったら、一気にずらかるぞ」
四人が頷いた。
それぞれ、別の道へ消えていく。
◇
一人目の男は、村の西側へ入った。
集積場は、すぐそこだった。
灯りはない。
人の気配もない。
男は腰のホルスターに手を触れる。
そのまま、積まれた木箱へ近づいた。
アンズ。
下見どおりだ。
男が木箱に手を伸ばす。
その瞬間。
足元が崩れた。
「――っ!」
身体が大きく傾く。
次の瞬間。
網が脚へ絡みついた。
男が地面に倒れる。
すぐに起き上がろうとする。
だが。
暗闇から、三人の村人が飛び出した。
一人が腕を押さえる。
一人が背中へ乗る。
もう一人が、腰のホルスターから拳銃を抜き取った。
「くそっ……!」
男が身体を捻る。
網が絡み、うまく動けない。
数十秒後。
両手は後ろで縛られていた。
拳銃も遠ざけられている。
男は地面に転がったまま、荒い息を吐いた。
◇
修司のスマートフォンが震えた。
グループチャット。
《一人捕まえた》
続けて。
《あと四人》
すぐに、親指を立てた反応が次々と並ぶ。
修司は画面を見つめた。
一人目。
成功だ。
■4
夕方。
集会所。
「相手は逃亡兵です」
修司は、村の地図を見ながら言った。
「帰国する気はないでしょうし、永遠に盗賊を続けるとも考えにくい」
「となると、どこかへ亡命するための計画を立てている」
「すると当然、路銀が必要」
「路銀を作るなら、金になるものを狙うと思います」
「この村で換金性が高く、運びやすい作物というと」
村人の一人が訊く。
「干しアンズか?」
「はい」
修司は頷いた。
「箱詰めも済んでますし」
地図には、五か所の集積場が印されていた。
「ただ」
「どこから来るか」
「何人で来るか」
「どの順番で回るか」
修司は首を振った。
「そこまでは分かりません」
「だから」
五つの印を見る。
「どこに来てもいいように、班を分けましょう」
◇
深夜。
修司たちの班は、村の南側にある集積場の裏手に潜んでいた。
修司。
ペトロフ。
それから、村の男が二人。
誰も喋らない。
やがて。
暗闇の向こうから、足音が近づいてきた。
一人。
男は周囲を見回しながら、集積場へ入る。
積まれた木箱を見つけた。
「……あった」
男が箱を持ち上げる。
その瞬間。
足元が沈んだ。
「うわっ!」
身体が大きく崩れる。
脚に網が絡みついた。
「今!」
四人が一斉に飛び出した。
男はすぐに起き上がろうとする。
速い。
腰のホルスターへ手を伸ばした。
「押さえて!」
ペトロフが腕へ飛びつく。
別の男が背中を押さえる。
修司も脚へしがみついた。
「離せ!」
男が暴れる。
網が絡み、うまく立てない。
もう一人の村人が、腰のホルスターから拳銃を抜き取った。
「取った!」
「よし!」
四人がかりで、男を地面へ押さえ込む。
そのとき。
「痛てええええええええええ!」
夜の村に。
男の絶叫が響き渡った。
修司が顔を上げる。
「……あ」
遠く。
「!」
「!」
「!」
暗闇のどこかで、3つの足音が止まった。
二人目。
捕まえた。
だが。
もう、向こうも気づいた。
■5
村の東側。
三人目の男が足を止めた。
遠くから、仲間の絶叫が聞こえた。
「……罠?」
男は周囲を見る。
暗い。
静かだ。
だが。
さっきまでとは、空気が違う。
男は慎重に歩き始めた。
足元を見る。
柵を見る。
物陰を見る。
そして。
「……ふん」
何もない。
男は集積場へ近づく。
その瞬間。
足元のロープが跳ねた。
「うっ――」
男の身体が大きく傾く。
「うわあああっ!」
暗闇から、村人たちが飛び出した。
「くそっ!」
男は腰へ手を伸ばす。
だが遅い。
