第61話「生徒会の一員」
数日悩んだ末、俺は担任の教師に、会計を引き受ける旨を伝えた。
「決めたか。良い返事だ」
放課後、案内された生徒会室は、思っていたよりもずっと簡素な部屋だった。長机を囲んで、既に数人の生徒が席についている。書棚には、歴代の記録らしき帳面がぎっしりと並んでいた。
「エーレンフェスト、です。よろしくお願いします」
「待っていたよ。生徒会長のヴィンフリートだ」
立ち上がって手を差し出したのは、落ち着いた雰囲気の三年生だった。物腰は柔らかいが、目の奥にはしっかりとした芯がある。
「副会長のロザリンデよ。よろしくね」
「書記のハインツです」
順に紹介を受けながら、俺は少し緊張していた。学院祭の会計とは、また違う種類の場に足を踏み入れた実感があった。窓の外には、放課後の校庭で部活動に励む生徒たちの声が、遠く響いている。
「早速だが、今の生徒会の財務状況を、一通り把握してもらいたい」
ヴィンフリートが、分厚い帳簿を差し出した。
「前任の会計は、悪くはなかったが、細かい部分まで手が回っていなかったようでね。引き継ぎがてら、目を通しておいてほしい」
俺は、その場で帳簿をめくり始めた。各クラブの活動費、行事の予算、施設利用費。項目は多岐にわたっている。一年間の学院祭運営で慣れたつもりでいたが、扱う範囲の広さに、正直少し面食らった。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:生徒会全体の予算配分/現状:大枠は適正だが、一部のクラブへの配分が慣例的に据え置かれたまま見直されていない/特記事項:中央貴族出身者が多いクラブへの配分が、実際の活動実績に対してやや手厚い傾向〉
慣例の据え置き、という響きに、俺は既視感を覚えた。辺境の菓子材料店の時と、似たような構造だ。
「何か、気になる点でも?」
ロザリンデが、こちらの様子に気づいて尋ねた。
「一部のクラブへの配分が、活動実績に対して、少し厚いように見えます」
「あら、鋭いのね」
ロザリンデは、意外そうな顔をした。
「実は、前々からそういう声はあったの。ただ、はっきりした根拠がなくて、踏み込めずにいたのよ」
「私も、去年から気になってはいたんだけど、数字を突き詰めるのは苦手で」
ロザリンデは、少し自嘲気味に笑った。
「時間をいただければ、根拠になる数字を、もう少し整理できると思います」
「頼もしいこと言うわね」
ヴィンフリートも、興味深そうにこちらを見ていた。
「学院祭の会計、噂には聞いていたが、なるほど、な」
会議が終わった後、ハインツが小声で話しかけてきた。周りに人がいないことを確かめるような、慎重な様子だった。
「あの配分の件、実は少しきな臭い話でね。あるクラブの部長が、有力な家の子息なんだ。あまり大っぴらに触れると、面倒なことになるかもしれない」
「面倒、というと」
「政治的な、というやつだよ。生徒会も、色々と気を遣うことが多いんだ。会長も副会長も、それは分かった上で、今まで手を付けずにいたんだと思う」
「ハインツさんは、どう思ってるんですか」
「正直、正した方がいいとは思ってる。ただ、俺には、その根拠を揃える力がなくてね」
ハインツは、そう言って苦笑いした。
「エーレンフェストが来てくれて、少し希望が見えた気がするよ」
その言葉に、俺は少し身が引き締まる思いがした。辺境の経済とはまた違う、王都特有のしがらみが、そこにはあるらしい。
生徒会室を出て、夕暮れの廊下を歩きながら、俺は今日知ったことを頭の中で整理した。慣例という名の据え置き、政治的な気遣い、そしてそれを正そうとする声。学院祭で学んだことが、また一段階、大きな舞台で試されようとしていた。
有力な家の子息、という言葉が、頭の片隅に引っかかっていた。エリーゼやギルベルトのことを思うと、こういう「家」の重さが絡む話は、この学院ではどこにでも転がっているのかもしれない。数字を整えるだけでは、済まない部分もありそうだった。
(次回「据え置かれた予算」へ続く)




