第52話「学院祭前夜」
学院祭まで、あと二週間ほどに迫っていた。
俺とエリーゼ、それに手伝いを買って出てくれたリュカの三人で、出店の飾りつけを試作していた放課後のことだった。空き教室には、色とりどりの布や紙飾りが広げられ、三人で意見を出し合いながら形にしていく作業は、思いのほか楽しかった。廊下の向こうから、いかにも仕立てのいい制服を着崩した一団が近づいてくる。
「おや、これはこれは」
先頭に立つ生徒が、わざとらしく足を止めた。整った顔立ちに、値踏みするような目つき。取り巻きらしい生徒が二人、後ろに控えている。
「シュタイン家のご令嬢が、辺境の特待生と、随分親しくなさっているようですね」
「ギルベルト様」
エリーゼの声が、わずかに硬くなった。表情も、先ほどまでの和やかさから一転していた。
「僕は、ただ心配しているだけですよ。ご実家の名に、傷がつかないといいのですが」
ギルベルトと呼ばれた生徒は、そう言いながら、俺たちの飾りつけの材料に目をやった。
「随分、質素な出店ですね。うちのクラスは、王都でも指折りの菓子職人に依頼しているというのに」
「予算内で、できる限りのことをしています」
俺がそう答えると、ギルベルトは薄く笑った。
「予算、ね。まあ、辺境育ちの方には、それも大事なのでしょう」
嫌味を言い残し、取り巻きを連れて去っていく。取り巻きの一人が、去り際に俺たちの飾りつけをちらりと見て、小さく鼻で笑ったのが分かった。俺はその背中を見送りながら、ふと視線を落とした。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:ギルベルト側の出店予算/規模:一般的なクラスの三倍以上/資金の出どころ:実家からの個人的な援助が大半、学院の正規予算はごく一部/背景の推測:実家の見栄を保つための過剰支出である可能性〉
三倍以上、しかもその大半が実家からの持ち出しらしい。予算のやりくりで頭を悩ませてきた身としては、皮肉な話だった。潤沢な予算があれば、それだけ立派な出店ができるのは道理だ。それでも、そこまでして見栄を張らなければならない理由があるのだとしたら、あの余裕ぶった態度の裏にあるものは、案外単純ではないのかもしれない。
「気にしないでください」
エリーゼが、俺の顔を覗き込んだ。
「あの方は、いつもああです。私にも、リュカさんにも」
「リュカにも?」
「王都育ちの平民出だから、って絡まれたことあるよ。まあ、今更気にしてないけどな」
リュカは、あっけらかんと肩をすくめた。
「あいつの家、見栄っ張りで有名だから。今の出店だって、たぶん親に無理言って金出させてるんじゃないか」
「三倍以上らしい」
俺がぽつりと言うと、リュカが目を丸くした。
「マジか。お前、どこでそんなこと調べたんだよ」
「まあ、勘だよ」
いつも通りの誤魔化しが、少し軽く感じられた。ここでも、この言い訳が通用することに、俺は妙な安心を覚えた。
「勘だけで、そこまで分かるもんかね」
リュカは怪訝そうな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。そういう、詮索しすぎない距離の取り方が、いつもありがたかった。
その日の作業を終え、三人で片付けをしていると、エリーゼがぽつりと言った。
「予算の差なんて、気にしなくていいんですよね」
「もちろん。金額の大きさと、良い出店かどうかは、別の話です」
「そう、ですよね」
エリーゼの声には、迷いのない強さが戻っていた。数日前まで縁談のことで沈んでいた彼女とは、別人のようだった。
「それに、うちの菓子、味には自信あります。試作品、食べてもらった人みんな、美味しいって言ってくれましたし」
「だな。俺も味見したけど、あれは普通に売れる」
リュカが親指を立てる。エリーゼは、それに少し照れたように微笑んだ。
「明日も、頑張りましょう」
「うん」
「おう」
三人で夜の廊下を歩きながら、俺は密かに思った。ギルベルトという生徒の言葉には、単なる嫌味以上の、何か焦りに似たものが滲んでいた気がする。実家の見栄を保つための出費だとすれば、あの余裕ぶった態度の裏に、案外脆いものが隠れているのかもしれない。それが何なのかは、まだ分からない。それでも、学院祭を境に、何かが動き出す予感があった。
(次回「見栄の代償」へ続く)




