作戦会議、異状なし
■1
次の日の夕方。
カラト村の集会所には、村の主だった人たちが集められていた。
ヴォルコワ家からは、ナディア。
ソーニャ。
そして。
なぜか、修司。
「……俺、旅行者なんですけど」
修司が小さく呟く。
「最初に気づいたの、シュージでしょ」
隣のソーニャが答えた。
「まあ、そうですけど」
集会所の前には、二人の警官が立っていた。
一人は、五十歳くらいの女性警官。
金髪に近い短い髪。
がっしりとした体格。
その隣には、二十代くらいの若い男性警官がいる。
女性警官が口を開いた。
「皆さん、集まっていただいてありがとうございます」
ざわついていた室内が静かになる。
「先ほど、ソロコワさんの農場の現場確認が終わりました」
「結論から申し上げます」
若い警官が、集会所の照明を少し落とした。
正面のスクリーンに、一台の車が映し出される。
「昨夜、農場へ侵入したのは野生動物ではありません」
スライドが切り替わる。
ぬかるみに残されたタイヤの跡。
「現場に残されたタイヤ痕が、この車両のものとほぼ一致しました」
村人たちが顔を見合わせる。
さらにスライドが切り替わる。
男。
男。
また男。
五人の顔写真が並んだ。
「この五人です」
女性警官が言った。
「西方で続いている戦争から逃亡した、脱走兵です」
室内がざわついた。
「近隣国の警察と軍から、すでに情報提供を受けています」
次の画面。
上空から撮影された五人の男と、一台の車。
「監視ドローンで撮影された映像です」
「この五人は国境を越えたあと、農村部を移動しながら食料や家畜を盗んでいるとみられています」
再び画面が切り替わる。
今度は、軍用ブーツの靴底。
その横に、ソロコワの農場で撮影された足跡。
「現場で確認された足跡とも一致しています」
誰かが声を上げた。
「そこまで分かってるなら、捕まえられるんじゃないのか?」
女性警官は、その男を見る。
「分かっているのは、誰かです」
少し間を置く。
「今、どこにいるかが分からない」
集会所が静かになる。
「車で移動しています」
「このあたりは広い」
「農道も、使われていない道もいくらでもあります」
スクリーンには、五人の顔が再び映し出された。
「ただし」
「カラト村周辺に入った可能性は、非常に高いです」
ソーニャの表情が変わった。
修司も、スクリーンの五人を見る。
女性警官は続けた。
「そして、もう一つ」
「連中は、武装している可能性があります」
■2
「連中は、武装している可能性があります」
スクリーンには、五人の顔写真が映ったままだった。
女性警官が続ける。
「これまでの犯行には、共通したパターンがあります」
若い警官がパソコンを操作する。
スライドが切り替わった。
農場。
家畜小屋。
農道。
いくつかの写真が並ぶ。
「連中は、いきなり大きな盗みはしません」
「まず一度、農場や村に入ります」
女性警官が指を折る。
「家畜の数」
「犬の有無」
「人の出入り」
「車が入れる道」
「それから、逃げ道」
村人たちの表情が変わっていく。
「そういったものを確認したあと」
スライドが切り替わる。
夜間に撮影された、一台の車。
「数日以内に、車で本格的にやってきます」
ソーニャが口を開いた。
「じゃあ……」
女性警官を見る。
「昨日のソロコワおばさんのところは」
「下見だった可能性が高いです」
集会所がざわついた。
「また来るってことか?」
村人の一人が声を上げる。
女性警官は頷いた。
「可能性は高いです」
「いつだ?」
「それは分かりません」
「今夜かもしれない」
「明日かもしれない」
空気が一気に重くなる。
女性警官は集会所を見回した。
「皆さん、いいですね」
スクリーンには、再び五人の顔写真。
「相手は盗賊化した脱走兵です」
「軍事訓練を受けています」
「銃を持っている可能性も高い」
少し間を置く。
「くれぐれも、撃ち合おうなんて気は起こさないでください」
誰も答えない。
「怪しい車や人影を見つけたら、まず警察へ連絡する」
「追いかけない」
「危険だと思ったら、すぐに離れる」
女性警官は、ひとつひとつ確かめるように言った。
「それだけは守ってください」
村の老人が腕を組む。
「警察は、ここにいてくれるのか?」
女性警官は首を振った。
「周辺の巡回は増やします」
「ですが、この村だけに人員を置くことはできません」
「この地域全体を捜索していますから」
老人が小さく息を吐いた。
「そうか」
女性警官は集会所を見回した。
「皆さんは、くれぐれも自分の身を守ってください」
集会所に、重い沈黙が落ちた。
■3
「でも、それじゃ羊を盗られたらどうするんだ?」
村人の一人が声を上げた。
「今度は何頭持っていかれるか分からんぞ」
「毎晩、全部の家畜をしまうわけにもいかない」
別の男も続く。
ソーニャが小さく頷いた。
「羊を外に出さないわけにはいかないわ」
集会所がざわつき始める。
村の老人が、女性警官を見る。
「お巡りさん。ちょっといいか?」
「はい」
「さっきの話は」
老人が確認するように言った。
