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7/9

農道を封鎖せよ!

■1


そうだ。


俺たちは、ドンバスから逃げてきたのだ。


あのクソのような戦争から。


深夜。


古びたトラックが、暗い農道を走っていた。


荷台は、まだ空だった。


助手席に座るリーダー格の男が、フロントガラスの先を見つめる。


「俺はもう戻らない」


男が言った。


「大義もない戦争で、ドローンの餌食になるなんて馬鹿げてる」


四人は黙って聞いている。


「そういえば、上官が言ってたな」


「戦争に犠牲はつきものだって」


男は鼻で笑った。


「もちろん、そうだ」


「でも、それが俺たちである必要はないだろ?」


四人は、無言で頷いた。


男は暗い農場へ目を向けた。


「下見は済んでる」


「箱詰め済みだから、積むだけでいい」


「アンズは高値で売れる」


「村の集積場所も把握している」


「それをユーラシア大陸の東西を移動する長距離トラックに流す」


「あいつらは荷の出どころなんか聞かない」


「現金にしたら、そのまま南へ抜ける」


一人が訊いた。


「アルメニアまでか?」


「ああ」


男は頷いた。


「アルメニアに入ったら、ブローカーと合流する」


「そこから先は、お前たちの好きにしろ」


少し間を置く。


「これが最後だ」


五人はトラックを降りた。


遠くに見える村は、静まり返っていた。


リーダー格の男は、小さく笑った。


「予定どおりだ」


■2


深夜。


修司のスマートフォンが震えた。


今日の見張り役をしている村人からだった。


《西側農道。センサー反応あり》


修司は画面を見つめる。


続けて。


《トラック一台。こちらへ向かっている》


来た。


修司は小さく息を吐いた。


すぐに別の通知が入る。


《確認した》


《こっちも配置につく》


《警察に連絡する》


村は静まり返っている。


外から聞こえるのは、風の音だけだった。


修司はグループチャットを開く。


少し考えて。


文字を打つ。


《みなさん、くれぐれも気をつけて》


送信。


スマートフォンをポケットにしまった。


そして、暗闇の向こうを見た。


そのとき。


隣の部屋の扉が開いた。


ソーニャが入ってくる。


修司を見る。


「来た?」


「はい」


修司が頷く。


ソーニャも、静かに頷いた。


外は、まだ何も起きていない。


村は静まり返っていた。



■3


五人は、村の手前で散った。


「集積場は五か所ある」


リーダー格の男が言う。


「一人一か所だ」


「積めるだけ積め」


「十分で戻る」


「終わったら、一気にずらかるぞ」


四人が頷いた。


それぞれ、別の道へ消えていく。


◇


一人目の男は、村の西側へ入った。


集積場は、すぐそこだった。


灯りはない。


人の気配もない。


男は腰のホルスターに手を触れる。


そのまま、積まれた木箱へ近づいた。


アンズ。


下見どおりだ。


男が木箱に手を伸ばす。


その瞬間。


足元が崩れた。


「――っ!」


身体が大きく傾く。


次の瞬間。


網が脚へ絡みついた。


男が地面に倒れる。


すぐに起き上がろうとする。


だが。


暗闇から、三人の村人が飛び出した。


一人が腕を押さえる。


一人が背中へ乗る。


もう一人が、腰のホルスターから拳銃を抜き取った。


「くそっ……!」


男が身体を捻る。


網が絡み、うまく動けない。


数十秒後。


両手は後ろで縛られていた。


拳銃も遠ざけられている。


男は地面に転がったまま、荒い息を吐いた。


◇


修司のスマートフォンが震えた。


グループチャット。


《一人捕まえた》


続けて。


《あと四人》


すぐに、親指を立てた反応が次々と並ぶ。


修司は画面を見つめた。


一人目。


成功だ。


■4


夕方。


集会所。


「相手は逃亡兵です」


修司は、村の地図を見ながら言った。


「帰国する気はないでしょうし、永遠に盗賊を続けるとも考えにくい」


「となると、どこかへ亡命するための計画を立てている」


「すると当然、路銀が必要」


「路銀を作るなら、金になるものを狙うと思います」


「この村で換金性が高く、運びやすい作物というと」


村人の一人が訊く。


「干しアンズか?」


「はい」


修司は頷いた。


「箱詰めも済んでますし」


地図には、五か所の集積場が印されていた。


「ただ」


「どこから来るか」


「何人で来るか」


「どの順番で回るか」


修司は首を振った。


「そこまでは分かりません」


「だから」


五つの印を見る。


「どこに来てもいいように、班を分けましょう」


◇


深夜。


修司たちの班は、村の南側にある集積場の裏手に潜んでいた。


修司。


ペトロフ。


それから、村の男が二人。


誰も喋らない。


