第57話「予期せぬ来客」
学院祭二日目、朝から昨日以上の人出で賑わっていた。俺たちの屋台も、開店と同時に列ができるほどだった。噂を聞きつけた生徒たちが、隣のクラスからもわざわざ足を運んでくれている。
「今日も、頑張りましょう」
エリーゼの声は、昨日よりもさらに弾んでいた。リュカとケインも、すっかり慣れた手つきで接客をこなしている。
昼を過ぎた頃、屋台の列に、一際目立つ一団が近づいてきた。仕立ての良い服に身を包んだ青年を、護衛らしき数人が囲んでいる。周りの生徒たちが、思わず道を空けるほどの威圧感があった。
「あれは……」
エリーゼの表情が、一瞬で強張った。
「知り合いですか」
「フェルディナント様。中央の、有力な家のご子息です」
その名前を聞いて、俺は思い出した。来月に予定されているという、あの面会の相手だ。
「まさか、こんな場所に」
「予定より、随分早いですね……」
エリーゼの声が、わずかに震えていた。青年は、こちらに気づくと、悠然とした足取りで屋台に近づいてきた。
「これはこれは。シュタイン家のご令嬢が、こんなところで店番とは」
「フェルディナント様、こちらにいらっしゃるとは伺っておりませんでした」
「学院祭は、見ておいて損はないと思いましてね。それに噂の令嬢の、素の姿を見る良い機会だ」
その言葉には、値踏みするような色があった。エリーゼの手が、わずかに強張るのが見えた。俺は、彼女を横目で見ながら、何か手助けができないかと考えを巡らせた。
俺は、青年の様子に、そっと目を落とした。
景色に薄く数字が重なる。
〈対象:フェルディナントの言動と態度/表面上の印象:余裕・優越感/実際の心証:こちらを試すような姿勢はあるが、明確な悪意は見られない/背景の推測:家同士の交渉における立場は、思ったより対等に近い可能性〉
エリーゼが以前語っていた「シュタイン家が弱い立場」という話と、目の前の様子には、少しずれがあるように感じた。少なくとも、この青年は、こちらを見下し切っているわけではないらしい。それがいいことなのか、悪いことなのかは、まだ判断がつかなかった。
「一つ、味見をさせてもらっても?」
「はい、もちろんです」
エリーゼは、努めて平静を装いながら、菓子を差し出した。フェルディナントは、それを一口食べると、意外そうに眉を上げた。
「これは……あなたが?」
「クラスの皆で、試行錯誤しました」
「へえ。てっきり、飾り物の会計役だとばかり」
その言い方には、少し棘があったが、それ以上に純粋な驚きが滲んでいた。
「原価を抑えつつ、この味を出すのは、簡単ではないはずですが」
「材料の見直しから、価格交渉まで、一つずつやりました」
「一つずつ、ね」
フェルディナントは、興味深そうにエリーゼを見つめた。それから、視線を俺の方へ移した。
「そちらが、噂のエーレンフェスト家の坊やですか」
「はい」
「特待生の食事の一件、王都でも少し話題になっていますよ」
俺は、思わずエリーゼと顔を見合わせた。あの一件が、こんなところにまで届いているとは思わなかった。
「面白い取り合わせですね。田舎の会計士と、名門の令嬢」
フェルディナントは、そう言うと、意味深な笑みを浮かべた。
「来月の面会、少し楽しみになりました」
その一言を残して、彼は護衛と共に去っていった。周りの生徒たちが、ほっとしたように息をつくのが分かった。エリーゼは、しばらく動けずにいた。
「大丈夫ですか」
「……分かりません。今のが、良い兆しなのか、悪い兆しなのか」
「少なくとも、菓子は美味しいって言ってくれました」
「それは、そうですけど」
エリーゼは、力なく笑った。それでも、先ほどまでの張り詰めた表情よりは、いくらか柔らかくなっていた。
俺も、はっきりとは答えられなかった。ただ、鑑定で見えたものは、彼女がずっと恐れていたものとは、少し違う形をしていた。悪意はない。ただ、値踏みされていることに変わりはない。その両方が、同時に本当のことのように思えた。
「今日は、もう店じまいにしましょうか」
「いえ、まだお客さんが並んでます。続けましょう」
エリーゼは、深く息を吸うと、また屋台の前に立った。その背筋の伸ばし方は、フェルディナントが現れる前と、変わらないように見えた。
(次回「学院祭、閉幕」へ続く)