「連中と戦うのは危険だから、やめろってことだな?」
「そうです」
女性警官は即答した。
「相手は軍事訓練を受けています」
「銃を持っている可能性も高い」
老人は頷いた。
「じゃあ」
少し考える。
「こっちから探しに行かずに」
「村で待ち伏せして、警戒するのは?」
女性警官は黙った。
隣の若い警官を見る。
それから、集会所を見回した。
「……自分たちの土地で警戒することまで、やめろとは言えません」
村人たちが顔を見合わせる。
「ただし」
女性警官が声を強めた。
「銃を持って戦おうとはしないでください」
「怪しい車を見つけたら、すぐ警察に連絡する」
「危険だと思ったら離れる」
「それは守ってください」
「分かった」
老人が頷く。
「なら、待ってりゃいい」
誰かが言った。
「連中は、また来るんだろ?」
「ああ」
「じゃあ問題は」
別の男が腕を組む。
「どこで、どうやって待つかだな」
その瞬間。
集会所にいた村人たちが。
一斉に。
修司を見た。
「…………」
修司は左右を見る。
ナディア。
ソーニャ。
その向こうの村人たち。
全員、こっちを見ている。
「……なんで俺を見るんですか」
■4
全員の視線が、修司に集まっていた。
「…………」
修司は固まった。
隣を見る。
ソーニャが、にこにこしている。
コツ。
肘で脇腹をつつかれた。
「……なんです?」
コツ、コツ。
「ほら」
「ほら、じゃないですよ」
「みんな待ってるわよ」
修司は小さく息を吐いた。
「まあ……待ち伏せするなら」
村人たちが耳を傾ける。
「一つ、気をつけないといけないことがあります」
「なんだ?」
「相手は人間です」
修司は言った。
「野ブタなら、罠に掛かればそのまま朝まで、ってこともありますけど」
「人間は手を使えます」
「時間をかければ、自分で外せる可能性がある」
村人たちが顔を見合わせる。
「じゃあ、罠じゃ駄目なのか?」
「いや」
修司は首を振った。
「捕まえきる必要はないんですよ」
「一時的に動けなくすればいい」
「その間に、何人かで武器を取り上げて、縛る」
女性警官が修司を見る。
「罠に掛かった相手へ近づくんですか?」
「一人では近づきません」
「危なそうなら離れます」
「警察には、見つけた時点で連絡する」
修司は少し考える。
「罠で捕まえるっていうより」
「取り押さえるための時間を作る感じですね」
女性警官は腕を組んだ。
しばらく考える。
「……みなさん、いいですね」
集会所を見回した。
「繰り返しますが、相手は盗賊化した脱走兵です」
「決して交戦しようとは考えないでください」
村人たちが頷く。
「その上で」
女性警官は小さく息を吐いた。
「自分たちの村で警戒することまで、止めることはできません」
村の老人が立ち上がった。
「よし」
集会所を見回す。
「だったら、やってみようじゃないか」
「おう!」
あちこちから声が上がった。
「網ならあるぞ」
「ロープも持ってくる」
「滑車は納屋にある」
修司は、少しだけ目を丸くした。
老人が手を叩く。
「よし、明日の朝また集まろう」
「使えそうなもん、各自持ってきてくれ」
集会所が一気に騒がしくなる。
修司は隣を見る。
ソーニャは、まだにこにこしていた。
「……楽しそうですね」
「うん」
「なんで?」
「シュージ先生、よろしくお願いしますね!」
また。
コツ。
肘でつつかれた。
■5
翌朝。
まだ朝日の低い時間から、カラト村の集会所は騒がしかった。
床には、村人たちが持ち寄った道具が並んでいる。
ロープ。
網。
滑車。
工具。
古い柵の材料。
修司は、その中に立っていた。
「シュージ」
隣にいたソーニャが訊く。
「そういえば」
「こういうの、人間相手でもやれるの?」
「まあ……」
修司は少し考える。
「最近は日本でも、農作物を人間に盗まれる被害ってあるんですよ」
「人間が?」
「ええ」
「クマとかシカだけじゃないんだ」
「人間が一番面倒なこともありますよ」
修司は苦笑した。
「動物と違って、考えますからね」
「じゃあ、もっと難しい?」
「でも」
修司は床に並んだ道具を見る。
「人間って、自分では賢いつもりですから」
少し笑った。
「逆に、読みやすいこともあるんですよ」
「へえ……」
「シュージさん!」
向こうから声が飛んできた。
振り返る。
村人が、網を広げて待っていた。
「これは、こんな感じでいいかい?」
「あ、はい」
修司がそちらへ向かう。
「ちょっと見ますね」
ソーニャが、その背中に声をかけた。
「シュージ!」
「はい?」
振り返る。
ソーニャはすでに出口へ向かっていた。
「私、羊のお世話に行ってくるね」
「ああ、はい」
「じゃあ」
にっこり笑う。
「ヴォルコワ家の代表として、頑張ってきてね」
「……いつ代表になったんですか?」
ソーニャは答えず、手を振った。
「いってきまーす!」
修司は、その背中を見送る。
「シュージさん、こっちは?」
また呼ばれた。
「はいはい、今行きます」
いつの間にか。
修司は、すっかり忙しくなっていた。