腕を押さえられる。
身体を地面へ倒される。
「離せ!」
数人がかりで押さえ込まれた。
◇
修司のスマートフォンが震える。
《三人目、確保》
続けて。
《あと二人》
修司が画面を見る。
「三人……」
そのとき。
別の場所。
四人目の男は、すでにアンズの木箱を抱えていた。
「くそっ」
遠くで騒ぎが起きている。
仲間が捕まった。
少なくとも、一人や二人ではない。
「やばい」
木箱を地面へ捨てた。
「ずらからないと」
男はトラックの方角へ走り出す。
集積場。
柵。
農道。
下見で確認した道を、一気に駆け抜ける。
あと少し。
トラックまで戻れば――。
その瞬間。
足元が引かれた。
「なっ――!」
男が派手に転ぶ。
すぐに起き上がろうとする。
だが。
すでに周囲から、村人たちが走ってきていた。
「待て!」
「押さえろ!」
「くそっ!」
男が腰へ手を伸ばす。
その腕を、二人がかりで押さえる。
拳銃を抜く暇もない。
地面に押し倒される。
◇
修司のスマートフォン。
また通知。
《四人目、捕まえた!》
修司の表情が変わる。
「あと一人……」
だが。
次の通知は来なかった。
一分。
二分。
誰も、五人目を見つけられない。
修司は暗闇を見る。
「……どこ行った?」
■6
リーダー格の男は、暗闇の中で身を潜めていた。
遠くで、仲間の怒鳴り声が聞こえる。
一人。
二人。
いや。
もう、ほとんど捕まった。
「ちっ……」
男は足を止めた。
トラックへ戻るか。
いや。
駄目だ。
あそこは真っ先に押さえられている。
下手に戻れば、自分から囲いの中へ入るようなものだ。
「いつの間にこうなった……」
男は周囲を見回した。
下見したときには、こんな仕掛けはなかった。
村人たちも、ここまで組織立って動いてはいなかった。
たった一日で。
誰かが、この村を作り変えた。
「くそっ」
男は農道を外れた。
トラックは捨てる。
闇に紛れて、徒歩で村を抜ける。
それしかない。
チリン、チリン。
男は足を止めた。
犬の首輪についた鈴の音。
振り返る。
スンスン。
スンスン。
闇の向こうから、二頭の犬が匂いを辿りながら近づいてくる。
黒。
白。
「ちっ、犬か」
男は腰のホルスターへ手を伸ばした。
その後ろから。
女の声。
「チェル?」
「ベルカ?」
一人の女が、犬たちのあとを追ってきた。
男の手が止まった。
女は、こちらにまだ気づいていない。
男は目を細める。
口元が、わずかに歪んだ。
「……犬か……だが……」
「好都合だ」
■7
少し前。
修司たちは、スマートフォンで位置を伝え合いながら、農道脇で落ち合っていた。
「どうです?」
「そっちにいましたか?」
村人の一人が首を振る。
「いや、いない」
別の男も戻ってくる。
「こっちも駄目だ」
修司はスマートフォンの地図を見る。
「あと一人……」
そのとき。
チリン。
チェルが足を止めた。
ベルカも同じ方向へ顔を向ける。
二頭が鼻を上げる。
スンスン。
スンスン。
ソーニャが眉をひそめた。
「……何かいるのかも」
二頭は、ゆっくりと農道の外へ歩き始める。
「ちょっと見に行ってくる」
「あっ、危ないですよ」
「すぐそこだけ」
ソーニャがチェルとベルカのあとを追う。
そのとき。
修司のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
《盗賊四人、ロープでの拘束完了》
続けて。
《集会所で監視中》
グッドボタンが一斉に押される。
修司は小さく息を吐いた。
四人。
残るは、あと一人。
その直後。
「キャーッ!」
修司が顔を上げた。
「ソーニャさん!?」
■8
「キャーッ!」
