第7話「新興商人マルクの、思わぬ本業」
干し肉を包んだ布袋を抱えて、俺とクラーラは再びマルクのもとへ向かった。
前回の織物とは勝手が違う。食べ物というだけで、相手の警戒の度合いが変わるのは当然だった。
「織物の時とは、ちょっと話が別ですね」
マルクは袋の中身を確認しながら、慎重な口調で言った。
「品質は保証できるんですけど」
「保証、というのは?」
「保存期間、普段のものより長く持つはずです。それと、香辛料の配合も少し変えてあって」
我ながら苦しい説明だった。味見もしていない相手に「はずです」と言ったところで、説得力なんてあってないようなものだ。だがマルクは、思ったよりまじめに袋の中を見ていた。
「……匂いは、たしかに他所のものとは違いますね」
少し切り分けて口に含み、しばらく黙る。
「これ、燻し方を変えてます? いつもの品より脂の抜け方が違う」
「ゲルトさんが、今回は特に丁寧に仕込んだので」
クラーラが横から補足した。マルクは頷きながら、もう少し考える顔をしていたが、やがて口を開いた。
「分かりました。今回はこの量で買わせてもらいます。それと」
言葉を切って、マルクは少し声のトーンを変えた。
「もし今後も、こういう品を安定して卸してもらえるなら、正式に取引の話を進めたいんですが」
思ったより早い話だった。俺はとっさに返事に迷った。
「正式に、というと」
「うちも、そろそろ手広くやりたいと思ってましてね。実は最近、隣領のいくつかの職人や小さな商人と、卸のやり取りを始めてるんです。まだ規模は小さいですけど」
その話を聞いて、俺はこれまで持っていたマルクの印象を少し改めることになった。
単なる駆け出しの若手商人、というだけの人物ではないらしい。まだ表には出ていないが、複数の相手と少しずつ繋がりを作っている。派手さはないが、地道に流通の網を広げているタイプだ。
「マルクさんは、元々商家の出身なんですか」
クラーラが聞いた。マルクは苦笑いを浮かべる。
「いえ、全然。うちは代々ただの農家です。商売のいろはなんて、全部見よう見まねで覚えました」
「じゃあ、今の取引先も」
「一件ずつ、頭を下げて回って作ったようなものです。信用なんて、最初は誰にもありませんから」
その言葉に、思わず苦笑いが漏れた。俺たちとよく似た立場だった。持たざる者が、地道に信用を積み上げていくしかない。剣も後ろ盾もない状態から這い上がろうとしているという意味では、マルクもこちらと同じ側の人間なのかもしれない。
「――それで、どうですか。継続的に卸していただくのは」
マルクの言葉に、俺はすぐには頷けなかった。
織物は、今ある分を売り切ればそれで終わりだ。だが継続して卸すとなると、話は別になる。ゲルトがどれだけの量を作れるのか、素材はどこから安定して調達するのか、そもそも父の許可の範囲を超えないか――考えるべきことが、一気に増えた。
「……少し、持ち帰って考えさせてもらえますか。うちの生産体制、まだそこまで整ってないので」
「もちろんです。急かすつもりはありませんから」
マルクはあっさりと引いてくれた。無理に押し込んでこないところも、この人物の信用のなさそうな点だった。いや、逆か。無理に押し込んでこないからこそ、信用できるんだろう。
帰り道、クラーラが口を開いた。
「継続的な取引、大きな話ですね」
「うん。……というか、正直ちょっと予想より早かった」
織物を一度売る。保存食を一度売る。そこまでは、単発の話として乗り切れた。だが「継続して卸す」となると、必要になるのは一回限りの機転じゃない。安定した生産量、材料の確保、人手の割り振り――もっと組織的な話になる。
「量産できる体制、うちにあるかな」
「今のままだと、たぶん厳しいと思います」
クラーラの返事は正直だった。俺も同じことを考えていた。
小さな成功をひとつずつ積んできたつもりだった。だが、その先には思ったより早く、次の壁が見えてきていた。売る相手を見つけることより、売り続けられる体制を作ることの方が、たぶんずっと難しい。
(第8話「量産できない領地の、苦しい台所事情」へ続く)




