第64話「予算改革」
馬術部との一件から、俺は他のクラブについても、同じ視点で見直しを進めることにした。放課後の生徒会室には、以前よりも活気が戻っていた。
「固定費と活動費を分ける、っていう考え方、他のクラブにも当てはまりそうです」
生徒会室で資料を広げながら、俺はヴィンフリートとロザリンデに説明した。
「演劇部の衣装や大道具、音楽部の楽器の維持費も、似たような性質がありますね」
ロザリンデが、興味深そうに頷いた。
「これまでは、部員一人当たりでしか予算を見ていなかったので、こういう区分けは考えたこともありませんでした」
「私も、恥ずかしながら同じです。会長の名がありながら、細部まで目を配れていませんでした」
ヴィンフリートも、素直にそう認めた。
一週間かけて、各クラブの予算を洗い直す作業を進めた。エリーゼも、放課後の時間を割いて手伝ってくれた。
「馬術部の件が広まっているみたいで、今のところ、他のクラブからも大きな反発はありません」
エリーゼの言葉に、俺は少し安堵した。
「ジークハルトさんが、素直に受け入れてくれたのが大きいと思う」
「そうですね。誰か一人が態度で示すと、周りも構えずに済むみたいです」
全体の見直しを終え、俺はもう一度、生徒会全体の予算を鑑定してみた。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:改革後の生徒会予算全体/固定費と活動費の分離効果:各クラブの実態がより正確に把握可能に/浮いた予算:複数のクラブの活動費に再配分可能な水準/懸念点:特になし〉
「これなら、来年度以降も、公平な運用が続けられそうです」
ヴィンフリートに報告すると、彼は満足げに頷いた。
「良い改革になった。お前を会計に迎えて正解だったな」
その言葉に、俺は少し照れくさくなった。
「ロザリンデ様も、色々と手回しをしてくださって助かりました」
「私は、根回しくらいしかできなかったけれどね。数字を扱うのは、やっぱりあなたの領分よ」
ロザリンデが、そう言って軽く肩をすくめた。ハインツも、書記らしく淡々と記録をまとめながら、満足げな表情を見せていた。
「これで、来年の予算編成も、きっと楽になる」
「そう願います」
数日後、エリーゼが少し弾んだ様子で話しかけてきた。
「フェルディナント様から、手紙が届きました」
「何と?」
「生徒会での取り組みが、王都でも噂になっているそうです。数字を根拠に、誰も悪者にせずに問題を解決したやり方が、興味深いと」
「エリーゼさんの手柄でもあると思います」
「私だけの手柄じゃありません。でも……少し、自信になりました」
エリーゼの表情には、これまでにない明るさがあった。
「フェルディナント様との話も、これで少し風向きが変わるかもしれません。少なくとも、ただの『家柄の弱い令嬢』として見られるだけではなくなった気がします」
「それは、良かったです」
「ノア様のおかげです。あの日、値踏みし返していい、と言ってもらえたことが、今も支えになっています」
エリーゼは、そう言って柔らかく笑った。その笑顔は、出会った頃の硬さからは、もうすっかり遠くなっていた。
「これから先、何が起きても、少しは自分の力で切り開けそうな気がします」
「うん。エリーゼさんなら、大丈夫だと思います」
窓の外、二年目の秋が、静かに深まっていく。
「さて、次は何をしましょうか」
「しばらくは、平和が続くといいですね」
俺の言葉に、エリーゼが小さく笑った。
「ノア様がそう言うと、逆に何か起きそうな気がします」
「それ、リュカさんにもよく言われます」
軽口を交わしながら、俺たちは生徒会室を後にした。学院祭から続いた一連の出来事が、ようやく一区切りついた実感があった。しかし、その平穏が、そう長くは続かないことを、この時の俺はまだ知らなかった。
(次回「敵意の予兆」へ続く)