修司たちは、一斉に走った。
声のした方へ。
農道を外れ。
暗い畑の脇を抜ける。
「ソーニャさん!」
いた。
ソーニャ。
その背後に、男。
片腕でソーニャを押さえ。
もう一方の手には、ナイフ。
刃が首元へ向けられている。
「ワン! ワン!」
チェルとベルカが、男へ向かって激しく吠えていた。
「チェル!」
ソーニャが叫ぶ。
「ベルカ!」
「来ちゃダメ!」
「危ない!」
二頭が足を止める。
低く唸りながら、男を睨んでいる。
村人たちも動きを止めた。
リーダー格の男が、修司を見る。
「おい」
「そこの中国人」
男は吐き捨てた。
「お前が、これを仕組んだのか?」
修司は答えない。
男は鼻で笑う。
「まあ、そんなことはどうでもいい」
ソーニャを引き寄せる。
「なあに」
「命まで取るつもりはねえ」
「トラックまでの道を空けろ」
「俺が出ていくまで、誰もついてくるな」
村人たちが顔を見合わせる。
修司は、しばらく男を見ていた。
そして。
「いいですよ」
「「「「えっ?」」」」
■9
「いいですよ」
「「「「えっ?」」」」
ソーニャ。
村人たち。
そして。
リーダー格の男まで、同じ顔をした。
修司が村人たちを見る。
「道、空けてください」
「シュージ!」
ソーニャが声を上げる。
男がナイフを近づけた。
「動くな!」
「大丈夫です」
修司は静かに答えた。
「言う通りにしましょう」
村人たちは顔を見合わせる。
それでも。
一人。
また一人。
道を空けていく。
トラックへ続く農道。
人のいない一本道ができた。
男が鼻で笑う。
「話が分かるじゃねえか」
ソーニャを押さえたまま。
一歩。
後ろへ下がる。
「誰もついてくるなよ」
もう一歩。
修司は動かない。
村人たちも動かない。
男は少しずつ、トラックの方へ下がっていく。
ソーニャが不安そうに修司を見る。
修司は、ただ黙っていた。
さらに。
一歩。
その瞬間。
男の足元で。
何かが動いた。
「――なっ?」
身体が大きく崩れる。
ソーニャを押さえていた腕が離れた。
「ソーニャさん!」
ソーニャが前へ飛び出す。
同時に。
ロープ罠が男の足を捉え、男の身体が地面から持ち上がった。
「うわあああっ!」
片脚を取られ。
身体が宙に浮く。
ナイフが地面へ落ちた。
■10
「今だ!」
村人たちが一斉に飛び出した。
男が暴れる。
「離せ!」
だが。
もう遅い。
数人がかりで地面へ押さえ込まれる。
ナイフ。
腰の拳銃。
すぐに遠ざけられた。
両腕を後ろへ回される。
ロープが掛けられる。
「くそっ!」
男が顔を上げた。
その先。
修司と目が合う。
「……てめえ」
修司は、小さく息を吐いた。
「五人目」
「確保ですね」
しばらく。
誰も何も言わなかった。
終わった。
本当に。
終わったのだ。
「シュージ!」
声がした。
振り返る。
ソーニャが走ってくる。
そのまま。
修司の胸へ飛び込んだ。
「うわっ!」
「え~ん!」
修司が固まる。
「こわかったよぉぉぉ!」
「え、ちょっ、ソーニャさん」
ぎゅうっ。
完全に抱きつかれている。
「ほんとに怖かったんだからぁ!」
「はいはい」
修司は困りながら。
ソーニャの頭を、ぽん、ぽんと叩いた。
「もう大丈夫ですから」
その足元では。
「ワン!」
「ワン! ワン!」
チェルとベルカが、尻尾をぶんぶん振っていた。
二頭とも、ソーニャの周りを嬉しそうに走り回っている。
修司が笑う。
周囲の村人たちは。
しばらく、ぽかんと二人と二頭を見ていた。
ソーニャが、ようやくその視線に気づく。
「……なによ」
顔を赤くした。
「怖かったんだから、しょうがないでしょ!」