やがて。


暗闇の向こうから、足音が近づいてきた。


一人。


男は周囲を見回しながら、集積場へ入る。


積まれた木箱を見つけた。


「……あった」


男が箱を持ち上げる。


その瞬間。


足元が沈んだ。


「うわっ!」


身体が大きく崩れる。


脚に網が絡みついた。


「今!」


四人が一斉に飛び出した。


男はすぐに起き上がろうとする。


速い。


腰のホルスターへ手を伸ばした。


「押さえて!」


ペトロフが腕へ飛びつく。


別の男が背中を押さえる。


修司も脚へしがみついた。


「離せ!」


男が暴れる。


網が絡み、うまく立てない。


もう一人の村人が、腰のホルスターから拳銃を抜き取った。


「取った!」


「よし!」


四人がかりで、男を地面へ押さえ込む。


そのとき。


「痛てええええええええええ!」


夜の村に。


男の絶叫が響き渡った。


修司が顔を上げる。


「……あ」


遠く。


「!」


「!」


「!」


暗闇のどこかで、3つの足音が止まった。


二人目。


捕まえた。


だが。


もう、向こうも気づいた。


■5


村の東側。


三人目の男が足を止めた。


遠くから、仲間の絶叫が聞こえた。


「……罠?」


男は周囲を見る。


暗い。


静かだ。


だが。


さっきまでとは、空気が違う。


男は慎重に歩き始めた。


足元を見る。


柵を見る。


物陰を見る。


そして。


「……ふん」


何もない。


男は集積場へ近づく。


その瞬間。


足元のロープが跳ねた。


「うっ――」


男の身体が大きく傾く。


「うわあああっ!」


暗闇から、村人たちが飛び出した。


「くそっ!」


男は腰へ手を伸ばす。


だが遅い。


腕を押さえられる。


身体を地面へ倒される。


「離せ!」


数人がかりで押さえ込まれた。


◇


修司のスマートフォンが震える。


《三人目、確保》


続けて。


《あと二人》


修司が画面を見る。


「三人……」


そのとき。


別の場所。


四人目の男は、すでにアンズの木箱を抱えていた。


「くそっ」


遠くで騒ぎが起きている。


仲間が捕まった。


少なくとも、一人や二人ではない。


「やばい」


木箱を地面へ捨てた。


「ずらからないと」


男はトラックの方角へ走り出す。


集積場。


柵。


農道。


下見で確認した道を、一気に駆け抜ける。


あと少し。


トラックまで戻れば――。


その瞬間。


足元が引かれた。


「なっ――!」


男が派手に転ぶ。


すぐに起き上がろうとする。


だが。


すでに周囲から、村人たちが走ってきていた。


「待て!」


「押さえろ!」


「くそっ!」


男が腰へ手を伸ばす。


その腕を、二人がかりで押さえる。


拳銃を抜く暇もない。


地面に押し倒される。


◇


修司のスマートフォン。


また通知。


《四人目、捕まえた!》


修司の表情が変わる。


「あと一人……」


だが。


次の通知は来なかった。


一分。


二分。


誰も、五人目を見つけられない。


修司は暗闇を見る。


「……どこ行った?」


■6


リーダー格の男は、暗闇の中で身を潜めていた。


遠くで、仲間の怒鳴り声が聞こえる。


一人。


二人。


いや。


もう、ほとんど捕まった。


「ちっ……」


男は足を止めた。


トラックへ戻るか。


いや。


駄目だ。


あそこは真っ先に押さえられている。


下手に戻れば、自分から囲いの中へ入るようなものだ。


「いつの間にこうなった……」


男は周囲を見回した。


下見したときには、こんな仕掛けはなかった。


村人たちも、ここまで組織立って動いてはいなかった。


たった一日で。


誰かが、この村を作り変えた。


「くそっ」


男は農道を外れた。


トラックは捨てる。


闇に紛れて、徒歩で村を抜ける。


それしかない。


チリン、チリン。


男は足を止めた。


犬の首輪についた鈴の音。


振り返る。


スンスン。


スンスン。


闇の向こうから、二頭の犬が匂いを辿りながら近づいてくる。


黒。


白。


「ちっ、犬か」


男は腰のホルスターへ手を伸ばした。


その後ろから。


女の声。


「チェル?」


「ベルカ?」


一人の女が、犬たちのあとを追ってきた。


男の手が止まった。


女は、こちらにまだ気づいていない。


男は目を細める。


口元が、わずかに歪んだ。


「……犬か……だが……」


「好都合だ」


■7


少し前。


修司たちは、スマートフォンで位置を伝え合いながら、農道脇で落ち合っていた。


「どうです?」


「そっちにいましたか?」


村人の一人が首を振る。


「いや、いない」


別の男も戻ってくる。


「こっちも駄目だ」


修司はスマートフォンの地図を見る。


「あと一人……」


そのとき。


