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万物鑑定士、辺境で経済を制す  作者: 春野ケイ


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第50話「相見積もり」

翌日の放課後、俺とエリーゼは連れ立って、王都の商店街へと向かった。護衛らしき使用人が少し離れてついてくる以外は、二人きりの外出だった。石畳の通りには、様々な店の呼び込みの声が飛び交い、辺境の市とはまた違った賑わいがあった。


「こういう場所に来るのは、実は初めてなんです」


エリーゼが、ぽつりと漏らした。


「初めて、ですか」


「買い物は、いつも人に任せていますから。値段の交渉なんて、まして自分でしたことがありません」


その声には、隠しきれない緊張と、それをわずかに上回る好奇心が滲んでいた。周りをきょろきょろと見回す様子は、教室での彼女とはまるで別人のようだった。


最初に訪れた小麦粉屋では、店主が愛想よく値段を教えてくれた。次に立ち寄ったバターの専門店でも、快く相場を教えてもらえた。二軒とも、今の取引先より確かに安かった。


「本当に、安いんですね」


「うん。市場では、今このくらいが相場みたいだ」


俺はメモを取りながら、ふと店の棚に目を落とした。


――景色に薄く数字が重なる。


〈対象:現在の取引先(菓子材料店)の価格設定/背景の推測:五年前の相場を基準にした固定的な取引が続いており、周辺の相場変動に合わせた見直しがされていない/店主の姿勢:悪意ではなく、長年の商習慣による惰性の可能性が高い〉


なるほど、と俺は思った。故意にふっかけているというより、値下げのきっかけを失ったまま、ずるずると据え置かれている状態に近いのかもしれない。悪意の有無を見誤ると、対応の仕方まで間違えてしまう。ここは、慎重に進めた方がよさそうだった。


「あそこの店主さん、悪い人には見えなかったですけど」


エリーゼの言葉に、俺は頷いた。


「うん。多分、わざとじゃないと思う。ずっと同じ値段でやってきて、見直す機会がなかっただけかも」


「だとしたら、責めるような話し方は、しない方がいいですね」


エリーゼのその一言に、俺は少し驚いた。数字だけでなく、相手の立場まで考えられる人なのだと、初めて実感した。


翌日、二人でその菓子材料店を訪ねた。店主は、最初こそ怪訝な顔をしていたが、エリーゼが丁寧に相場の話を切り出すと、次第に表情を和らげていった。


「他の店の値段と比べて、少し驚いてしまって。長年お世話になっているからこそ、正直にお伺いしたかったんです」


エリーゼの言葉選びは、責めるどころか、むしろ相手を立てるようなものだった。数字だけを突きつけるより、よほど角が立たない伝え方だと、俺は感心した。


「言われてみれば、しばらく値段を見直してませんでしたな。長い付き合いだからと、甘えていたのかもしれません」


結局、店主は快く値下げに応じてくれた。それだけでなく、今後は定期的に相場を確認し合うことにも同意してくれた。


「これで、来月の出店の元手が、ずいぶん浮きますね」


エリーゼの声には、初めて聞く弾んだ響きがあった。


「浮いた分、何か菓子の質を上げるのに使うのは?」


「いいですね。せっかくの学院祭ですから」


商店街からの帰り道、夕暮れの空を見上げながら、エリーゼがふと呟いた。


「こんなふうに、自分で動いて何かを決めるの、初めてでした」


「そうなんですか」


「シュタイン家では、何をするにも、先に決められたことをなぞるだけで……。今日は、少し違いました」


その声には、これまでの硬さとは違う、素直な響きがあった。俺はどう答えていいか分からず、ただ「良かったです」とだけ返した。


「エーレンフェスト様は、いつもこんなふうに、自分で確かめて動くんですか」


「まあ、性分なので」


「羨ましい、と思ってしまいました。少し」


その一言を最後に、エリーゼは前を向いて、それ以上は何も言わなかった。護衛の使用人が、少し後ろから追いついてくる。学院の門をくぐる頃には、日はすっかり暮れていた。


(次回「令嬢の憂鬱」へ続く)


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