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万物鑑定士、辺境で経済を制す  作者: 春野ケイ


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第53話「見栄の代償」

学院祭まで、あと十日というところで、思わぬ知らせが届いた。


「ノア様、大変です」


放課後、エリーゼが珍しく慌てた様子で駆け込んできた。息を切らし、いつもの整った所作も崩れている。


「例の菓子材料店から、連絡が来て……来週分の納品を、減らしたいと言われたそうです」


「減らす?」


「詳しい事情までは分かりませんが、急な話で困っている、と」


学院祭までの日数を思うと、悠長に構えている暇はなかった。俺は嫌な予感を覚えながら、その足で店を訪ねることにした。エリーゼも一緒についてくる。夕暮れの商店街を、二人で急ぎ足に歩いた。


店主は、こちらの顔を見るなり、申し訳なさそうな顔をした。以前会った時の朗らかさは鳴りを潜め、どこか疲れた様子だった。


「実は……別のお客様から、大口の注文が入りまして。うちの店の生産量では、両方をお約束通りにお渡しするのは、正直難しいんです」


「別のお客様、というのは」


「グレイフェンベルク家のご子息、と伺っています」


その名前を聞いて、俺とエリーゼは顔を見合わせた。ギルベルトだ。


「量も、うちの倍近くをご希望とのことで……申し訳ないのですが、先方の注文を優先させてほしい、と」


店主の困惑した様子を見る限り、悪意があるようには思えなかった。ただ、単純な力関係で押し切られているのだろう。


俺は、店の棚に並んだ在庫に目を落とした。


――景色に薄く数字が重なる。


〈対象:店の生産能力/現状:両方の注文を同時に満たすのは困難だが、仕入れ先を一つ増やせば対応可能な余地あり/グレイフェンベルク側の注文の背景:必要量に対して明らかに過剰、見栄のための発注である可能性が高い〉


「店主さん、原料の仕入れ先を、もう一つ増やすことはできませんか。うちが、心当たりを紹介します」


「そんなことが、できるんですか」


「商店街を回った時に、他にも扱っている店があったので」


エリーゼが、はっとした顔をした。彼女も、あの日の道のりを覚えているのだろう。


「それなら、両方の注文に応えられるかもしれません」


店主は、少し表情を明るくした。


「助かります。長年の付き合いのある方を、無下にしたくはなかったので」


その言葉に、俺は少しほっとした。誰かを切り捨てなければ回らない仕組みは、できれば作りたくなかった。


その日のうちに、俺たちは以前立ち寄った別の店を訪ね、急ぎの仕入れを頼み込んだ。事情を話すと、店主は快く引き受けてくれた。「困った時はお互い様ですから」という一言が、妙に胸に残った。なんとか両方の注文を賄える目処が立ち、俺たちは安堵の息をついた。


翌日、廊下でギルベルトとすれ違うと、彼は忌々しげにこちらを睨みつけた。取り巻きの二人は、いつもより口数少なく後ろに控えている。


「随分と、余計なことをしてくれたようですね」


「困っている人がいたので、少し手伝っただけです」


「僕の注文を、脅かすつもりですか」


「そんなつもりはありません。両方が、ちゃんと約束通りの品を受け取れるようにしただけです」


「約束通り、ね。僕の注文が優先されて当然だと、思わなかったんですか」


その言葉には、ただの見下しだけでなく、何か焦りのようなものが滲んでいた。


ギルベルトは、しばらく俺を睨んでいたが、やがて舌打ちして去っていった。その後ろ姿には、余裕を装いながらも、隠しきれない苛立ちが見て取れた。


「あの量の注文、本当に必要なんでしょうか」


エリーゼが、ぽつりと呟いた。


「多分、見栄のためだけの発注だと思う。必要量からすると、明らかに多すぎた」


「そこまでして、見栄を張らなければならない理由が、あるんでしょうか」


その問いに、俺はまだ答えを持っていなかった。ただ、あの余裕のなさそうな態度の奥に、何か事情があるらしいことだけは、確かなようだった。


「グレイフェンベルク家、って、どんな家なんですか」


「中央でも名の知れた家です。ただ……最近、あまり良い噂を聞かないのも事実で」


エリーゼの言葉に、俺は少し引っかかりを覚えた。良い噂を聞かない、という言葉の裏に、何があるのか。それを確かめるには、もう少し時間がかかりそうだった。


商店街から学院へ戻る道すがら、俺は今日一日の出来事を頭の中で整理した。店主の困惑、ギルベルトの焦り、エリーゼの引っかかり。断片的な情報が、まだ一本の線には繋がっていない。それでも、何かが動き始めている予感だけは、はっきりとあった。


(次回「グレイフェンベルク家」へ続く)


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