チリン。


チェルが足を止めた。


ベルカも同じ方向へ顔を向ける。


二頭が鼻を上げる。


スンスン。


スンスン。


ソーニャが眉をひそめた。


「……何かいるのかも」


二頭は、ゆっくりと農道の外へ歩き始める。


「ちょっと見に行ってくる」


「あっ、危ないですよ」


「すぐそこだけ」


ソーニャがチェルとベルカのあとを追う。


そのとき。


修司のスマートフォンが震えた。


画面を見る。


《盗賊四人、ロープでの拘束完了》


続けて。


《集会所で監視中》


グッドボタンが一斉に押される。


修司は小さく息を吐いた。


四人。


残るは、あと一人。


その直後。


「キャーッ!」


修司が顔を上げた。


「ソーニャさん!?」


■8


「キャーッ!」


修司たちは、一斉に走った。


声のした方へ。


農道を外れ。


暗い畑の脇を抜ける。


「ソーニャさん!」


いた。


ソーニャ。


その背後に、男。


片腕でソーニャを押さえ。


もう一方の手には、ナイフ。


刃が首元へ向けられている。


「ワン! ワン!」


チェルとベルカが、男へ向かって激しく吠えていた。


「チェル!」


ソーニャが叫ぶ。


「ベルカ!」


「来ちゃダメ!」


「危ない!」


二頭が足を止める。


低く唸りながら、男を睨んでいる。


村人たちも動きを止めた。


リーダー格の男が、修司を見る。


「おい」


「そこの中国人」


男は吐き捨てた。


「お前が、これを仕組んだのか?」


修司は答えない。


男は鼻で笑う。


「まあ、そんなことはどうでもいい」


ソーニャを引き寄せる。


「なあに」


「命まで取るつもりはねえ」


「トラックまでの道を空けろ」


「俺が出ていくまで、誰もついてくるな」


村人たちが顔を見合わせる。


修司は、しばらく男を見ていた。


そして。


「いいですよ」


「「「「えっ?」」」」


■9


「いいですよ」


「「「「えっ?」」」」


ソーニャ。


村人たち。


そして。


リーダー格の男まで、同じ顔をした。


修司が村人たちを見る。


「道、空けてください」


「シュージ!」


ソーニャが声を上げる。


男がナイフを近づけた。


「動くな!」


「大丈夫です」


修司は静かに答えた。


「言う通りにしましょう」


村人たちは顔を見合わせる。


それでも。


一人。


また一人。


道を空けていく。


トラックへ続く農道。


人のいない一本道ができた。


男が鼻で笑う。


「話が分かるじゃねえか」


ソーニャを押さえたまま。


一歩。


後ろへ下がる。


「誰もついてくるなよ」


もう一歩。


修司は動かない。


村人たちも動かない。


男は少しずつ、トラックの方へ下がっていく。


ソーニャが不安そうに修司を見る。


修司は、ただ黙っていた。


さらに。


一歩。


その瞬間。


男の足元で。


何かが動いた。


「――なっ?」


身体が大きく崩れる。


ソーニャを押さえていた腕が離れた。


「ソーニャさん!」


ソーニャが前へ飛び出す。


同時に。


ロープ罠が男の足を捉え、男の身体が地面から持ち上がった。


「うわあああっ!」


片脚を取られ。


身体が宙に浮く。


ナイフが地面へ落ちた。


■10


「今だ!」


村人たちが一斉に飛び出した。


男が暴れる。


「離せ!」


だが。


もう遅い。


数人がかりで地面へ押さえ込まれる。


ナイフ。


腰の拳銃。


すぐに遠ざけられた。


両腕を後ろへ回される。


ロープが掛けられる。


「くそっ!」


男が顔を上げた。


その先。


修司と目が合う。


「……てめえ」


修司は、小さく息を吐いた。


「五人目」


「確保ですね」


しばらく。


誰も何も言わなかった。


終わった。


本当に。


終わったのだ。


「シュージ!」


声がした。


振り返る。


ソーニャが走ってくる。


そのまま。


修司の胸へ飛び込んだ。


「うわっ!」


「え~ん!」


修司が固まる。


「こわかったよぉぉぉ!」


「え、ちょっ、ソーニャさん」


ぎゅうっ。


完全に抱きつかれている。


「ほんとに怖かったんだからぁ!」


「はいはい」


修司は困りながら。


ソーニャの頭を、ぽん、ぽんと叩いた。


「もう大丈夫ですから」


その足元では。


「ワン!」


「ワン! ワン!」


チェルとベルカが、尻尾をぶんぶん振っていた。


二頭とも、ソーニャの周りを嬉しそうに走り回っている。


修司が笑う。


周囲の村人たちは。


しばらく、ぽかんと二人と二頭を見ていた。


ソーニャが、ようやくその視線に気づく。


「……なによ」


顔を赤くした。


「怖かったんだから、しょうがないでしょ!」



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