第58話「学院祭、閉幕」
学院祭三日目、最終日の夕方。閉会の鐘が鳴ると、校庭のあちこちから、疲れの滲んだ、けれど満足げな声が上がった。三日間、休む間もなく動き続けた身体は、正直なところ悲鳴を上げていたが、それ以上に心地よい疲労感があった。
俺たちの屋台も、無事に店じまいを終えていた。三日間の売上をまとめると、当初の見込みを大きく上回る数字になっている。
「これ、学年でも一、二を争う売上らしいです」
エリーゼが、集計表を片手に、興奮気味に報告してくれた。
「本当に?」
「担任の先生が、教えてくれました。来年は、もっと大きな出店ができそうです」
俺は、最終的な数字に目を落とした。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:三日間の総売上と原価/利益率:当初計画比で大幅に改善/来年への示唆:材料の相見積もり・品質重視の方針は、継続すれば安定した利益基盤になる可能性が高い〉
問題提起から始まった一連の流れ――見積もりの見直し、価格交渉、品切れ対応――が、こうして数字になって返ってきたことに、俺は静かな達成感を覚えていた。辺境で見てきた改善提案のサイクルは、この学院でも、確かに同じように機能していた。相手が村の畑でも、学院の屋台でも、数字が語ることの本質は変わらないらしい。
片付けをしていると、リュカが伸びをしながら言った。
「いやー、疲れたけど楽しかったな。来年もこのメンツでやろうぜ」
「そうですね。また、よろしくお願いします」
ケインも、疲れた顔ながら笑顔で頷いた。
「今日、屋台の売上、一位じゃないかって噂になってましたよ」
「一位?」
「隣のクラスの子が言ってました。ギルベルト様のクラスと、僅差だったみたいです」
その名前に、俺は思わず視線を巡らせた。少し離れた場所で、ギルベルトが自分のクラスの片付けを手伝っている姿が見えた。以前なら、取り巻きに任せて自分は動かなかったはずだ。汗をかきながら木箱を運ぶその姿は、初めて見る光景だった。
目が合うと、ギルベルトは小さく顎を引いた。それだけで、それ以上の言葉はなかった。それでも、あの日「次に会う時は、これまでのように振る舞うとは、限りません」と言った意味が、少しだけ分かった気がした。敵意を捨てたわけではないが、少なくとも、以前ほど一方的ではなくなっている。
夕暮れの中、エリーゼが少し離れた場所で、一人、空を見上げていた。
「フェルディナント様のこと、まだ考えてるんですか」
「……少しだけ。来月、どんな顔をして会えばいいのか、まだ分かりません」
「今日みたいに、堂々としてればいいと思います」
「今日みたいに、ですか」
「エリーゼさんは、今日、ちゃんと自分の力で結果を出しました。それは、誰にも取り上げられないことだと思います」
エリーゼは、しばらく黙っていたが、やがて小さく微笑んだ。
「そう言ってもらえると、少し、気が楽になります」
「なるようにしかならないことも、あると思います。でも、少なくとも今日のことは、ちゃんと自分の手柄です」
「自分の手柄、ですか」
「うん。俺は、ちょっと手伝っただけです」
エリーゼは、その言葉に、今度こそはっきりと笑った。
夕日が、校庭の屋台の残骸を、橙色に染めていた。三日間の熱気が、ゆっくりと冷めていく。それでも、ここで積み上げたものは、きっとこの先も残っていくのだろうと、俺は思った。特待生食事の問題、エリーゼとの出会い、ギルベルトとの因縁、フェルディナントという新たな影。辺境を離れても、数字と人の縁は、変わらず絡み合っていくらしい。
「さて、明日からはまた、普通の授業ですね」
「うん。次の目標、また探さないと」
俺たちは、片付けの最後の道具を担ぎ、夕暮れの校舎へと戻っていった。学院での一つの季節が、静かに幕を閉じようとしていた。
(次回「里帰り」へ続く)




