第67話「グレイフェンベルク家の決断」
対話から三日後、ギルベルトが、俺のところに一人で訪ねてきた。以前のように取り巻きを連れてくることはなく、少し落ち着かない様子で、一人で廊下に立っていた。
「少し、話を聞いてもらえますか」
放課後の空き教室で、彼は落ち着かない様子で切り出した。窓の外では、放課後の部活動の声が遠く聞こえている。
「父に、手紙を書きました。実家の状況を、俺なりに整理して」
「どんな内容ですか」
「見栄を張るのは、もうやめよう、と。社交界での無理な付き合いを減らして、身の丈に合った暮らしに立て直す方が、長い目で見て弟妹たちのためになる、と書きました」
その言葉に、俺は少し驚いた。三日前の彼からは、想像もつかない変化だった。
「返事は?」
「まだです。ただ、書いている途中で、少し気づいたことがあって」
ギルベルトは、鞄から一枚の紙を取り出した。実家の収支を、自分なりにまとめたものらしい。字は乱雑だったが、真剣に取り組んだ跡が見えた。
「見てもらえますか。あなたなら、何か分かるかもしれない」
俺は、その紙に目を落とした。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:グレイフェンベルク家の収支概算/最大の負担項目:社交界での交際費・見栄のための出費/削減余地:交際費を段階的に縮小すれば、数年で立て直し可能な水準/懸念点:急激な縮小は、かえって家格への疑念を招くリスクあり〉
「急に全部やめるんじゃなくて、少しずつ減らしていく方がいいと思う。急な変化は、かえって目立ちます」
「段階的に、ですか」
「うん。うちも、似たような立て直しをしました。急に何かを変えるより、地道に積み重ねる方が、結局は早いです」
ギルベルトは、しばらく黙って紙を見つめていた。
「エーレンフェスト家も、そうだったんですか」
「破綻寸前でした。今の俺が、こんな顔してますけど」
その言葉に、ギルベルトは意外そうな顔をして、それから初めて、小さく笑った。
「意外ですね。あなたにも、そんな時期が」
「誰にでも、あります。多分」
「立て直すのに、どれくらいかかったんですか」
「数年です。一気には、どうにもなりませんでした。少しずつ、信用を積み重ねていくしかなくて」
「信用、ですか」
「はい。金額よりも、結局はそっちの方が、長い目で見ると効くものだと思います」
ギルベルトは、その言葉を噛みしめるように、何度か頷いた。
俺たちは、しばらく無言で、紙に向かって話し合った。交際費の項目を一つずつ見直し、削れる部分と、削ってはいけない部分を分けていく。学院祭や生徒会での経験が、思わぬところで役に立った。
「これ、意外と楽しいものですね」
ギルベルトが、ふとそんなことを漏らした。
「数字と向き合うのが、ですか」
「ええ。今まで、こういうのは全部、使用人や家令に任せきりでした。自分の家のことなのに、恥ずかしい話ですが」
「今からでも、遅くないと思います」
「これを、そのまま父に送ります」
「うまくいくといいですね」
「分かりません。でも、何もしないよりはいい。それは、あなたに教わりました」
夕暮れの教室で、ギルベルトはそう言って、深く頭を下げた。
「噂の件、改めて謝ります。それと……色々と、ありがとうございました」
「気にしないでください。困った時はお互い様、っていうのは、俺の故郷の口癖なので」
ギルベルトは、少し驚いたような顔をした後、今度こそはっきりと笑った。
「田舎貴族だと、馬鹿にしていた自分が、恥ずかしいです」
「今からでも、仲良くしてくれれば十分です」
窓の外、夕日が二人の影を長く伸ばしていた。まだ何もかも解決したわけではない。父からの返事も、まだ届いていない。それでも、確かに何かが変わり始めていた。
(次回「静かな秋」へ続く)




